実力の差
「図書委員? 何で私がやらねばならないのだね」
「はあ? 僕は忙しいんだ、他の先生に当たってくれ」
あれからキルケと共に顧問探しを行っていたが、成果は芳しくなかった。
図書委員の名前を出しただけでも渋い顔をされるのだ。おそらく、どの教師も弱小委員会の顧問をしたくはないという理由からだろう。
「やっぱり上手くいかないものね……」
「そうだね、焦らないでいこうと思っていたけど、あまり時間がないな……」
アストレアはキルケと共に中庭にあるベンチで座っていた。
授業の合間、図書委員の仕事後など時間を取り繕っては学院の教師達に片っ端から声を掛けていった。2人の理想でいえば、明日に控える実技大会までには見つかって欲しかったが、現実はそう甘くなかった。
図書委員の顧問になってくれる教師などこの学院にはいないのではないか。
そうアストレアは感じ始めていたが、学院祭の『学院戦争』に参加する以上、顧問は必要になる。
別の策を立てようとも無意味なのだ。
「顧問制度が無かったら、って思わずにはいられないわ」
「うん」
彼にしては随分と歯切れの悪い返答だった。
「どうしたの?」
「いや……幾ら図書委員が最弱だからってここまで断るものなのかなぁって」
「つまり、何か違うってこと?」
「うん。僕も教師にお願いしていたけど、図書委員を見る目が侮蔑でもなく、怯えているようなそんな気がしたんだ」
学院の中には最弱であるという理由で図書委員を軽蔑する人間が少なからずいる。
勿論、生徒だけではなく教師だってその中に入っているのだ。
「怯えているってどんな風に? わたし達、馬鹿にされる事は多くても怖がられるような事ないはずよ。その先生だけではないの?」
「僕もそう思ってあまり気にしていなかったんだけど、他の先生だってビクビクしているというか……僕達が知らない間に何かが起きているのは確かだと思う」
周りに敏感なキルケが言うのだ。おそらく気のせいではないはずだ。
「アストレア嬢、明日の実技大会は僕と君の2人で出るけど、十分に注意した方が良いと思う」
「そうね」
『安心しろ、可愛いアストレアには私がついているからな』
ふと現れたユリウスに元気づけられながらも、アストレアは不安を掻き消した。
*
あっという間に実技大会の日がやってきた。
ちょうど一ケ月前にフレイと戦った場所で、今度は隣にキルケがいる。
『お待たせいたしました! 実技大会対戦部門を始めたいと思います! 両者、闘技場へ!』
熱狂する会場の注目を浴びながら、アストレアは久しぶりの闘技場の土を踏む。
重厚な鉄製の扉から現れた相手は案の定、生徒会だった。
「……嘘でしょう?」
図書委員からは勿論アストレアとキルケが出ることにはなっていたが、まさか生徒会長と副会長自ら闘技場に現れるとは全く予想していなかった。
図書委員を倒すのは学院戦争でのみ、他の大会で潰そうとするならせいぜい幹部クラスが相手になるのではないかと読んでいたのだ。
「これは厄介な相手だよ」
キルケが歯を食いしばりながらそう言った。
生徒会長ラジエルと副会長オリヴィエは何を考えているのか分かりにくい。
ラジエルの方は微笑みを浮かべて観覧席にいる生徒達に手を振っている。
オリヴィエは全く見向きもせず、ただじっとこちらを見つめるだけだった。
しかし、どちらにも共通しているのは『余裕』。図書委員の相手など、赤子の手を捻るようだと言わんばかりの態度だった。
(おそらく、勝ち目はないわ……でもただで負けてやるもんですか)
普段勝気なアストレアだが、それでも今回の大会で生徒会に勝てると思えるほど、楽観的でも無かった。生徒会はこの大会で図書委員を傷だらけにするはずだ。
しかし、同じやられるならただやられるものか、というのがアストレアの本心である。少しでも生徒会の手の内を暴こうと意気込む。
『両者、礼!』
放送委員の指示に従って図書委員と生徒会は向き合うようにして、一礼する。
「楽しみだよ~アストレア嬢」
「ラジエル殿下……」
顔を上げると嬉しそうに微笑む彼の姿があった。この戦いを心から楽しんでいるらしい。強者の余裕を見せつけられ、アストレアは歯を食いしばる。
『それでは――始めっ!』
「ずっと前からボクはキミと手合せしてみたかったんだよ~」
ラジエルはそう言うと、詠唱もなしに炎を両手に発動させる。そして、アストレアの方へかざすと炎の玉を次々と打ってくる。
アストレアは水を発動させ対抗しようとするが、詠唱が攻撃に間に合わない。当たるまいと避けるのに必死だった。
(詠唱もないのに魔法を発動させる間隔が異様に短い……)
このまま避けることに専念していても反撃は出来ない。隙を見てどう態勢を整えるかが重要かと思われた。ちらりと横目でキルケを確認すると、オリヴィエと剣を交えている所だった。
「アストレア! よそ見をしてボクに勝てないよ!!」
鋭い声に視線を急いで戻すと、目の前にまで距離を縮めたラジエルが炎の剣を手に、アストレアへ斬りかかろうとしている所だった。
「水壁!」
咄嗟に後ろへ飛び、自身とラジエルの間に水の防御壁を発動させた。間一髪で発動に成功し、何とか攻撃をしのぐことは出来た。
ここが機会、とばかりに水壁から意志を持った蛇のように数か所に水の力を集約させた塊をラジエルの腕や、足に絡みつかせる。
「こんなひ弱な魔法でボクを止めようなんて考えていないよね、アストレア? 聡明なキミならこんなものじゃ太刀打ち出来ないって分かっているだろう?」
そう言い不敵に笑うと、腕や足に絡みついている水を炎の剣で断ち切る。
「水泡!」
アストレアは自分を泡で包むと、ゆっくりと歩み寄ってくるラジエルを見据えた。
「おやおや~? もう終わりなの~?」
肩を鳴らしながらこちらにやって来た、その時だった。
「ユリウス様!」
彼の後ろにふわりと現れたユリウスが、水の力を使って羽交い絞めにする。
「なるほど……さっきの水はユリウス神だったんだね」
ユリウスに羽交い絞めされてもなお余裕の表情を見せるラジエル。
「ええ、そうです。神は相手に触れながらでしか実体化が出来ない。なら、触れてしまえば良いんです、わたしの水魔法と同化させて!」
こんな時でも微笑を崩さない目の前の生徒会長が恐ろしい。
「でも、それはアマデウスの初期段階の話……だろう?」
「え?」
「マルス!」
呆然と立ち尽くすアストレアの目の前にいきなり熱風が巻き起こり、炎と共に螺旋を作っていく。炎の勢いが増し、一瞬にして消えたかと思うと、そこには紅蓮を思わせるような、揺らめく炎のような髪と瞳を持った男性が立っていた。
「マルス……炎の神、3月の守護神」
マルス神を召喚することが出来たと言う事は、ラジエルは炎のアマデウスということだろう。そして、それもアストレアよりも断然、神を使役するという経験を積んだアマデウス。
絶望がゆっくりと体に染みわたるようだった。手先は震え、冷たくなっていき、顔から血の気が引いていく。
この大会で勝てる確率は低いと感じていたが、目の前の男の実力は予想以上だった。
史上最年少で生徒会長の座に、そして“炎帝”と呼び名を持つ彼に――。
勝てるという話どころではなかった。
「アストレア嬢、キミも同じアマデウスなんだからもっと楽しい勝負を出来るかなって期待していたんだけど……それも外れだったみたいだね」
ラジエルの纏う空気の変容に気付いたのか、キルケが名前を呼んでいる気がした。
「神聖なる者、その身を器にあづけ給え――!!」
彼の口から放たれた不思議な言葉は、まるで一文字に魔力が込められているかのような神妙な響きを持っていた。まるで歌を謳うかのように口ずさまれた言葉に、マルスはゆっくりと目を閉じ、応えた。
マルスは炎に成ると、ラジエルの体の中へ入っていく。すさまじい炎の混じった熱風が彼を包み込んだかと思うと、淡い金髪はマルスのような炎の色が混じり、青と緑の異なる瞳は真紅に輝き、白と橙色の大剣を握りしめていた。
「……アストレア嬢!」
ラジエルの変貌に気付いたキルケが加勢しようとこちらにやってこようとするが、オリヴィエに行く手を阻まれてしまった。
「敵を目にして背を向けるとは……お前、それでも騎士か!」
2人の間に閃光が走る。
震える足で地面にへたりこまないように必死で自分を持とうとするが、目の前の光景に理性を失いそうだった。
『可愛いアストレア、気をつけろ、あれは“神格化”だ』
神格化がどんなものなど知識はないが、分かるのは今の自分に『勝ち目』は微塵もないと言う事だった。肌を刺す程の威圧感、そして学院を総べる王者の風格。
「アストレア嬢はボクが守ってあげるよ。キミは安心してボクの元に来ればいいよ」
「どういう……ことですか」
「ボクの所に来れば、こんな事しなくて良いんだよ。何も心配しなくて良いんだ、だからボクの所においで?」
そっと手を差し伸べられる。しかし、その手を取ってしまえば『降伏』を意味する。
「わたしは……最後まで図書委員長としてあり続けます」
「ふうん、そっか」
ラジエルは行き場を失った右手をまじまじと見つめると、その手に炎の球体を浮かび上がらせると大剣へと近付ける。
白と橙の色合いを持つ大剣はまるで炎を喰うかのように、その身に炎を纏う。
「じゃあ、キミがボクの所にやってくるまで図書委員を潰しにかかるよ! マルス!!」
『御意』
ラジエルはそう叫ぶと、炎を纏った大剣をアストレアに振りかざす。
剣の一撃はかろうじて避ける事は出来たが、当たれば即戦闘不能になる。
冷や汗を掻きながらユリウスに守られつつ、アストレアはラジエルの攻撃を避け続けて行く。しかし、疲労は蓄積されていき動きも鈍くなってくる。
「もらったぁ!」
「――っ!?」
ユリウスがラジエルの攻撃を予知し、アストレアの左側に立ったのを見て、ラジエルは大きな剣を手の中でひらりと方向転換する。そして、そのまま無防備なアストレアを大剣で薙ぐ。
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