個人販売始めました - 2/2
ここから先のことは、あまり褒められた話ではない。
帰りに遠回りでショッピングセンターに寄って、わざわざ新しく面接用のシャツを買ってきた。それから部屋に帰って "変化済み" の服たちをハンガーに吊るして眺めてみた。みんな前よりも “ちょっとだけ” 良くなっている。
そんなことをしている内に、つい(これ、お店で買ったらもっと高くついたよね...)なんて考えてしまった。元々そんな仕事をしていたんだから、そこは意識しないほうが難しい。
で──そこから先はもうわかるだろう。
古着屋を巡って冴えない安物を買い集める。パル泉で洗う。出来上がったものをフリマアプリで売る。
原価は古着の購入費とコインランドリー代。あとは送料や梱包材のコストだ。商品撮影はスマホで済むし採寸は自分でやれる。元アパレルバイトだ、検品と発送なんて半分プロなんだから。
翌日にはもう動いていた。面接帰りに町内のリサイクルショップを3軒回って、一着1000円以下の安物ばかりを合計17着。全部コインランドリーに放り込んだ。
その結果、17着中12着が程度の差はあれど "良い方向" に変化した。残りの5着は前より悪くなったと思う──私はものを見る目には自信があるんだ。
割合としては悪くない。仮に1着3000円で全て売れると仮定すれば、コストを差し引いても大きく利益が出る計算だ。
変化後の服を撮影し、“一点物のリメイク品” としてフリマアプリに出品してみた。
アプリ上でのブランド名は「Fuse」。自分の名字をそのまま英語で書いただけなんだけど、いかにもそれっぽい響きでカッコいいじゃない。
価格は1,500〜6,000円の幅で設定しておく。まずは手応えを確認したかったのだけど、これが1週間のうちに5着売れた。この時点ですでに元手の回収に成功してしまっている。
面接の結果がいつ届くかなんて、もう気にもならなかった。
だから翌週からは、もっと仕入れを増やしてみた。古着のまとめ売りを段ボール単位で買って、パル泉までの2分の道を1日に何度も往復した。例のおばさんとはすっかり顔馴染みになっていて、大量の洗濯物を抱えた私と出くわすたびに「商売繁盛ね」と笑ってる。
「おばさんは、こういうことやろうと思ったことないですか?」
「ないわねぇ。自分で商売ができる人って、やっぱりバイタリティのある人だから。」
「もったいないなぁ。」
「私は自分の着るぶんだけで十分ね。」
確かに商売は大変だ。個人販売なんて仕入れから加工から発送まで、いや資金の出入りや税金の管理まで全てを一人でやらなければいけないんだから。最初はそれこそ朝起きてから夜に寝るまで、ろくに暇なんてなかった。
だけどそのお陰で、売上は最初の一ヶ月で10万円を超えてしまった。それどころかもっと上を狙えそうな手応えがある。
「時間と元気が余ってる今のうちに、もっともっと稼いでおきますよ。それじゃ、お先です!」
私は野心たっぷりに笑いながら、おばさんと別れて店を出る。洗い終わった洗濯物を詰め込んだ大型キャリーケースを引いて、家に帰ってから仕上がりの確認だ。
おばさんは一人店内に残り、笑いながら小さく手を振っていた。
「──あなたで何人目かしらねぇ...。」
*/ Self Brand /
さらに一月後。売上は伸び続けていたが、壁が立ち塞がっていた。
まずは物理的な空間の問題。準備した商品と売れ残る在庫が、狭い部屋をこれでもかと圧迫している。
ワンルームの壁際に段ボールが山と積まれて、私はその隙間で生活し、寝起きしていた。地震が来たら助からないかもしれない。
そして時間的な問題。そもそも一日にこなせる洗濯の回数と量に、時間という限界がある。大量の古着を自宅とコインランドリーの間で運ぶのも結構な重労働だ。
しかも今は夏──もう地獄でしかない。
そもそも安い部屋を選んだのは預金が心許ないからだった。だけど売上が出たことで「もっと広い部屋だって...」という考えが頭をもたげてくる。
部屋が広ければ余裕を持って在庫を置けるし作業スペースも確保できる。洗濯機だって置け──いや、それは要らないか。
作業の合間に探した結果、駅の反対側に家賃1.5倍の1DKを借りられた。洗濯機置き場があったけど、そこには冷蔵庫を置くことにした。お風呂から出て即、冷たいビールに手が届くのが最高だ。
引っ越しで出費が嵩んだけど、その分は売上を伸ばして取り返せばいい。もっと仕入れて、もっと回して、もっと売る。そのための設備投資ってやつだ。
だけど、仕入ればかりを増やしても客は急には増えなかった。フォロワーは少しずつ増えてるけれど、服なんて月に一度買うかどうかの代物だ。出品数だけ増やしても流れていくだけ。
だったら商品の質を上げてみようか? ──いや、質を決めているのは私じゃなくて洗濯機だ。私にできるのは安い服を選んで放り込むことだけ。
このビジネスの根幹は、実は私の手にはなかった。コントロールしているようで、実際には何もコントロールできてなんかいない。今はただうまく転がってるだけ。いつ躓くのか、冷静になれば全く先がわからない。
どちらかといえば私は、洗濯機にこき使われている労働者みたいな.....その実態に気づいた時には、流石に少し怖くなった。自分は何か間違ったことをしているのかもしれない──そんな不安を抱いてしまう。
売れ行きの停滞。上昇したコストによる圧迫。予算の不足する焦り。この状況を打開する方法が、今のところ思いつかない。
広告でも打てばなんとかなりそうな気がするけれど、費用を調べて見送りにした。引っ越して家賃も上がったばかりの今できる選択じゃない。まだしばらくは地道に稼いでいくしかなかった。
変化のない現状がこのまま続くとわかっていると、おばさんが褒めてくれたバイタリティにも翳りが出てくる。家とパル泉を往復する足取りも以前の様に軽くはなく、徒歩2分の距離は実際以上に長く感じられる。
それでも止まるわけにはいかない。仕入れを増やした今となっては、手元の商品が売れなければ損失も大きく被ってしまう。
私はため息をつきながら、その日最後の洗濯のために家を出た。時間は深夜の1時だった。
夜のパル泉は静かなものだ。日中垂れ流しだったラジオも止まり、蛍光灯のジジジという音だけが響いている。少し黄ばんだ照明の下で、洗濯物を入れる前の空のドラムが声もなく口を開けていた。
覗き込むとステンレスの内壁に自分の顔がぼんやり映っている。曲面に歪んだ、相変わらず冴えない顔だ。服を変えてくれる洗濯機の前で、服だけが変わった自分がそこにいる。
(結局、前と大して変わらないな...。)
自分で仕事を作れたと思っていたけど、気づけばアパレルバイトの頃と何も変わらない。いや、むしろ悪くなってないか? 今の私はまるで、洗濯機のオプションパーツみたいじゃない。私はいったい何をやって──
「考え込んじゃってるわね。」
突然背後からおばさんの声がした。いつの間に来たのか、気配なんて全くなかった。
「おばさんっ.....こんな時間に、どうしたんですか?」
「いえね、あなたがここにいる気がしてねぇ。」
おばさんは普段通りの人の良さそうな優しい顔で微笑んでいたけど、そこに少しだけ私を心配する気配が滲んでいた。
「冴子ちゃん、行き詰まってるんでしょう。仕入れを増やしてもお客さんが思った様には増えてくれない。部屋を広くしたのに余裕が出ない。経費が増えてるのに売上は頭打ちで、でも止められない──どう?」
「全部、当たってます...。」
「やっぱりね。あなたで何人目だったかしら。」
何人目。
「ここでね、同じことを始めた子はこれまでも何人もいたのよ。みんな賢い子で──ここの洗濯機は服を変えてくれるのだから、これはビジネスになるって。最初はね、うまくいくのよ。でも、みんな同じところで躓くの。」
「.....その人たちは、どうなったんですか?」
おばさんは答えなかった。代わりにゆっくりと私の方に近づいてきた。
「冴子ちゃん。解決方法は一つだけよ。」
肩に手が置かれた。小さな手なのに不思議と重たい。
「人生を変えるのはね、服じゃないわ。」
「本当に変わるべきは自分自身よ。」
「あなたが高級品になればいいの。」
「大丈夫、簡単に変われるから。」
「そういうシステムなのよ。」
両肩を掴まれて、後ろへ押される。おばさんの笑顔は穏やかなのにすごい力だ。押し戻そうとしても全然ダメで──
「待っ」
洗濯機に押し付けられて、頭を押さえ込まれて、中に押し込まれる。お腹が潰れて上手く声が出ない。入る──入る──入ってしまう。
「大丈夫よ。ちょっと目が回るだけだから。」
ばたん、と蓋が閉まる音がした。金属とゴムの密閉音が耳の中で重く響く。まだ回っていない。窓から差し込む外の光で、自分の姿がまだわかる。
まだ──だけど、おばさんの指が洗濯機のスイッチに伸びて──
「あなたで何人目だったかしらねぇ。」
* * * ぽりぽり * * *




