宴の準備
会議の後、図書塔に戻った2人は顔を突きあわせるようにして作戦会議を行っていた。勿論、次の実技大会へ向けての作戦だ。
「おそらく殿下……生徒会長は次の実技大会で僕達に何か仕掛けてくるはずだ。殲滅、とまではいかなくとも学院戦争までに僕達を弱らせるくらいには」
苦々しくそう言うキルケ。
アストレアとて、ラジエルに勝てるとは思っていない。少なくとも今は。
去り際、ラジエルは実技大会でと告げて行った。つまりは図書委員と生徒会の構成員が当たるように仕組んでくるということだろう。それが生徒会傘下の委員会かも知れないし、生徒会幹部かも知れない。最も恐れるのは会長であるラジエルが出てくることだ。
「僕の考えはこうだ、実技大会での決着は捨てる!」
「え、捨てる? わたしも今のままじゃ勝てるとは思っていないけど、そう簡単に捨ててしまっていいの?」
「うん。僕達、図書委員の存続が掛かっているのは実技大会じゃなくて、学院祭で行われる戦争だからね。実技大会で本気を出すよりも相手の力を見る機会として考えるんだ」
次の実技大会まではそう日は遠くない。2週間、あるかないか。
そんな短期間で成長するはずもない。だが、本命の学院祭までは4ヶ月ほどある。
アストレアもその意見には大賛成だった。
「そして、生徒会長が僕達との決着を学院祭にしたおそらくの理由は2つあるはずだ」
「街の人が注目するような大きな舞台でこてんぱんにしたい、とか?」
「そうだと思う。生徒会という組織の力、それを束ねる北の王子という存在を知らしめたいんじゃないかな」
アストレアの出身、北の国ユーリエフでは第1王子と第2王子であるラジエルとの王位継承権争いが起きているという。北の国ユーリエフでは、国王が直々に次期国王を任命する、という形を取っていない。次期国王が決まるのは、王族に近い貴族達の投票で行われる。つまり、貴族達に人気の王子が次期国王になる。
つまり、ラジエルは自身の支援者を増やそうと貴族達にアピールしているということだろう。
例え、貴族たちは王子が自分達の思い通りに行かなくとも、自身が投票した王子が国王になれば満足する輩が多い。良い地位に就かせてくれ、安心安全に甘い蜜を吸うことが出来るからだ。
最も、ラジエルほどに考えている人間であれば、貴族達の思惑通りに行くかどうかが問題ではあるが。
「でも、もう1つの理由は?」
アストレアがそう尋ねるとキルケは言いにくそうに告げた。
「おそらく……顧問だと思う」
「顧問?」
「学院戦争に出る為には顧問から許可を貰わないといけないんだ。何かあった時の責任者、保証人ということだよ」
「でも、図書委員には顧問はいないわ」
「そこだよ。必ず顧問が必要になってしまう場面で僕達は顧問を探さなければならない。でも、弱小委員会の顧問なんて誰もしたくないんだよ」
どうして? と首を傾げる。
「どの委員会の顧問をしているか、という事で先生達の評価が変わってくるからさ。強い委員会の顧問をしていれば、学院の教師達の中でも力が強い方に入る。でも、逆に弱い委員会の顧問をしてしまえば、職員室での地位も低く見られてしまうんだよ」
どうやら先生達の間にも僕達のような格差があるらしい、とキルケは言う。
しかし、何ともくだらない話だ。大人である教師がそういった理由で生徒を省いて良いのだろうか。この学院は楽しいことも、委員会が独立した模擬国家として見られていることも珍しいし、嫌いではないがそうした『害』が正義感の強いアストレアには受け入れられなかった。
だが、今の格差が出来てしまう歪な体制は全てラジエルが決めた事だと言う。
昔の学院はここまで対立が激しくなかったらしい。今の弱肉強食の世界を創りあげたのは、ラジエルが生徒会長になってからなのだ。
「競い合うのは切磋琢磨する事に繋がるし、わたしはそれ自体が悪いとは思わないけど……どうも差別が起きてしまうのは嫌だわ」
「優しいんだね、アストレア嬢は。でも、外の世界だって同じ事だよ」
悲しそうに笑うキルケに胸がざわつく。
「だけど、とりあえず僕達は誰でも良いから顧問を見つけないと学院戦争に参加が出来なくなってしまうんだ。戦わずに傘下入りになってしまうのだけは避けたい」
「これからの活動は顧問探し、というわけね?」
「そういうこと。よろしくお願いするよ、アストレア嬢」
*
項羽が今年の特待生を連れてやって来たのは、生徒会室だった。彼自身もそうだったが、学院初日はここで生徒会長から大まかな学院生活について指示がされる。
特待生は平民が多い。というより、平民しかなれない存在だ。
今まで学び舎に行った経験のある平民なんて極僅かだ。その為、少しでも早く馴染めるようにという事で同じ『学生』という立場の生徒会長が学院生活を送る上でのルールなどを教える。
最も、今の生徒会長は北の国の王子様で、学院でも外でも平民が易々と会える存在ではない。
それ故に『特待生』の気持ちなど汲めるはずもないだろう、と項羽は思っていた。
「もうすぐ、でしょうか……生徒会長様、一体どんなお方なんでしょう……」
新しく特待生として学院に編入する彼女は、そう緊張しきった顔で項羽に聞いた。
強張ってはいるが、どこか期待を胸に抱いているようにも見える。
おそらく、生徒会長に対する期待なのだろうが――。
生憎、項羽は生徒会長が嫌いだ。1年程前、項羽も今の彼女のように生徒会室で会長に会ったがどうにも食えなそうな印象があった。
微笑んでいるのに、目が笑っていない。
彼の瞳には自身が映っていても、その目にはいない。
その得体の知れない不気味さを彼からは感じられるのだ。
「オレ様が言えるのは、注意しときなって事くらいだ」
「えっ」
彼女が問おうとすると同時に部屋の扉が開く。
現れた会長の姿に隣に立つ彼女が息を飲むのが分かった。
波打つ柔らかな淡い金髪に、左右異なる色味の瞳。儚げに微笑む彼は、纏う空気が違っていた。
「項羽、新しいコだね?」
「はい」
隣に立つ彼女に挨拶をするよう目で促す。
「わっ、私はプレッツェル孤児院から参りましたグレーテルです!!」
息継ぎをするように、一言ずつ区切りながら彼女が自己紹介を終える。
「孤児院出身ということは、シスターからの魔法士推薦って事だね。これから頑張って、良い魔法士を目指してね」
「は、はい、ありがとうございます!」
「ちなみに、ボクはこの学院の生徒会長をやっているラジエルだよ~、以後よろしく」
ふと、項羽はラジエルの後ろに立っている不思議な身なりの少年に気付く。
どこかの民族衣装なのか、胸を隠すようにして巻かれてある白い服、腰を覆う袖口の広がった緑色のハーレムパンツ。そして、半透明の緑に光り輝く布を肩に巻いている。
額には大きな宝石が施された装飾品、そして鼻と眉毛にピアスがつけられていた。
褐色の肌、という事は南の国の人間だろうか。
しかし、これだけ目立つ風貌をした生徒が校内にいれば取っている授業が別でも、印象が強くて覚えているはずだ。
(滅多に出歩かないヤツとか? まぁ、オレ様も授業に出ないでよく旅に出てるからこんなヤツ知らなくても不思議じゃないが)
不思議な少年はただじっと、グレーテルの方を見つめていた。
「ニュクス、この子どう? ボク的には良いんじゃないかな~って思うけど~?」
グレーテルに幾つか質問をしていたラジエルが後ろを振り返って、少年に聞く。
ニュクスと呼ばれた彼は、それでも表情を変えることなく、熱心にグレーテルを見やる。……まるで選んでいるかのように。
「うん、ラジエル。ニュクスはこの子にするよ」
「と、いうわけだ。キミには期待しているよ」
そう言い、ラジエルはグレーテルにぐっと顔を近づけ何かを囁く。ここからでは何を言ったのか聞こえなかったが、赤面している彼女を見れば何となく想像はついた。
ゆっくりとラジエルと交代するように、グレーテルへと近付いていくニュクス。
そして、彼の細く長い指が額に触れられた。
「きみの闇を見せて――?」
途端に彼女の足元、彼女の影が急に意識を持ったかのようにうごめき出す。
「ぐぁ……っ!」
苦しそうに呻くグレーテルを包み込むかのように、影は彼女に触れる。
「は!? な、何だこれ……」
「何って闇魔法でしょう、キミも見るのは初めてじゃないでしょ?」
気味の悪いその光景に思わず後ずさりをすると、ラジエルが笑ってそう言った。
彼女の影は蛇のようにうねると、心臓を食らい尽くそうとするかのように体内へと入っていく。
「な、何してんだ……?」
声が震えていた。自分が恐れているとは信じがたいが、それでもこの光景を見て平然としていられる自信も無かった。
ニュクスは神妙そうに項羽を見つめる。澄んだその茶の瞳には狂気なども感じられない。
「変なの。きみも初めてじゃないのに、どうしてニュクスの魔法を怖がるの?」
純粋に疑問に思っているらしかった。彼にそれ以外の他意はない事も感じられる。
だからこそ、項羽は――黒の覇王と呼ばれる彼であっても。
彼らに恐怖を感じたのを認めざるを得なかった。




