第一話 喫茶ブルームにて
きれいは穢い、穢いはきれい。
さあ、飛んで行こう、霧のなか、汚れた空をかいくぐり。
シェイクスピア マクベスより 福田恒存:訳
第一話 喫茶ブルームにて
扉をカランと開く音がする。
カウンターの向こうにはテレビがセットしてあり、それを眺める客たちで店内は騒然としていた。
ニュースの映像に釘付けになっている客たち。
「いいぞクロマティックギャングもっとやれ!」
「警察なんか蹴散らしちまえ!」
「見ろよあいつら下で右往左往してやがる!」
まるでスポーツ観戦のように、客たちは盛り上がっていた。
「なあ今度はオーレオールはクロマティックギャングの座長を捕まえることができると思うか?」
「さあな!でもこれからが見物だぜ」
「お前どっちにかける?」
「決まってんだろ!クロマティックの方」
「なんだよ俺と一緒じゃないか、それじゃあかけにならないだろ!」
「じゃあお前がオーレオールの方にかければいいんじゃないのか?」
「嫌だね!今回もクロマティックのショーを楽しませてもらう!」
騒々しい音を聞きながら、クリスはカウンター席の端の方にそっと腰掛けた。
ニュースでは犯罪集団クロマティックのテロ行為をライブ配信している。
『犯罪集団クロマティック』
巷を賑わしているテロリスト集団だ。
彼らが標的にするのはマフィア、政治家の集会など。
毎回派手なショーに仕立てた劇場型犯罪及び、派手な暴露ネタを持ってニュースを賑わしている。
そのため面白がって、あるいは彼らのやっていることに共感を覚えて支持する労働者層はとても多い。
もっとも彼らのやっていることは明らかなテロ行為であり市民を脅かす存在であることは明白なのだが。
「いらっしゃい!」
明るい声がしてクリスは顔を上げた。
赤毛の女性がそばに立っていた。
「ダリア、相変わらずお店繁盛しているね」
「ふふ、おかげさまでね。クリス、いつものサンドイッチにする?」
「いや、今日はせっかくだからこの1周年記念の特別メニューっていうのにしてみようかな」
「いいわ、少し待っていて。ところでアイスティーでいいかしら?」
「ありがとう。今日は少し暑かったからね」
テキパキとダリアは立ち去ってアイスティーを一杯出してくれる。
ここは喫茶&バーのブルーム。
昼間は喫茶店営業、夜はバー営業をしている。
旧市街にあるため、昼間は労働者や家族連れが昼食を食べに行ってくる。ダリアがここで店を始めて一年。
常連客もすっかりついて、店はごった返していた。
「おーい、ダリアー!ビールくれビール!」
「もう!うちの店は喫茶営業の時間はビール出さないって言ったでしょ!」
「いいじゃん!ケチ!ちょっとぐらい昼間から飲ませろよ!今テレビがいいところなんだ!オーレオールが登場したぞ!」
「よ!待ってましたヒーロー!」
「何が、ヒーローだ!警察の飼い犬だろ!」
「そんなやつ、ぶちのめしちまえ!クロマティックギャングども!」
「もう、昼間からお酒飲んでるの!?」
ダリアは呆れ顔でそう言った。
テレビのニュースは場面が切り替わって、スタジオが映し出される。
「それでは一度スタジオに戻ってお話をお伺いしましょう。本日のゲストは政治評論家のジョージ・ブラウン氏、歴史学者のスミス氏をお迎えしております」
中継映像はスタジオのテレビへと切り替わった。
「ブラウン氏、彼らが初めに事件を起こしてからすでに七年いえそろそろ八年になりますが彼らの目的及び今後の活動についてどのようにお考えでしょうか。また行政は彼らのボス、彼ら自身は座長と呼んでおりますが、主犯のアレクサンドル・ライトを何回も取り逃し、あるいは逮捕しても刑務所や収容施設から脱走されるということを繰り返しております。そのことについてご意見をお願いいたします」
「ありがとうございます。まず彼らの成り立ちから考えるべきですね。首謀者のアレクサンドル・ライトですが彼についての身元は現在分かっておりません」
「なるほど彼の身元に対して何かわかることはあるのでしょうか?」
「オールドアルケディアのスラム出身者であること、二十代後半ぐらいの年齢であることは推測されますが、彼に関する出生届、国籍、住民記録その他公的な書類は一切出てきておりません。これはスラム出身者に対する、行政の登録およびスラム取り壊し時の出身者に対する放置によるものです。スラム出身者であるために身元が保証されず、アルケディアの内部に身元不明の人間が、その他の不法労働者あるいは密入国者などと含めて少なくとも五万人以上二十万人以下ほどいると言われています。今現在それらの身元不明の住人たちはこのアルケディアの内部で不法労働などによって生活を立てているのです。その中には非常に劣悪な環境で働かされている人々もいます」
「それらのスラム出身者の中から不満を持った者たちを集めて彼らは活動しているということでよろしいでしょうか」
「確かに不満を持っている人々の受け皿になっていることは間違いないと思いますが、あくまで犯罪に手を出しているのはほんのごく一部の人たちです。オールドアルケディア出身者全てが犯罪に手を出しているわけではありませんので、そこのところは誤解なさらないでください」
「ブラウン氏、ご解説ありがとうございます。それではここで歴史学者のスミス氏によるオールドアルケディアの歴史解説をお願いいたしましょう。なぜ街中にこれだけ巨大なスラムが存在し放置され続けたかを解説していただこうと思います……」
「つまんねえ!いいからさっさと現場の画像に戻せよ!」
「そうだそうだ。せっかくオールオールが登場したのに!」
「クロマティックとオーレオールがドンパチやってるとこ早く写せよ!」
「お、見ろよ。あれ、画面にちっちゃいけどクロマティックのボスだよな!」
「あー間違いねぇ!」
「赤い髪に派手なスーツ姿。遠くからでもよく目立つぜ!」
「おい、アップで見せろ!」
客たちは、身を乗り出してテレビの方を眺める。
熱狂するその様子を見ながらダリアは厨房に入って行った。
「はい、お待ちどうさま」
テーブルの上にコトンと置かれたそのお皿には、湯気のたつスープが入っている。一つずつ丁寧にテーブルの上に並んでいく料理はどれも美味しそうで見栄えが良いものだった。
「ありがとう」
クリスはほんの少し微笑んだ。
そして彼もまた、じっとテレビの方を眺めた。
そこに含まれているのは心配そうなまなざし。
「……アレク」
彼は一言そう呟いた。
「きっと大丈夫よ。アレクだもの」
ダリアはクリスの方を見てそう言った。
「そうだね。きっと大丈夫だ」
手に持ったアイスティーのグラスを強く握りしめる。
ダリアは壁の方に視線を向けた。
そこには額装されたボロボロの子供が書いたポスターのイラストと、黄ばんで破れた新聞の記事が貼ってあった。
記事にはこう書かれていた。
『子供達のサーカス現る!』
日付はもう18年も経っていた。
そこに書かれていたのは、スラムの子供たち自身によって執り行われたサーカス。子供ばかりのサーカスの光景だった。
小さな新聞の切り抜きに小さな写真、画像は不鮮明でそれでもみんな笑っているのだけは、はっきりと分かる。
――そうだあの頃はみんないて、みんな笑っていたのだ。
そこにあったのはクロマティックの原点。
まだ犯罪組織になる前の彼ら。無邪気に笑って未来を信じていた頃の子供たちの姿だった。
あの時に信じていた未来からずっと遠いところに来てしまった。きっとあの時のメンバーみんながそう感じているのではないだろうか。
冷えたアイスティ―が喉を通り抜ける。
それは不安な気持ちを和らげてニュースのざわめきを消してくれる。
「そうだ、デザートもあるんだけど、フルーツサンドとコットンキャンディの乗ったパフェどっちがいい?」
「それ、どちらも美味しそうだね。ダリアが作ったものだからすごく美味しいんだろうな。そうだなーえっと、せっかくだからフルーツサンドの方にしようかな」
「オッケー 食べ終わった頃に持ってくるね!」
明るいはずんだ声でダリアはそう言う。
テレビを見て盛り上がっている客たちの様子を見ながら、クリスはため息をついた。
どうか無事でいてほしい。
テレビを見つめる。
それは遠く届かぬところに行ってしまった、彼らに対しての、ささやかな祈りだった。
「はい、お待たせ!」
目の前に置かれたフルーツサンドはとても美しい断面をしていて、それは古い記憶を呼び起こした。
やはり子供の頃、ダリアが作ったフルーツサンドだ。
食料品店で売っていた処分品のホイップクリームと果物とパン。
あり合わせの材料で作ったそれは、宝石のように輝いて見えた。
子供の頃など、美味しいものを食べたいというよりもただ生き延びるため食事をするのがやっとの日々だった。
それは、スラムの子供達全員そうだったのだろう。
みんなでサーカスをやるために練習していたあの日、あり合わせの材料で作ったフルーツサンドを見てみんなで歓声を上げていた。
今もその記憶が鮮明によみがえる。
頬張れば、懐かしさと美味しさで胸がいっぱいになってゆく。
「……美味しい」
子供の食べた時よりもさらに腕を上げて、いるのだから美味しいのは当然といえば当然なのかもしれないが。
幸福な記憶とクリームの甘さが合わさって満たされた時間が過ぎてゆく。
「そうだ、ダリアに大事な報告をしなくちゃいけないんだ」
「え、何?改まって?」
「今度デイジーと結婚することになりました」
「えぇー!それ本当?」
「うん、本当」
「ちょっと待って、デイジーから聞いてないんだけど!」
「あれ、そうなの?」
「どういう風にしてそうなったの?ちょっと聞かせて!」
「デイジーが働いている児童保護施設のチャリティイベントでね、久々に会って話して懐かしくって。それでそのことがきっかけでその……だんだんと」
「やだなーもぅ、デイジーも話してくれたらよかったのに」
「ちょっと照れくさかったのかも」
「そうね彼女、内気だもんね」
「デイジーがね、チャリティで昔ピィが作っていたみたいなコサージュの花を売っていて、それで話が盛り上がってね」
「……そっか」
ダリアは再び、壁の写真の記事を見た。
不鮮明な写真は、顔がぼやけていて誰が誰だかわからないけれど、ワンピースを着た長い明るい髪色の女の子が写っているのが見える。
かつて、そこにいた少女のことを二人は思い出していた。
「ごちそうさま美味しかったよ」
お会計を済ませてクリスは店を後にした。
店内ではまだテレビのニュースで盛り上がっている。
「いいぞ、クロマティック!」
「よし!逃げ切った!俺の勝ちだ!」
「つーか、オーレオール側に賭けてるやついないだろ」
「ちぃー、つまんねぇ!それじゃあ、賭けにならねえじゃねえか!」
「はいはい、もうニュースは終わったんでしょ!ちょっと騒がしすぎよ。他のお客さんもいるからもう少しだけ静かにしてね!」
ダリアの声が聞こえた。




