校外学習①
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楽しみで仕方が無かった校外学習の日まではあっという間だった。毎日、暦を見ては黒インクで消していく。そして1日の授業もしっかりと楽しみながら学んで眠りにつく。その繰り返しで気がつけば当日だ。
今回の校外学習は、中立地区にある青の迷宮近くで魔物探しだ。中立地区唯一の迷宮は、文字通り真っ青な外観をしていて迷宮内、付近に生息する魔物も水属性ばかりだ。いつ、誰が、何のために建築したのか解明されておらず未だ謎は多い。
迷宮近くには北のユーリエフから南のガルードへ分断するように、北から南に流れるレチクル川が流れている。迷宮近くにあるせいか、ここも魔物たちが生息している場所だ。
さすがに迷宮の中までは危険なので入らないが、迷宮付近だとはいえ学院側の準備はしっかりとしたものだった。
魔獣学の教師が注意事項を述べた後、隣に控える男子生徒を紹介する。
「いいか、もし怪我などをしたらすぐに保健委員長の彼に言うこと。危ない所や危険そうな魔物には絶対に近づくな。ククルカン君、自己紹介を」
教師の指示で隣に立つ男子生徒が校外学習に参加する生徒達に一礼して、前へ進み出る。
(あの肌の色……ガルードの方ね)
彼の肌は南方人特有の褐色で、濃い紫の髪と瞳をしていた。右目の下にはホクロがあり、どことなく色気がある。
「保健委員長のククルカンだ。治療は全て俺がするが、怪我をしないことを前提に注意してくれ」
隣に立つキルケがそっと耳打ちをしてくれた。
「彼はククルカン先輩で、学院最強と呼ばれる“四重奏”の1人なんだ」
「四重奏って?」
「学院の中でも特に実力を持つ4人の委員長のことだよ」
キルケが言うにはその中には生徒会長も勿論含まれているらしく、四重奏の中でも特に実力があるのも生徒会長らしい。
「そういうわけだ、ではチーム分けに入るぞ」
校外学習に参加する生徒はあまり多くなく、アストレアとキルケを除けば大体4,5人程度だった。そもそも魔獣学を専攻している生徒は少なく、特に貴族の子ども達となるとぐっと減る。貴族階級の子達は普通に暮らしていれば魔物なんて出会わない。よほどの物好きか、将来冒険者になろうと思っている生徒くらいだ。
出来ればキルケと同じチームが良かったのだが、男女混合のチーム分けにするはずもなく、アストレアは見知らぬ女子生徒と組むことになった。
「よろしくね、アストレアさん」
気の強そうな女子生徒はアストレアの名前を言うと、握手を求めてきた。アストレアも笑顔を浮かべて握り返すと、とても令嬢とは思えない力で握り返された。
「まさかあの図書委員の委員長さんと同じチームになるなんて思ってもいなかったわ」
どうやら彼女は弱小委員会がお嫌いな人間のようだった。
その証拠にアストレアに向ける視線は好意的なものではないし、口調の端々から嫌悪感が漂っている。
(先が思いやられるけど……まあ、頑張るしかないわね)
社交界デビューを既に経験しているアストレアにとって、そうした嫌味は慣れっこだった。それに他の令嬢達よりもずっと勝気な彼女には何の影響もない。
キルケと同じチームになれなかったのが残念だが、彼の方もそばかすの残ったあどけなさのある男子生徒とうまくいっているようには見えなかった。
(キルケも頑張っているんだからわたしもめげてはいられないわ)
チーム分けを行ったのち、魔獣学の担当教師から各チームに探す魔物が伝えられる。
アストレアのチームは川近くを生息地とする水棲魔物だった。
「よろしくお願いします、ええっと……」
アストレアが同じチームの女子生徒にそう名を聞こうとすると、彼女はぴしゃりと言い放つ。
「ルーシィよ、別に名前なんていいでしょ?」
鋭い眼つきと低い声音にアストレアはそれ以上何も言わない。こういうタイプは放っておくのが一番なのだ。どうせプライドだけは一人前に高い、典型的な令嬢だ。
アストレア達が探すのは川にいるとされるケルティアスだ。水辺に棲む幻獣ケルピーの幼生期の魔物のことである。ケルティアスも成長したケルピー同様、上半身が馬、下半身が魚といった容姿をしているがケルピーに比べて非常に小さい。大きさで言えば小魚くらいだろうか。大人のケルピーよりは凶暴性は極めて低いが、それでもあなどることは出来ない。不注意でケルティアスの口元に指でも持っていけば噛まれることは必然だろう。
ケルティアスも他の魚達に混じって川を泳いでいるため、アストレアは川の中を覗き込んで探していた。しかし、どうにも見つけることが出来ず川の中に手を入れて神経を研ぎ澄ませる。
7月に生まれたアストレアは、7月の守護神で水を司る神ユリウスの加護を受けた水の魔法士だ。この世界の魔法士は誕生月によって魔法の属性が決まっている。例えば、水と正反対の火の魔法士は3月生まれの人間だ。
水という媒介さえあれば彼女の思うままに操ることが出来る。元々才能はあるのだが、環境が変わり恵まれたものになってからは吸収も非常に早かった。リリー女学院では魔法学の授業はなく、ずっと家庭教師を招き独学で勉強をしていたが、コント・ド・フェ学院になってからは魔法学のレベルの高い授業を受けることが出来るため、アストレアは水の魔法士として頭角を表しはじめている。
川に潜む魔物たちの気配を、水を通して探していると、意外にも近くにそれらしい反応があった。
(水鞭)
頭の中でそっと詠唱をすると、川の一部の水が細い鞭のように集まりアストレアの思う方に動いていく。そして、ゆっくりと何も知らないまま泳いでいる魔物の足を縛った。
「やったわ!」
少し離れた水面で何かが勢いよく跳ねているのが分かった。激しい音を立てて必死にアストレアの水鞭から逃れようと体を捻っている。こちらに引き寄せると図鑑で見た通りのケルティアスの姿だった。後はルーシィを呼んで魔獣学の教師に一緒に見せに行けば課題はクリアだ。
「ルーシィさん、ケルティアスを見つけましたわ」
笑顔で彼女がいた方向に顔を向けるとそこには誰もいなかった。さっきまで自分のすぐ傍にいたはずなのに、と首を傾げていると青の迷宮がある方向から悲鳴が聞こえた。
「まさか……」
嫌な予感がするのを肌で感じながらアストレアはとりあえず、ケルティアスを放すと制服のスカートの裾を軽く持ち上げ小走りに声のする方向へと向かった。




