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01 孵化の儀式

 『聖堂』と呼ばれる、厳粛で静謐なる白亜の空間に、少年少女たちはいた。

 天窓から差し込む真新しい朝日を受け、その輝きに負けないほどの希望を瞳に宿している。


 整然とならぶ子供たちの最深部には、女神像の飾られた祭壇。

 そして空中には、巨大なる横長の水晶板が浮かんでいる。


 祭壇の隅にある講壇に立っていた女性が、厳かなる声を響かせた。



「これより、リビングシング王国立、第8テイマー学園の入学式を執り行います」



 先走る勢いで、水晶板にひとりの少年の姿が映し出された。

 これは『伝映(でんえい)』と呼ばれ、映像を映し出す魔法技術の一種である。



「まず最初に、生徒会役員であらせられます、チャンプ・シルヴァーリーフ様のご挨拶から……」



「ハァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハァーーーーーーーー----ッ!!!!」



 被る勢いで、伝映に写ったチャンプ少年は、高笑いを響かせる。


 キッチリと撫でつけられた銀色のオールバックの髪に、傲慢不遜なる顔立ちと表情。

 第8テイマー学園の制服を軍服のように着こなす彼は、王者のような風格があった。


 荒野にある、小高い岩山の頂上に立っていた彼は、聞くものすべての身を引き締めるような喝を放つ。



「カァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」



 映像ごしだというのに聖堂の空気がビリビリと震え、今までとは異なる緊張が少年少女たちを支配した。

 この学園において『覇王』と呼ばれる彼は、さらに声を大にする



 ……俺様の学園に、よくぞ来たッ!


 貴様らは生まれたときに『卵』を持っていたから、この学園に入ることが許されたッ!

 この意味がわかるかッ!?


 『卵』より孵った下僕(ペット)は、『卵』を持つ者に絶対服従ッ……!

 すなわち『卵』持つ貴様らは、生まれながらにして『支配者』なのだッ!


 この世はすべて『個』によって成り立っているッ!

 すべての者は孤高にして、ふたつの人種でしかないッ!


 『主』と『従』……!

 『支配する者』と『支配される者』だッ!


 それは、親兄弟であっても変りはないッ!

 この学園に入学して、机を並べる者たちは、貴様の『仲間』などでは断じてないのだッ!


 ともに戦うこともあったとしても、それは『共闘』などではないッ!

 己が野望を達成するための、『手駒』だと思えッ!


 この学園は、人生の縮図といってもいいッ!

 自分より下の者は、すべて『手駒』でしかない、黄金の三角によって成り立っているッ!


 これから生まれ出でる、貴様らの下僕(ペット)のように、まわりにいる者たちを操れる者こそが、黄金の三角の高みに立つことができるのだッ!


 隣にいる者を、蹴落とし、屈服させろッ!

 自分が上だというのを、骨の髄まで叩き込んでやるのだッ!


 そして俺様のいる頂点まで、這い上がってこいッ!

 俺様は全力で叩き潰して、従属させてやるッ!


 『駒』は脅威であればあるほど、裏返ったときに心強い手駒になるのだからなッ!


 ……では最後に、貴様らの主人となる、俺様の力を特別に見せてやろうっ!

 これに臆して尻尾を振るものがいたら、存分に振るうがいいッ!


 そんな志低き者は、『使い捨ての駒』として、可愛がってやるッ……!


 肝に銘じておけッ!


 頂点こそが絶対ッ! 頂点こそが最強ッ!

 それ以外はゴミッ! それ以外は最弱ッ!


 ……『脆弱は敵』だッ!!


 ハァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハァーーーーーーーー----ッ!!!!



 天に唾吐くような哄笑。

 天を衝くほどの勢いで、チャンプは青空に向かって手を掲げる。



「出でよっ! 俺様の下僕(ペット)、『シルヴァーゴースト』っ!!」



 ……ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!!



 雲一つない空は瞬転、太陽が降ってくるような鳴動と、光輝に包まれた。

 聖堂の水晶板は、一面純白に埋め尽くされる。


 わずかに浮かんだシルエット、それだけで聖堂の少年少女たちは、呼吸ができなくなってしまった。



「あ、あれが……!」



「テイマーの名門、『シルヴァーリーフ家』の長男が操る、伝説のペット……!」



「シルヴァーゴーストっ……!」



「き、綺麗っ……!」



 天上より降臨したのは、王冠を頂く白銀の鎧の騎士であった。

 巨人のように大きく、力強く……そして、神人のように美しい……!


 シルヴァーゴーストは岩山の下に降り立ち、チャンプの前に跪く。

 するとちょうど頭の王冠が、チャンプと同じ高さになった。


 王冠の中央には玉座があり、チャンプはまさに王のような堂々たる足取りで、その座に身体を沈める。

 そして、水晶板の前にいる新入生たちに向かって、再び語りかけた。



「貴様らッ! 俺様の右手のほうに、岩山が見えるだろうッ! あれは、『ドラゴニアン』の巣だッ!」



 『ドラゴニアン』というのは、人間サイズの竜型モンスターである。

 二足歩行で知能は高く、人間と同じように武器や道具を操る。


 体表は硬いウロコに覆われ、肉体は強靱。

 そのうえ口からは、小規模ながらも炎のブレスを吐く。


 熟練のパーティであったとしても、1匹倒すのがやっとの厄介なモンスターである。



「ドラゴニアンどもはあの岩山に巣食い、近隣にある村や街、そして通りがかる旅人を襲っているッ! 貴様らの入学の手向けとして、今から俺様がドラゴニアンどもを殲滅してやろうッ! とくと見ているがいいッ!」



 シルヴァーゴーストは、ぐもももも……! と立ち上がり、ドラゴニアンの巣に向かって空中を滑るように移動する。

 もはや以心伝心の間柄のようであった。


 新入生たちはざわめく。



「む、無茶だ……!」



「いくらシルヴァーゴーストが伝説級のモンスターとはいえ、ドラゴニアンの群れを相手にするだなんて……!」



「あの巣なら知ってる! 100匹以上のドラゴニアンがいて、王国も手を焼いているんだ!」



「100匹!? そんなの、軍隊を出動させなきゃ無理なレベルじゃねぇか!」



「いったいどうやって、ひとりと一匹だけで戦うつもりなんだろう? こっそり潜入して、一匹ずつ始末していくのかな? 複数を同時に相手にしなければ、シルヴァーゴーストでもなんとかなるかも……」



「そうかもしれないけど、見つかったら囲まれて、あっという間にやられちまうぜ!」



「もしかして……チャンプ様は、死ぬ気なのかっ!?」



 しかしその下馬評は、すべて覆されることとなる。


 塔のようにそびえるドラゴニアンの巣の前に向かって、手をかざすチャンプ。



「さぁ、やれえッ! ドラゴニアンという脆弱なる者たちに、制裁をッ!! 弱き者として生まれてきたことは業罪であることを、貴様の拳で思い知らせてやるのだッ!!」



 ……ごばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!



 かけ声にあわせて、拳を振りかぶるシルヴァーゴースト。


 白銀の手甲に、陽光がすべる。

 ただならぬ闘気が、陽炎のように足元からたちのぼる。


 荒野と聖堂の空気がふたたび、ごうと鳴り渡った。



 ……絶対なる暴威ッ!!!!

 『ロストワード・オブ・バビロニアン』んんんんんんんんんんんんんんんーーーーーーーーーーー----ッ!!!!!!!!



 ……ゴッ!!!!



 突き出した拳に、空間が歪む。


 次の瞬間、新入生たちは再び、呼吸を奪われる。

 水晶板の向こうでおこった突風を、肌で感じたかのように身体を強ばらせていた。


 パァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!



 まるでロウソクの火を吹いたかのように岩山はひしゃげ、跡形も無く消し飛んだ。


 それまで禍々しくそびえていたドラゴニアンたちの塔は、蜃気楼であったかのようにのように一瞬で消え去る。

 残されていたのは、無数のドラゴニアンの死体と残骸のみ。


 神からの裁きの雷がくだったかのような光景だけが、そこにはあった。


 ある一匹のドラゴニアンだけは奇跡的に即死を免れ、瀕死の状態で瓦礫の中から這い出てきた。

 前後不覚となった彼は、シルヴァーゴーストの足元まで這いずっていく。


 そして、



 ……グシャァァァァァァァッ!!



 白銀の甲冑に、アリンコのように踏み潰されて、無残なる最期を遂げた。

 チャンプは玉座にふんぞりかえったまま、勝利の凱笑を轟かせる。



 ……これから貴様らの卵が、聖堂主の手によって孵化するッ!

 貴様らが手にする、最初の『下僕(ペット)』だッ!


 そいつを従え、戦え! 戦い抜くのだッ!

 ライバルを出し抜き、蹴落とすのだッ!


 蹴落としたあとは、完全服従を誓うまで、徹底的に踏みにじってやれッ!

 そして、新たなる『下僕(ペット)』とするのだッ!


 そうやって弱き者たちを踏み台にして、這い上がってこいッ!

 俺様は天上から、貴様らが醜くもがく様を、楽しませてもらうとしようッ!


 ハァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハァーーーーーーーー----ッ!!!!



 ……シュバッ……!



 砂塵とともに、天高く舞い上がるシルヴァーゴースト。

 真昼の星のような残照を残しつつ、青空のなかに消えていった。


 在校生による、新入生たちへの祝辞……。

 それは、ドラゴニアンの巣を一瞬にして壊滅させるという、凄まじいものであった。


 会場である聖堂の水晶板には、神々の裁きの雷がくだったかのような光景と、尾を引くような高笑いだけが残されていた。


 新入生たちは誰もが唖然としていたが、唯一、列の先頭にいる3人の少年達だけは違っていた。

 飛び去っていったチャンプを、三者三様の表情で見送っている。


 ひとりは、我がことのように誇らしげな表情。

 ひとりは、自分もああなってやると野心に満ちた表情。


 そしてひとりは、さして興味もなさそうにしながらも、満更でもない表情で。


 周囲の者たちは、ヒソヒソと声をたてた。



「おい、見ろよ……先頭にいる、3人……」



「知ってる、チャンプ様の弟たちだろ?」



「あれだけの大技を見ても、驚きもしないだなんて……さすがだな」



「『シルヴァーリーフ家』って、聖竜を飼ってるんだろ? 家に聖竜がいるんだったら、シルヴァーゴーストのパンチなんてたいしたことないだろ」



「あの方たちが持ってる卵って、どんなモンスターが孵るんだろうな?」



「そりゃ、すげえのに決まってるだろ! なんたって兄貴がシルヴァーゴーストだぞ!」



「この入学式が終わったら、真っ先に挨拶に行ってこなきゃな。なんたってこれからの学園生活のリーダーになるのは間違いないんだから」



「俺なんて、靴磨きセット持ってきた! 這いつくばって靴を磨けば、子分くらいにはしてもらえそうだしな!」



 再びざわめきはじめた新入生たちを、よく通る声がぴしゃりと打ち据えた。



「静粛に。式はまだ続いていますよ。それでは次に、孵化の儀式に入ります。名前を呼ばれた人は登壇して、卵を祭壇に置いてください。……それでは、ダンプ・シルヴァーリーフ君」



 講壇の聖堂主から呼ばれたのは、噂の3人組のなかのひとりであった。

新連載です!

初めのうちにはなるべく毎日掲載していきたいと思っておりますので、読んでいただけると嬉しいです!

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