表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶を失くしたハデス様 〜愛を知る必要はないと、ハデスは言う〜  作者: HARUHANA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/17

7.アスポデロス

「裁判の準備を始めよう」


 

 きっと彼らは時間通りにここへ来るだろう。

 神殿から見える遥か遠くに出来た長蛇の列をこれから裁くには、些か時間が掛かる。

 

 漸く……と言って良いのだろうか、昨日はプロメテウスを訪ねる名目で地上に出れたが今日はそうもいかない。正直、神殿から一歩出るのさえ躊躇いがある。それでも、最初に比べれば息苦しさは薄れ、地上に逃げたいと思うことも無くなったのだ。

 暗い世界を歩くに手燭を持ち、過ぎる時間など考えず過ごし、家来からの合図で時を知る……このような不便な世界を選んだのは確かに私なのだ。


 天界における神々の暇潰しに苛立ち、確かにここへ降りてきただろうに情けなくも冥界の闇に呑まれた。衣装を整える手を再び動かし、せめてこれ以上情けない姿は晒したくないものだと己に言い聞かせる。


「お召し物はこちらで、装飾品は――」

 


 いつになく不安なのは間違いなく私だけじゃない。たった二日止めただけの裁判に並ぶ影の列と、果たして三神が来たとて回るのか定かでない今の状況に、不安にならぬ訳がなかった。


「ハデス様、皆様が到着されました」

「……今、行く」

 繋げた扉に問題なく、時間通りに訪れた彼等と対面すると何とも清々しい顔で私を見上げた。どこか期待を滲ませるその姿に安堵したのは言うまでもない。それにどこか覚悟を纏った彼らが人間界でどのような振る舞いをしてきたのか、見ずとも分かるこの感覚を私は知っている……気がする。

 

「感謝する。不便をかけぬ様努める故、何かあれば気兼ねなく申し出てほしい」

「こちらこそ我々に機会を与えてくださり感謝致します。まずは法廷を見せていただけますか?」


 私とタナトス、カロンについて来る彼らは初めて知る冥府を見渡しながら進み、時折ひそひそ何かを喋りながら法廷まで辿り着いた。今までは私だけが座る冥王の椅子が設けられていたが三神用の腰掛けを拵え、我々が死者から見えぬ様に薄いカーテンのような目隠しを天井から垂らした。

 死者は一人ずつタナトスが連れてくること、裁判の判決は天国か地獄の二択であること、そしてどちらに送られたとしても時が経てば魂が浄化され地上に還ることを説明されると、ラダマンティスが口を開いた。

 

「どれだけ地上で悪い事をしても魂が還るのですか?」

「難しいところではあるが、累が残る様な輩は還さない。悪が強すぎる者は冥府の更に下に設けた監獄から出られない。いずれ消えはするが地上には還らない」

「そうですか、それなら良いのです」

「判断を間違えてはいけない。だから長い歳月をかけて作り上げた冥府という存在を忘れてしまった私は判断を下すことを恐れてしまった……。其方達に負担と重圧を課してしまう事が心苦しいが、どうかその経験と感覚を貸して欲しい」

「初めは時間も掛かるでしょうが、どうか我々を見て使えるか不要かを今のハデス様の感覚で判断してください。誠心誠意努めてみますので」

「あぁ、よろしく頼んだ」



 そうして二日ぶりに招き入れた死者と、四神による裁判が始まった。私は言葉を発さず、一段高い場所から彼等を見ながら思う。こうして何百年も人間と向き合ってきたのだろうが……冥府はまだ完成されたものではなかったと。支えられ助けられて今があると思えば今が在るべき形の様に思えて仕方ない。

 アイアコスの敬虔な対応、ミノスの公正な判断、ラダマンティスの正義の目が見事に裁いていく様は、何か心を揺さぶるものがある。閉じ込められた脳の蓋がこれでも開かないのだから、実に厄介であるが……。


 一定数を区切りに休憩し、様子を伺う事を何度か繰り返した。初日から飛ばして疲れるさせるつもりは毛頭ない。

「ハデス様……」

「ん? 大丈夫か、ラダマンティス」

「…………これは、実に有意義な時間ですね! 私は今燃えています、昔を彷彿とさせる様なやる気が漲っているのです」

「厄介な死者もおったであろうに、其方達の温かな話し方や落ち着いた対応が安らかに死者達を導いていた様に見えた。私も勉強になった。しかし裁判はまだ始まったばかり、死者は途絶える事がない。あまり無理はしないでくれ」

「そのように見て下さってありがとうございます。一日に出来る裁判の数も限られるでしょうし、あと少し裁いたらアスポデロスへ植物を植えに行きましょう」

「カロンの船に積んであるから終わり次第すぐ向かうとしよう」


 彼らがエリシュオンから持ってきた植物の苗。

 果たして冥府という環境で根を張るかは定かでないが、物は試しである。それに……もし日の当たらぬ冥府で植物が生きる環境を作れたら――



「其方らの嘘を見抜く眼力はなかなかだな」

「結構経験が役に立っていると思います。同じ様な傾向や癖があります。それにやはり冥王様ですね、何も覚えていなくともその威厳が放つオーラのおかげで滞りなく出来たのは間違いありませんから」

「ただ座っていた私が役に立つこともないだろうが……それでも存在意義があったなら良かった。今後も可能な限り今日のように休息を入れながら行うつもりだ、終わりがわからず申し訳ない」

「いえハデス様、言ったではありませんか。我々の時を再び動かして下さった事、本当に感謝しているのです。ですからそのように仰らないでください。それに冥府と言う世界が想像以上に美しいので、ここに来れた名誉を存分に味わうつもりですから」


 カロンの運ぶ舟に揺られながら見渡すが、この地を美しいと表現する者がいるとは思わなかった。

 確かに少ない灯りに照らされた天井から下がる鍾乳石や、場所によって連なる氷柱石は地上に見られない光景ではある。作られた神殿も法廷も確かに惜しみ無く冥界に広がる鉱物資源から創り出してきたように見えるそれを美しいと表現しているのだろうか。

 冥界には、地下資源が豊富だ。

 故に装飾に使われる鉱物や金銭以上の価値がある代物も確かに多い。


「皆様お待たせしました。この先にアスポデロスがありますので、私はこちらで待機しております」

 

 カロンに礼を告げた私は、苗を持つ彼等を招き入れる様に扉を開けた。一層明るい野に来たのは記憶を失ってから初めてで、開いた時の眩しさに思わず目を伏せた。

 どこからともなく風が吹き、ここにしか咲かぬ葉が優しく揺れたのを見て酷く心が揺れた。動揺、とも違う。


「すごい……」

「想像の斜め上だね」

「これが天国なんだ」


 開けておいたとて、ここから逃げる者もいない。

 善良と判断された死者達が消滅するまでの楽園。

 

「ハデス様、中に入ってもいいのでしょうか?」

「苗が植えられそうなところを好きに見ると良い。私は少し死者のところへ行ってくる」

「承知しました。場所の候補が決まったらご相談させてください」


 少し小高くなった丘へ歩くと、あちらこちらから影が現れ「ハデス様こんにちは」「お久しぶりですね」と声を掛けてくる。顔の判別も出来ない死者達ではあるが、穏やかに過ごす様子が見てとれた。ここは永遠の平和であるとカロンが言っていたな……死者のための楽園であり、安らかな浄化に導く場所であると。

 

「ハデス様〜ここにアレを植えるの?」

「…………物は試しだ」

「太陽ないもんねー」

 

 頻繁に来れない私たちよりも適任だ。エリシュオンに何かあるとも思えないが、連絡手段となる植物達だ。出来る限り根付かせてやりたい。


 死者に囲まれる私にそっと近付いたアイアコスが「場所を決めました」と告げにきた。死者を引き連れて穴を掘り、苗を植え、そよそよ流れる小川から水を汲んでそっと土を濡らした。

 

「ハデス様、ここにミントとポプラ、柊とザクロの苗を植えました。どれが育つか分からなかったので四種類試させて頂きます」

「分かった。今後は死者達が世話をしてくれるだろう。時々見にきてやってくれ」

「ありがとうございます、ところでハデス様は新たな女神様をご存知ですか? なんでも花や植物の開花を促す女神様のようなのです。この地に根を張れるよう祈っていただけたら良いのになと考えておりました」

「新たな女神…………いや、記憶が戻れば分かるだろうか……」

「そっそうですよね、失礼しました。我々で調べてみます」

「……すまん」


 その女神に会えば、ここに根付かせる事も叶うかもしれない。ヘルメスに頼めば会えるだろうか……天界の宴で聞くのも良いかもしれない、そう考えながら眠りについた夢には愛しい人の姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ