第85話 落胆
(あれは……)
突如、闇を切り裂くように閃光が奔った。次いで、大きな地鳴りが山中に広がる。
十中八九、祓の感応力によるものだろう。といっても、あくまで状況からの推測でしかないけれど。
あの子の感応力は『憧憬』というものだ。
ああなりたい、こうでありたい。そう希う心の発露。天枷家という名家に生まれ、沢山の『お手本』を目にしてきたあの子の、あの子らしい感応力だ。
『憧憬』は読んで字のごとく、祓が憧れた相手を模倣する。言うまでもなく、とても珍しい感応力だと言われている。模倣はある程度のストックが出来るため汎用性が高く、あの子一人で何でも出来てしまうポテンシャルを秘めている。少なくとも理論上は、だけれど。
能力だけを聞けば凄まじい効果のように聞こえるけれど、無論弱点もある。祓の実力を超える能力を模倣したとき、原型よりも質が数段下がるのだ。A級感応する者の感応力を模倣したとして、祓が実際に行使すれば大凡C級程度の威力にまで低下する。なんの瑕疵もなく完コピだなんて、そう美味い話がある筈もない。
何より、『憧憬』の対象は感応力に限られる。
例えば、高速で移動が出来る感応力があったとしよう。もちろんその感応力自体は模倣することが出来るが、けれど本来の持ち主ではない祓は、加速した体の動きに意識がついてこない。結果、そこらですっ転んでお終いだ。ついでに私の『破壊』のような、固有の感応力も模倣出来ない。便利な部分ばかりに目がいきがちだけれど、あれで意外と、欠点も多い感応力なのだ。
けれど────
(今の威力……きっと三種祓を使ったのね。お母様の指示かしら?)
そう、今のあの子には『三種祓』がある。あの子とってはこれが初めての実戦なのだから、当然『三種祓』の実戦投入もこれが初となる。
『三種祓』を端的に説明するならば。
天津祓、国津祓、蒼生祓の三つからなる、あの子専用の完全使い捨て兵装だ。私にとっての『忌火』と同じようなものだと思っていい。
大変希少な素材が使用されており、完全使い捨て兵装だというのに、馬鹿みたいな金額がかかるのだとか。その馬鹿げたコストと持ち運びには適さないサイズから、如何に天枷家といえど、そうおいそれと試用することすら出来ない。それが『三種祓』という兵装だ。
正直、私もお父様から聞いたことがあるだけで、それほど詳しくは知らないのだけれど────なんでも『憧憬』の欠点を補う為の装備だそうで。威力はもちろんのこと、その他の欠点もある程度補う事が出来るらしい。
先の一撃は、どう見てもS級感応力に相当する威力があった。けれど、お母様の感応力でないのは間違いない。久奈妓の感応力でもない。である以上、『三種祓』によって強化されたあの子の感応力と考えるのが妥当だろう。
(ま、どうでもいいわね)
今の私にとって最も重要なことは、先の閃光によって、目的地が分かりやすくなったということだけ。いくらマップを譲り受けたとはいえ、やはり夜の山中を動き回るのは面倒だったから。
そんな風に考えていると────
「そこで止まれ。武器を置け」
右前方、闇の中から声がした。夜に溶けて消えそうな、低く鋭い声だった。
そうして言われたとおりに『忌火』を地面に突き立て、歩みを止めてみれば。木々の間から四人の男女が姿を見せていた。全員が目深にフードを被り、気配を隠し、手には各々が刃物を所持している。そんな如何にも暗殺者然とした四人組。誰がどう見たって『敵』だ。努めて平静を装うけれど、自然と口角が上がってしまう。
「ふふ……良いわね、私に向かってくる『人間』は久しぶりよ」
「随分と余裕だな。貴様の対策をしていないとでも思っているのか? 我々が無策で『緋』の前に出てきたと? 舐めるなよ、小娘」
「どうかしらね。でも私としては、どちらかといえば対策してくれている方が嬉しいかしら? 折角の玩具なのに、すぐに壊れてしまったらつまらないもの」
「その減らず口がいつまで叩けるか、見物だな」
先頭の男の態度を見るに、どうやら随分と自信があるらしい。見たところ私を倒す為だけに作られたチームのようだし、それになにより『あの』桂華が用意した部隊だ。嫌でも期待してしまう。その自信が果たして一体何処から来るものなのか、こちらこそ見物といいたいところだ。
「貴様の感応力……随分と上手く隠しているようだが、しかしその正体は既に掴んでいる。先の対抗戦で手の内を見せたのが仇となったな」
「あら、別に隠しているつもりもないのだけれど。少なくとも私はね」
「抜かせ」
そう吐き捨てると同時、男は後方の仲間たちへと合図を送る。それに呼応し、一人の刺客が前に歩み出た。ほぼ間違いなく感応する者であろう、四人組の中で唯一の女だった。そうして女がこちらへと手を差し向け、何かしらの感応力を発動する。四肢に僅かな違和感を感じるが────はて、これは一体なんだろうか。
腕を組んだまま胡乱げな表情を浮かべる私へと、先程まで喋っていたリーダー格の男が再び口を開く。
「例の試合の時、貴様は地面を軽く蹴ったな。ただそれだけで、広範囲の地面が吹き飛んだ。つまり貴様の感応力の正体は『増幅』だ。或いは、それに類する何か。それも出力のイカれた、な。成程確かに、アレだけの破壊を生み出せる『増幅』などは聞いたことがない。単純であるが故に、暴かれにくいといったところか」
「ふぅん……それで?」
「つまり貴様が感応力を使うには、何かしらのエネルギーを生み出さねばならないということだ。『増幅』を行うためのな」
「……」
「指一本動かせぬほどに動きを封じ、感応力を使う隙を与えない。たったそれだけでいい。手品の種さえ分かれば何のことはない、酷く単純な話だった」
つまり現在私へ向けて行使している感応力は、金縛りのようなものか、或いは物質をその場に固定する類の感応力ということか。確かに、先程から胸の前で組んだ腕がぴくりとも動かない。なんとも情けないというか、格好の悪い話ではあるけれど。
「ふん……念の為と揃えはしたが、四人も必要なかったな」
男の部下であろうか。後ろで控えていた別の刺客が、手にしたナイフをくるくると遊ばせながら、ゆっくりと私の下へと近づいてくる。どうやら既に勝ちを確信しているらしい。とはいえそれも当然か。この手の拘束系感応力は座標の指定が難しい代わりに、一度発動してしまえば脱出が困難なのだ。
一方、身動きの取れない私はといえば────
「はぁ……がっかりだわ」
ため息を禁じ得ない。だってそうでしょう?
折角楽しめるかもと思ったのに、いざ蓋を開けてみればこの程度とは。
刺客の手にしたナイフが、月明かりに閃く。ゆっくりと、まるでスローモーションのように映るそれを、落胆と共に摘みとる。敵の感応力支配下にあり、まるで動かせないはずの右腕で。ガラスが割れるような、ぱりん、という小さな音が聞こえた。
瞬間、男の顔が驚愕に染まる。
「な、ん……だと?」
中身を辺りにぶち撒けながら、大きく吹き飛ぶ部下を見つめて。
「物理的に人間を壊すのは初めてなのだけれど……」
血に濡れた手袋を見つめ、手のひらをそっと何度か開閉する。
もちろん自分では分からないけれど────
「意外。境界鬼とそう変わらないのね?」
この時の私は、きっと笑っていたに違いない。




