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災禍の令嬢は壊したい  作者: しけもく
第二章

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第87話 焔

 折れた木々に、抉れた地面。

 殆どは私がやったものだけれど、そうじゃないのもある。そんな随分と見通しの良くなった夜の森を、ゆっくりと歩く。そうしてしばらく、天枷の本営が見えてきた。


 剣戟の音、怒号に苦悶、怨嗟の声。

 いつもならばきっと静かで、風情のある山だろうに。今では喧騒に包まれ、まるで合戦でも行われているかのような様相だった。麓からは山火事にでも見えているだろうか。ニュースになるようなことは絶対にないけれど、人の口に戸は立てられない。今の時代を考えれば、明日にはSNSやネットでは色々と動画が出回るに違いない。


 まぁ、そんな事はどうだっていいのだけれど。


「禊様!」


 前方から、私に気づいた社が駆け寄ってくる。私を見た社は一瞬ぎょっとして、けれどすぐにいつも通り、衣服の血糊を落としてくれる。


「また随分と……お怪我はありませんか?」


「まさか。見ての通り、少し返り血で汚れただけよ」


「これが少し……?」


 怪我などするはずがない。あの程度では、怪我など出来るはずがない。

 とはいえ、あの隊長とやらは思いの外頑丈だった。遊んでいたのは確かだけれど、さりとて対抗戦の時ほど手を抜いたわけではない。総じてあの隊長とやらは、()()()()()()壊し甲斐があった、というところだろうか。


「戦況は?」


「神楽様が正面から。祓様もそちらに同行しております。そして従者部隊は森から。祓様の感応力(リアクト)で空けた道を使い、桂華本邸に向けて進んでいます。天枷側にもそれなりに被害が出ていますが、概ね許容範囲かと。総じて、このまま推移すれば本邸の陥落も時間の問題でしょう」


「そ。重畳ね」


 以前の私だったなら、きっと大急ぎで後を追っていたことだろう。自分の分が無くなる、などと考えて。けれど極上の味(天魔)を覚えてしまった私は、そこらの有象無象に執着しなくなっていた。


 対抗戦のあと、天魔と戦えたのは幸運だった。とても楽しめたし、なんというか、いろいろな気づきもあった。けれど同時に不幸でもあった。あれほどの玩具はそうそう出会えない。なまじ天魔を壊せたからこそ、少し物足りなさを感じてしまう。どうやら舌が肥えてしまったらしい。というよりも、人間を壊すのが思っていたほど楽しくなかったのだ。子供の頃に従者を壊したときは、もう少し楽しかった記憶があるのだけれど。歳を取ると味覚が変わるとは聞いた事があるけれど――――それと似たようなものかしら?


 ともあれ、だ。


「それじゃ、私も行こうかしら。お祖父様のことはお母様が始末をつけるでしょうし……代わりというわけじゃないけれど、桂華の当主は私が頂くわ」


「お気をつけ下さい。かの桂華家当主、桂華愉楽(ゆら)は国内でも最上位の実力を持つ感応する者(リアクター)だと言われています。まぁ……禊様と比べるのは、その、アレかもしれませんが」


「ふぅん……壊し甲斐のある相手だといいけれど」


 遥か山の上方に位置する桂華本邸。

 そちらへと視線を送れば、既にそのすぐ直前まで争いが迫っているのが分かった。流石はお母様というべきか、いざ進むとなれば凄まじい速度だった。万全を期すために私と祓の到着を待っていたのだろうけれど――――あの様子なら、結果はそう変わらなかったのではないだろうか。いずれにせよ、どうやらそれほど時間に余裕はないらしい。


「それじゃ、社はここで待っていて頂戴」


「畏まりました」


 社に留守番を言いつけ、再び歩き出す。

 夜風に乗った微かな熱が、じっとりと頬を撫でる。


「禊様」


「なにかしら?」


「ご武運を」


「ふふ。ええ、ありがとう」




       * * *




 桂華家の正面入口、そこに繋がる大きな道で。

 多くの兵に囲まれながら、一人の女が舞っていた。


 否。舞のように見えるが、しかし実際にはそんな生易しいものではない。女が纏うのは焔。煌々と燃え上がる、真っ赤な焔だった。そのあまりの熱量に、正面からでは直視することすら難しい。女の味方である筈の者達ですら、巻き込まれぬよう女から距離をとっている。


 女――――天枷神楽が焔を纏いながら、舞い踊るように刀を振るう。そのたった一度の攻撃が、桂華の兵を纏めて数人焼き殺してゆく。返す刀で更に数人。


「”くずし”」


 神楽がぐるりと回れば、熱を帯びた剣風が辺りを切り裂く。すると根本から切断された大木が、その切り口から発火する。しかし不思議と炎は燃え広がらず、ただ斬った大木のみを焦がしてゆく。そしてそれは木々だけではなく、人も同様だった。


 無論、敵とて黙って見ているわけではない。

 遠距離系の感応する者(リアクター)は、その感応力(リアクト)でもって神楽を攻撃する。中には炎に対して効果的であろう、水系の感応力(リアクト)もあった。しかし――――


「”岩戸いわと”」


 炎が神楽の周囲に集まったかと思えば、それら全ての感応力(リアクト)を焼き尽くしてしまう。水系だとか、そんなことは一切関係がない。神楽の炎に触れた途端、一瞬で蒸発してしまうのだ。


 これこそが『七色』を除けば最強とも謳われる、天枷神楽の戦いであった。


「無理だ、強すぎる!」


「化け物か……ッ!!」


「攻撃を止めるな! なんとしても足止めしろ!」


 桂華の兵たちは口々に悪態を吐き、しかしそれでもどうにか歯を食いしばり耐えようとする。彼らが当主から受けている指示はただひとつ、とにかく『時間を稼げ』だった。故に兵たちは、どうにか神楽を足止めをしようする。そして一人、また一人と倒れてゆくのだ。


 そうしてほんの十分も経たない内に、神楽の周囲からは生きた敵の姿が見えなくなっていた。まさに圧倒的で、一方的な戦いであった。


「凄い……」


 少し離れた場所から見ていた祓が、ぽつりと溢す。実戦で初めて見る母の戦いは、祓が思っていたよりもずっと強烈であった。果たして自分に、これと同じ事がいつか出来るだろうか。そんな考えが祓の頭を僅かに過るも、しかし拳をぎゅっと握りしめ、眼の前の光景を焼き付ける。天枷の娘として、これから先の天枷を支えるため。出来る出来ないではなく、やらねばならないのだと決意して。


 そんな祓の方へと、刀を納めた神楽が振り返る。


「ふふ、祓さんにも、天枷の娘としての自覚が芽生えたみたいね。重畳だわ」


 燃え盛る炎と木々を焦がす熾火の中にあって、酷く場違いなことではあったが―――神楽の眼差しは、母としての慈愛に満ちたものであった。

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― 新着の感想 ―
トンデモ家族でたった一人だけ凡庸という周囲からの目もあったでしょうに、歪まなかった祓さんえらい。 世間と禊さんとの間で通訳として苦労しそうな未来しか見えないけど。
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