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43. 伝える

 ミラを探して裏口へ向かうと、2人が言った通りミラが居た。いつものような涼しい表情で外に放置された木箱に腰掛けている。リューが膝に乗っている以外は普通の光景だ。

 膝の上に座っているリューが広げた地図を指さしながら、話をしている。


「リュー?この崖は前からあったかしら?」

「う、ちょっと高さが変わった。」

「あら……じゃあこの道は?」

「途中で途切れ、ミラ、近い。」


 リューは渋い顔をしながらのけ反る。本当かなり距離が近いな、母親と娘くらいの距離感だ。えーっと不貞腐れながらほんの少し離れたミラは俺たちの存在に気が付かずそのまま話を進める。


「あらぁ?湖はあんまり動かなかったのね。」

「飛んできたから、とか?」

「そういえば、最近印刷とかしてるって聞いたけれど。」

「ああ、ダリアとネリネが……あ」


 ふと地図から顔を上げたリューがこちらに気が付いた。ぽけっと口を開けて見ていた俺と目が合うと、直ぐに慌てた表情になり、ミラの膝から降りてこちらへ走って来た。


「ミタカ、さぼ、サボってない!」

「サボる?接客してくれてありがとうね。」

「あ、わ、うん。」

「話は終わったの?」


 ミラがスカートを軽く払いながら立ち上がる。余裕たっぷりの動作を見ているとつい背筋を伸ばしてしまう。初めて会った時もそうだったけど、ミラは独特の雰囲気があって少し緊張してしまう。


「お話の邪魔になってしまいましたかね。」

「いえ、リューとは十分おしゃべりできたわ、ね?」

「おぅ……うん。」


 この二人の絶妙な距離感はなんなんだろう。仲が悪いというわけでもなさそうだし、むしろ膝に座っちゃうくらいだし仲は良さそうだけど。


「ミラ!!!!ミタカが料理を作って欲しいそうだ!!!!!」

「うるさいわ、でもそうね、分かった。今日の夕食は私が作りましょう。」

「お手伝いします。」

「あら、エスターはたまには休んだ方がいいわ。」


 ミラはポンポンとエスターの肩を叩くとそのまま裏庭を後にする。


「私は一旦出かけてからまた戻ってくるぞ!!!!」

「リューもちょっと、出る。」


 それぞれがやりたいことを口にしてその場から離れる。俺はどうしようかと考えていると、エスターがちょいちょいっと俺の袖を引っ張ってきた。


「ミタカさんっ、あの、お部屋の片付けを手伝って頂いても……」

「ああうん、そうしよっか。」


 迷う余地はない。エスターと開かずの間の掃除をしよう。俺は途中で放り出して来てしまっていたんだった。


 しかし、エスターもまだ少し上の空なのか、いつまでも袖を掴んだままの彼女にやんわり声をかける。すると、一瞬口をパカっと大きく開けてから、慌てて手を離す。


「あわ、す、失礼しました……。」


 新しい情報で渦巻いていた脳が落ち着いていく気がする。彼女と居るだけで空気が和む。やっぱりエスターが一番可愛らしい。


「エスターは可愛いね。」

「は……」


 つい思ったことが口から出てしまった。流石にこれにはドン引きしたのか、エスターは絶句している。


「はい……」


 その後しばらく目を合わせてくれなかった。セクハラで訴えられたらどうしよう。


-


 開かずの間の前に戻ってくると、そこには全身びしょ濡れのサヴィが待ち構えていた。


「ミタカさん……エスターさん……待ってたすよ……」


 地の底から這い上がってくるような聞いたこともないようなどんよりとした声だ。


「サ、サヴィ、大丈夫か?」

「サヴィさん、その格好は……」


 ぶっちゃけこいつの存在をすっかり忘れていた。その後に来た奴らの勢いで頭から抜け落ちていた。ていうか何でびしょ濡れなんだ。階段から続く床も全部濡れてるんだけど。


「気づいたら誰もいなくて……僕見捨てられたのかと……」

「いやそれは本当にすまない。」

「ごめんなさい、その、いろいろあって……」


 エスターにしては語彙が乏しいが、まぁいろいろあったのは間違いではない。


「というかどうしてずぶ濡れなの?」

「水浴びてきました!!!目が覚めたら埃まみれで気が狂いそうだったんで!!!」

「お前……床は……?」

「また掃除するんで安心してください!」


 また潔癖の悪いところが出ている気がするが今回はしょうがない。多分水浸しじゃなくても掃除するだろうし好きにさせておこう。


「でもそのままでは風邪を引いてしまいますから、先に着替えて下さいね。」

「了解す!」


 サヴィは小学生のように大きく右手を上げると、そのまま廊下を走っていった。あの無邪気さがそのまま潔癖に向かっているんだよな、もうちょっと、あとちょっとだけマイルドになってくれると良いんだけど……。


「では、お掃除しましょうか。」

「そうですね。」


 二人で気合を入れ直してから掃除を始める。と言っても、長年使われていないから埃が溜まっているというだけで、廃墟のようになってしまっているというわけではない。部屋が散らかっているわけでもないし、最初の印象よりも掃除は早く終わりそうだ。

 きっとニールの家の倉庫の方が100倍時間がかかるだろうな。


 机の上を雑巾で拭いていると、本棚をから埃を払っていたエスターが独り言を呟くように喋り出した。


「私、本当はこの部屋に入るのが怖かったんです。」

「うん。」

「だって、この部屋の中にはこれだけたくさんの日記があるのですから、もしそこに……」


 エスターはそこで一度言葉を切った。

 彼女がこの部屋に入れなかったのではなく、入りたくなかったのだということはなんとなく分かっていた。これだけ行動力のあるエスターなんだから、本気になればいくらでもこの部屋に入ることは出来たはずだ。

 窓から無理やり入ることだって、きっと彼女は自分の足を理由に諦めたりなんかしない。


「もしここに、この家から出て行きたい、なんて書いてあれば、私はお兄様を待つことすらできなくなってしまいますから……」

「うん」

「私にここから出て行きたいという人を引き留めることはきっと出来ません。」


 これだけしっかりしているのに、しっかりしているからこそ誰も引き留められないと言う。


「俺は……言ってもいいと思うけど……」

「でも、そんなことを言ったら困らせてしまうでしょう。」

「でもそう思ってる人が居るのを伝えるのは悪いことじゃないと思うよ。」


 そこで引き留められなかったとしても、ここに居て欲しいと伝えるのは自分のために悪いことじゃない。居なくなってからでは遅いから。

たぶんそろそろ1部完結します。

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