王の裁判
生徒会長が指定した委員長会議の日。アストレアはキルケと共に、会議室にいた。
会議室は広く、円卓を取り囲むようにしてそれぞれの委員会の委員長の椅子が用意されている。副委員長は委員長の後ろで控えるようにして立っていた。
アストレアは緊張しながらも、後ろで見守ってくれているだろうキルケに小声で話しかける。
「わたし、武道委員会と保健委員会くらいしか分からないわ」
「今日ここにいるのは学院の独立が認められている委員会だけだよ。僕達以外にいるのは、アストレア嬢も知っているだろうけど、武道委員会、保健委員会。他には文化委員会や環境委員会などもいるよ」
勿論、上座には生徒会が座るんだよ。とキルケは教えてくれた。
会議室に委員長が集まるごとに、部屋の空気が重くなっていく。おそらく、各委員長の威圧感がそうさせているのだろう。普段は柔らかな雰囲気を持っているアレスとククルカンも、この日ばかりは険しい表情で上座を見ていた。
ふと、アレスの後ろに控えているロランと目が合った。彼だけはこの場の雰囲気に流されることなく、アストレアに向かって投げキッスを送ってくる。
その様子を見たキルケが腰にさげている剣を引き抜こうとしたのは気配で感じ取れた。
小さく聞こえていた雑談がぴたりと止まり、その場にいた者達が一斉に会議室の入り口の方へ顔を向けた。慌ててアストレアも扉の方に視線をやるとそこには、信じられない光景が目に入った。
生徒会副会長であるオリヴィエを引きつれて会議室にやって来たのは、淡く輝くような金髪に、左右で青と緑の異なる瞳を持った神々しさも感じる少年。見間違えるはずもない、いつも薔薇園にいた『ユーリ』だった。
ユーリは円卓をぐるりと見渡し、アストレアを見つけるとそっと微笑みかけてくる。
「……っ!?」
(ユーリが生徒会長……? じゃあ、ユーリはラジエル殿下だったってこと?)
驚きと共に、複雑な気持ちになる。騙されていたわけではないだろうが、どうも認められない。
しかし、そんな思考さえも冷酷な生徒会長が放った言葉によって、現実に引き戻される。
「みんな忙しい中、集まってくれてありがとう。さて、本題に入らせてもらうけど今回会議を設けたのは他でもない、武道委員会の処遇についてだ」
ユーリ――ラジエルがそう告げると、みな複雑そうな表情でアレスを見やる。
その場にいた全員の視線を集めながらアレスは、表情を変えることなく淡々と返す。
「それはやはり実技大会での魔物の乱入について、でしょうか」
「それ以外何があると言うのさ」
感情を宿さない、冷たく光る異色の瞳。アレスは鋭く彼を見つめながら言った。
「それについてはこちらでも調査中です」
「アレス。そうは言うけどさぁ、実技大会中に魔物が乱入したって事があれば、日々の努力を安心して発揮する事も、評価する事も出来ないんだよ? ましてや、今回の件で実技大会そのものが廃止される恐れだってある。そうなってくれば、我が校の伝統だって失われるし、大きな特徴として売り出すことも出来ない。学院にとっては非常に大きな問題なんだよ」
ぴしゃりと言い返すラジエルの言葉に初めてアレスが悔しそうな顔をする。
第一の被害者でもあるアストレアだって、武道委員会の不手際で魔物が乱入したとは考えていなかった。闘技場には生徒と教師しか入れないように、武道委員会の人間が警備していたし、そもそも魔物は唐突に現れたのだ。防ぎようもない。
アストレアは、あれは何か人為的なものを含んでいると考えていた。
(邪魔な図書委員会を潰そうとする生徒会の策略……とかね)
「今回の件は、責任を取るという形でキミの辞任と半数の構成員を生徒会に所属させることでどうだい?」
「それは……っ」
空気がざわつくのと同時にアレスが食い掛かろうとする。しかし、その顔には余裕なんてなく、どう言い返せばいいか分からないようだった。
武道委員会の半数の構成員を生徒会に所属させる、ということは武道委員会としての権威を削ぐ目的だろう。生徒会に次いで構成員の多い学院序列2位の武道委員会の戦力を削れば、放っておいてもどんどんと落ちぶれていくからだ。優秀な構成員の少人数精鋭体制ならともかく、人数が少ないという理由だけでも生徒会傘下入りを促すにはうってつけなのだ。
薔薇園で出会った、あのユーリとは思えないほどの冷酷さを持ったラジエルにアストレアは戸惑う。
悔しそうなアレスにはもう飽きたのか、ラジエルがアストレアに向き直る。
その瞳に射られそうになりながら必死に椅子から落ちないようにしがみつく。彼の放つ威圧感で手が震える。自分らしくない態度に内心苦笑する。
「それと図書委員会は生徒会傘下に入るように」
「待ってください! 図書委員はきちんと活動しています、まだ傘下に入るには」
緊張で固まると思っていたのに、自分でも不思議と反射的に言葉が飛び出た。
「街の人に迷惑を掛けただろう?」
言葉に詰まる彼女から一瞬、アレスの方に目をやった。
彼はお見通しなのだ。そして真犯人が誰であろうと生徒会には関係ない。
そこでようやく腑に落ちた。
校外活動の許可が下りなかったのは、おそらくこの展開に持って行かせるためだったのだと。許可を出し、図書委員会が成果を出してしまえば生徒会とて傘下入りを促すには難しくなってしまう。
そこで、傘下入りの理由づけを作らせた後は籠の中に閉じ込めてしまうのだ。
狡猾なラジエルの策に、アストレアは腸が煮えくりそうだった。
「認めないならこうしようじゃないか。編入してきたキミは知らないだろうけど、10月には学院祭がある。そこで行われる『学院戦争』で決着をつけよう」
学院戦争については後ろに立っている騎士さんに後で聞いてね、と彼は付け加える。
学院祭については、事前にキルケから聞いたことがあった。10月、各国の大きな街では収穫祭などで盛り上がる月だが、コント・ド・フェ学院では学院祭が行われるらしい。それぞれの委員会や、学院側の提案した出し物や屋台などがその期間だけ出店される。普段、一般人の立ち入りは許可されていないが、学院祭は特別に誰でも入ることが出来るのだ。
そして、学院祭の中でも最も盛り上がるのが『学院戦争』。これは委員会単位での戦争で、実技大会とは異なった趣向で行われる。実技大会では委員会同士のいざこざを武力行使で決断する際に利用されることは許可しているが、学院戦争と違って『同盟』を結んだ委員会同士の戦争は認められていない。
つまり、『学院戦争』は本物の戦争に近い『模擬戦争』なのだ。
今でこそ、東西南北の国々は平和同盟を結んでおり、戦争が大陸から消えて久しいが、この学院の目玉となっている。
東西南北の10月の楽しみは収穫祭、中立地区の楽しみは学院祭と言われるほど、認知されているのだ。
「ちょうどいいし、武道委員会にも同じことを通告しておくよ。これで図書委員と手を組むのも良いし、単独でボク達に刃向っても良いしそれはご自由に」
ラジエルはそれだけ言うと席を立った。会議は終わったらしい。
しかし、まだ納得いかないアストレアはラジエルを追いかける。
「ユーリ……ラジエル殿下!!」
「何か言いたげだね」
後ろをゆっくりと振り返った彼は、妖艶な微笑みを浮かべてアストレアを見つめる。
「騙していたわけじゃないから。キミはボクを責められないよ」
やけにゆっくりと、彼の指がアストレアの顎を持ち上げ、そのまま頬を撫でられる。その仕草にくすぐったさを覚え、身を震わせると面白そうに彼が笑った。
「でも、どうして図書委員を……? 課外での活動はきちんとしていたはずです」
アストレアが最後の反論、とばかりに告げるとラジエルはアレスに向けたような冷たい瞳を向けてくる。ゆっくりと、頬を撫でていた指がアストレアの唇に押し付けられた。
「ボクが言っているのは、活動云々じゃなくて傘下に入るか、入らないかを決めた宣戦布告なんだよ。まどろっこしいのは好きじゃない、早くキミをめちゃくちゃにしてやりたい、ってことなんだよ」
「納得できません」
ぐいっとラジエルの顔が近付けられる。唇が当たりそうなくらいの距離に心臓が脈打つ。
「じゃあ、次の実技大会で勝負する? キミが勝ったら独立した委員会として認めるよ。ボクが勝ったらボクのものになって?」
触れそうなくらいの唇が彼の吐息を感じて、アストレアはまた身震いした。
まるでラジエルに囚われたように動かない身体を引き離してくれたのは、キルケだった。気付けば、力強い彼の腕にそのまま抱きとめられていた。
「うちの姫君に手を出さないでくれますか、殿下?」
表情を伺うと、彼の鋭く光るそのクランベリー色の瞳には、怒りが入り混じる。
そんなキルケの視線を受けてもなお、ラジエルは表情を変えない。
「姫君を守る騎士にでもなったつもり?」
「僕は剣に生きる騎士ですから」
「冗談通じないね~」
花が綻ぶように笑うラジエルの姿は美しかった。無邪気で純粋無垢な、穢れを知らなさそうな。だが、それは薔薇園で出会っていた不思議な少年ユーリの素顔であり、目の前にいるのは信じがたいが冷酷無慚な生徒会長ラジエルなのだ。
「じゃあ、お2人さん。まずは実技大会で~」
そう言い、ひらひらと手を振ってラジエルは今度こそ去って行く。
ようやく解放された安堵から自然とため息をついた。どうやら無意識のうちに身構えていたらしい。ラジエルが放つ威圧感にはそうした作用があるようだ。
「全く、あの殿下も油断も隙もないんだから」
唇を尖らせ、子供のように拗ねるキルケに愛らしく感じてしまう。心が温かくなって、自然と微笑んでいると、今までどこにいたのかふいにユリウスが現れた。
『お前たち、いつまでそうやって抱き合っているのだ?』
「きゅ、急に出てこないで、ユリウス様」
『私はまだ相手に触れながらでしか実体化出来ないからなぁ~。仕方あるまい』
「ご、ごめん!」
ユリウスに指摘されてようやく今まで彼に抱きとめられていたことに気付く。
自分ではない“温もり”が一瞬にして消えていく。
その刹那を名残惜しいとさえ感じてしまう。
「まずは……作戦会議だね、アストレア嬢」
「え、ええ。そうね」
浮かれている場合ではないと、自分で頬を叩き気合いを入れ直す。
(ユーリ……いいえ、ラジエル殿下。わたし達はあなたに屈しませんから)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
読んでくださる方々に心からの感謝を。




