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エチュード(6)

「随分と大荷物なんだな。」



 アンデルはぱんぱんに膨れ上がった鞄を背負っているウェイクに声をかける。



「備えあればうれしいな、だ。」



 二人は坑道の入り口に立っている。しっかりと睡眠も取り、いざ坑道へ踏み入らんとしていた。



「備えあれば憂いなし、のことか?」



 アンデルが訂正する。ウェイクは顔を真っ赤にして慌てふためく。



「お、おお。憂いなしか、憂いなし。」



 あんなに頼もしかったウェイクの、初めて見せた抜けたところに、アンデルはつい吹き出してしまう。もしかして、緊張をほぐそうとわざと言ったのかとウェイクを見やると、憂いなし、とまだ反芻しているウェイクであった。



「とっとと解決して、今夜は盛大に飲み明かそう。」



 アンデルがそう言うと、ウェイクもにやっと笑い頷く。



「よし。行くぞ。」



 ウェイクが松明を取り出し、火を灯す。ウェイクが先立ち、坑道へと入って行く。



「しばらくは真っ直ぐでよさそうだ。」



 アンデルは見取り図を見ながら、後ろをついて歩く。ずんずんと坑道を進んで行く二人。不意にウェイクが口を開く。



「随分慌てて逃げ出したみたいだな。」



 ウェイクが照らした足元には、放り投げられたつるはしや工具があった。



「それだけ緊急性の高い案件だったってことなんだな。」



 鉱山で働く鉱夫は、言わずもがな人より腕っ節が強く、武器を持たせれば弱い魔獣ならば撃退できる。そんな彼らが飯の種を放り出して逃げるのだから、その恐怖はうかがい知れる。



「力が強くてもアンデッドは怖いか。」



「人間どうしても理解のできないものには恐怖してしまうものさ。」



 二人は顔を見合わせると、再び奥へと向かって歩き始めた。






「アンデル。三叉路だ。」



 ウェイクが立ち止まる。

 


「ちょっと待ってくれ。右だな。」



 アンデルが見取り図を広げ、確認をする。と、ふと顔を上げる。



「・・・瘴気を感じるな。」



「瘴気?なんだそりゃ?」



 鼻をすんすんさせるアンデルに、ウェイクは首をかしげる。



「魔力みたいなものだな。アンデッド特有の魔力だ。そろそら出るかもしれない。」



 それを聞いたウェイクも気を引き締める。



「ここからは何が出るかわからん。気を抜くんじゃねえぞ。」





 二人は決して軽いとは言えない足取りで、さらに坑道を行く。そこでウェイクが再び足を止める。



「どうした?」



 アンデルが訊ねると、ウェイクはしゃがみこむ。



「コウモリの糞だ。」



「人が寄り付かなくなったから住み着き始めたんだろう。それがどうした?」



「そのコウモリの姿を見てないな。人が通った証拠だ。」



「・・・あいつらか。」



 アンデルはチェイス達三人組を思い出す。昨日三人組はここを通ったのであろうと推測し、焦る。



「ウェイク、急ごう。」



 そんなアンデルをウェイクがなだめる。



「一日出遅れてるんだ。焦っても仕方ないだろ。それより歩き通しだから少し休憩するぞ。」



 アンデルは深呼吸して、冷静を努める。



「・・・そうだな。それならこのこの先に鉱夫達の休憩所になっている小部屋があったはずだ。」



 ウェイクはアンデルの肩を叩いて、歩き出した。





「そこを右だ。」



「待て、何かいる!」



 小部屋を見つけたアンデルが覗き込もうとすると、ウェイクに制される。確かにその小部屋の奥で、何かが動いたように見えた。



「慎重に行くぞ・・・」



 ウェイクは松明をアンデルに渡すと、大剣に手をかける。じりじりと小部屋の中に侵入していく。アンデルの持つ明かりがそれを照らし出した。そこには奥の壁に固まり、ぐったりとした様子で眠りこける三人組がいた。



「おい。」



 アンデルが声をかけると、チェイスが目を覚ます。



「うわあああぁぁぁ!」



 ひどく怯えた様子で取り乱すチェイスに、アンデルはなるべく優しく語りかける。



「どうした?なんでまだこんなところにいるんだ?」



「ひいいいいっ・・・」



 チェイスの声に飛び起きた残りの二人も、同じように怯えていて話ができる状態ではなかった。



「どいてろ。」



 ウェイクが鞄から瓶を取り出すと、その中身を三人にぶち撒けた。液体を頭からかぶった三人は、ようやく落ち着きを見せる。



「何をかけたんだ?」



「気付薬みたいなもんだ。闇の住人の中には精神異常を仕掛けてくる個体もいるって話だからな。」



「ア、アンデル・・・」



 弱々しい声でチェイスがアンデルを呼ぶ。



「どうした?何があった?」



「ここはやばい。あいつら、やばい。」



 普段学院でも偉そうに振る舞う不良のチェイスがひどく怯えている。



「あいつら?何を見たんだ?」



 アンデルが尋ねると、チェイスはおもむろに語り出す。



「俺たち、あの後すぐ坑道に入ったんだ。しばらく進んだら、瘴気を感知して・・・瘴気の濃いほうへ進んでいったら、あいつらがいて、応戦したけど魔力が尽きて・・・。」



 そこまで話すと、チェイスは目を見開き、入り口を凝視した。



「あいつらって誰なんだ?」



 話が途中になったことを疑問に思ったアンデルは、つられて入り口を振り返る。そこには、薄い緑のワンピースを着た髪の長い女が立っていた。なぜこんなところに?と、アンデルが声をかけようとしたところ、ウェイクに肩を掴まれる。



「おい。光源もないのになんであの女がはっきり見えるんだ?」



 言われてみると、目視するには暗すぎる闇のなかで、その女だけが浮き上がるようにはっきりと見えている。



「あ、あいつらだ!」



 チェイスが突然声を上げた。するとその声に反応してか、女が顔をあげる。その顔は、口が耳まで裂け、血まみれのおぞましい顔であった。



「レイスだ!」



 アンデルとウェイクは腰を落とし、戦闘態勢をとる。



「うあああああっ!」



 すると二人の後方から火球が飛んだ。三人組の誰かが放った物らしい。火球はレイスの横を通り、壁にぶつかって坑道を揺らした。



「まずいぞ!」



 その音に呼び寄せられ、骨だけの人間や腐りかけた動く死体がわらわらと入り口から押し寄せてくる。



「アンデル!時間を稼いでくれ!」



 ウェイクは背負っていた袋を漁りながら、アンデルに指示を出す。



「目を瞑っていろよ!シャイニング!」



 眩い光が辺りを照らす。アンデッドの群れの歩みが遅くなる。



「消滅させろよハッタリ野郎が!」



 チェイス達が悲鳴混じりの罵声をアンデルに飛ばす。



「いや、上出来だ。」



 ウェイクが小瓶に入った液体を辺りに振りかける。



「それは?」



「聖水だ。これで簡易的な結界を張る。」



 ウェイクの言った通り、アンデッド達はうろうろと周りを取り巻くだけで、近付いてくる気配はない。



「襲われなくなったところで、周りはゾンビやスケルトンに囲まれてるんだ!もう終わりだ!」



 チェイスの取り巻きはさめざめと泣き始める。一方チェイスはむしろ冷静にあった。



「俺達の魔力は空だ。アンデルの魔術は効果がない。どうするんだ?」



 ウェイクは更に瓶を取り出し、答える。



「これを使うか。手伝え。」



 アンデルとチェイスは、ウェイクの指示に従って、空き瓶に液体を注いでいく。



「いっぱい液体を持ってるな。」



「魔道具屋で仕入れたからな。」



「今度はなんだ?」



「これはヒクイトカゲの体液だ。火を噴く能力を持つ魔獣だな。」



 話しながらも手際よく瓶に詰めたウェイクは、最後に布で栓をする。



「よし、火をつけたらど真ん中に投げ込んで屈んでろよ!」



 松明で布に火をつけると、三人は瓶をアンデッドへ向け投げ、小部屋の隅に縮こまる。巨大な炸裂音とともに火柱が上がる。迫り来る熱気に、アンデルは耐える。



「片付いたみたいだな。」



 ウェイクが服を払いながら立ち上がる。アンデルもそれに倣い立ち上がると、小部屋の中は火のくすぶる骨が散らばっているばかりであった。



「服も髪も焦げてしまったな。」



 アンデルが愚痴ると、ウェイクが言い返してくる。



「アンデッドの仲間入りするよりはましだろ?」



「違いないな。」



 二人は顔を見合わせて笑う。アンデルはチェイスに振り返る。



「俺たちはこのまま最深部を目指すが、どうする?」



「こいつらがこんな状態だし、回復し次第上を目指す。」



 チェイスは未だ震えている二人を顎で指しながら答えた。



「そうか。気をつけろよ。」



 アンデルとウェイクは、荷物を纏め小部屋を後にする。



「アンデル。」



 その背中にチェイスが声をかける。アンデルは立ち止まる。



「・・・ありがとな。」



 アンデルは片手をあげ、歩き出した。



「助けたのは俺じゃないけどな。」





 再び坑道の中を探索し始めたアンデルであったが、アンデッドと遭遇することなく最深部へと近付いていた。



「あの小部屋に全部集まったのか?」



「有りうるな。ところどころ戦闘の痕が残ってる。あの三人組が引き連れてったんじゃないか?」



 ウェイクの言う通り、道中焼け焦げた死体や、えぐれた壁などの戦闘の形跡が垣間見られた。



「ならアンデッドが湧いた原因を探れば終わりだな。」



 アンデルの肩から力が抜ける。



「いや、そうもいかなそうだぞ。」



 ウェイクが声を潜める。アンデルがウェイクの視線の先に目をやると、そこは最深部と思われる空間が広がっていた。



「・・・魔力を感じるな」



「やべえ感じがしやがるぞ。」



 ウェイクが冷や汗を垂らしている。額の汗を拭ったウェイクは、大剣を握る。



「俺が飛び込んだら、いいか?壁にかかってる松明に火をつけてまわれ。」



「わかった。」



「いいな?行くぞ!」



 頷いた二人は闇に飛び込んでいった。

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