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妖精の円舞曲 ~Fairy Waltz~  作者: ことぶき司
第5章『 朝はまだこない 』
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第18話『月の光』


 おじいさんおじいさん。ボクを拾ってくれた優しいおじいさん。


「ほれ、ユウタ。お前は小さいんだからいっぱい食え。いっぱい食って大きくなれ」


 おじいさんおじいさん。ボクに楽しいを教えてくれる、優しいおじいさん。


「よぉしユウタ。釣り行くか釣り。今ならイワナが釣れるぞぉ」


 おじいさんおじいさん。ボクを大切にしてくれる、優しいおじいさん。


「なんだユウタ。お前まだ友達ができんのか。なら、儂と遊ぶか!」


 おじいさんおじいさん。ずっとずっとボクと一緒にいてくれる、優しい優しい——


「おじいさん?」


 なのにどうして、返事してくれないの? ビョウキってなに? どうして遊んでくれないの? いやだよ。いやだよおじいさん。ボクはただ、一緒にいたいだけなのに。


 おじいさん……。


「助けたい?」


 聞こえてきたのは、ボクの知らない声。


 月の光を浴びた、キレイな白いウサギさん。


「貴方の、おじいさんを」


 助けられるの? ボクが、おじいさんを。


 コクンと、ウサギさんは頷く。


「彼は貴方との契約による負荷に耐えきれていないだけ。あの老体からだでは、貴方を繋ぎ止めておくための魔力を賄いきれない」


 ?


「簡単な話。貴方自身が、そのための魔力を集めればいい」


 ウサギさんのお話はむずかしくてよくわからなかった。


 けれど、ボクでもおじいさんを助けられるなら、ボクはなんでもする。


 もう二度と、おじいさんと離れたくないから。



   *



「はああ、あああああああああああああああああああああああああ————!!!」


 黄金と白の星が流星となって夏の夜を落ちて行く。


 キラキラと、金色の光を振り撒いて。住宅街へと落ちて行く。


 二つの星は重なり合ったまま地面を滑り、静かな暗がりで動きを止める。


 激しく立ち昇った土煙が晴れると、そこには二つの少女が折り重なって現れる。



 夜空を見上げる形で倒れる白の少女——白ウサギ。

 

 そしてその白ウサギの首に手を回し、組み伏せるようにして身体へと跨がる黄金の少女——アリス。逆の手には、未だ星を散らす星槍が硬く握られている。


 今の白ウサギにいつもの鉄面皮はなく、その表情は苦しそうに奥歯を噛み締めている。


「く…………」


「これで終わりだ。お前の槍はとうに砕け、ここは月の光も差し込まぬ暗がりだ。万が一にも、逆転の目はないぞ」


「……気付いて——」


「貴様が月の兎とわかった時点で、それは当然の帰結だ。月の光が帯びているという魔力。本来なら気にも留めぬ微小なものだが、それはある条件次第で莫大なエネルギーへと変わると言う。つまりお前だ、玉兎ぎょくと


「…………」


「月に類する者にとって月の光は充分過ぎる魔力源となる。それも、神の一撃を幾度と放てるほどのな。なればあとは単純な話だ。月の光が貴様を強化するのなら、月の光が届かぬところへ引きずり込めば良い」


 今、白ウサギがアリスに組み伏せられているのがそのいい証拠だ。雷そのものを洗練させた神造の槍。通常ならその修復は容易くはないが、さきほどまで白ウサギが見せていた化け物並みの魔力量ならばそれも可能だろう。だが今の白ウサギは槍はおろか、さきほど圧倒してみせたアリスすら跳ね除けることができない様子だ。


 それはつまり、今のこの状況——月の光を直に浴びない暗がりこそが、白ウサギにとっての弱点ウィークポイントだと告げていた。


「私の勝ちだ。……白ウサギ!」


 それは暗がりの中での小さな、しかし確実な勝利の宣言だった。


「なぜ」


 だが、次に聞こえてきたのはたった二文字の疑問の声。


「なに?」


 思わずアリスも、二文字の疑問で返してしまう。


「何故貴女は、私にとどめを刺さない」


 アリスがその言葉の意味を測りかねていると、白ウサギは答えを待たずして話を続ける。


「貴女にとって、私は邪魔な存在でしかないはず。私を生かす理由はない。だというのに、何故貴女はまだ、私に殺していないのか」


 まるでさっさとトドメを刺せとでも言いたげなその物言いに。しかしアリスは一笑に伏すことも嘲ることもせず、ただ真剣に、白ウサギの紅い瞳を見て言う。



「お前を殺せば、彼奴あいつが悲しむからだ」



「っ、……………………」


 表情は、相変わらず変わらない。


 だが、一度刃を交えたアリスには、その白ウサギの貌は十分過ぎるほどの感情が溢れているように感じられる。


 すなわち、驚きと動揺の感情に。


「何故だ」


 次に問いかけたのは、アリスの側。


「何故お前は、ユウタにあの様なことをした……。お前の目的は……、なんだ?」


 それは、悲痛な叫びにも聞こえる問いかけ。


 信じる者を同じくすると、そう感じられる者に対する、それは心からの疑問。


「……私の」


 その問いかけに何を感じたのか。白ウサギはゆっくりとした動作で、その小さな唇を開く。


「私の、目的は、とある少女の捜索と、その救出」


「とある、少女……?」


 白ウサギの口にしたその内容に、アリスはどこか既視感を覚える。


「その少女は、おそらくこの世界を訪れ、今もなお何処かを彷徨っているはず。私はその少女を探し出さなければならない」


 意外過ぎるその内容と素直さにアリスは驚くが、それよりも疑問が残る。


「では何故、ユウタにあのようなことをした。ユウタに影を植え付け、人間を襲うよう仕向けたのは貴様だろう」


 言葉と共に湧き上がる怒りに、白ウサギの首を握る手に自然と力が入る。


 しかし白ウサギは淡々と答えだけを述べる。


「その少女を救うには、莫大な魔力が必要」


「魔力……」


 魔力が必要だと、白ウサギは言う。月の魔力を自在に操る月の民、玉兎。その白ウサギでさえ足りぬと言うほどの莫大な魔力を、目的の少女の救出には要すると。その少女のため、悪しき【魔女】から魔力を吸い上げ、ユウタに人間を襲わせていたと、白ウサギはそう言うのだ。


「お前の目的は理解した。だが、それで関係のない者を巻き込んでも良い理由には——



「アリス——!」



にん——



 唐突に聞こえた黒衣の声。その声に、アリスは思わず白ウサギから視線を逸らす。


 その瞬間を、白ウサギは見逃さない——。



「『火打ち石(フリント)』——」



「っ————!」


 不意の一撃。だが、不意打ちとはいえ、アリスに首を抑えられた白ウサギはほとんど身動きが取れず、また月の光を浴びないこの状況下では残存魔力もほとんどない。


 そんな中での【魔法】に、アリスから逃げるだけの威力は生み出せるはずもなく。


 白ウサギの伸ばした左手は、虚しく地面アスファルトを抉るのみ。


 だが、それだけで十分だった。


 火花によって僅かに抉られた地面アスファルトには小さな亀裂が入り、その亀裂は徐々に伸び、やがて近くのカーブミラーを薙ぎ倒す。


「しまっ——」


 アリスが気付いた頃には時既に遅し。


 倒れたカーブミラーは地面を跳ね、一瞬明かりを二人に向け反射する。


 そう。明るく照らし出す、月の光を、煌々と。


「————」


 瞬く間に雷槍を顕現させた白ウサギに、アリスは握っていた星槍を突き立てるが、わずか一瞬間に合わない。


「ぐっ————」


 雷撃が迸り、アリスは堪らず手を離す。


「アリス!」


 ようやくのこと、アリスを見つけた黒衣が駆けつけてくる。


「無事か、アリス。————っ」


 アリスの無事を確認しに近づいてきた黒衣は、別のものに視線を奪われる。



「う……、……」



 路地の少し向こう。安全圏(月の光の下)へと逃れた、それは白ウサギの姿。


 ただ、さきほどとは違い、右腕を黒く焼け焦がした痛々しい姿ではあるが。


「貴様……。自分の腕ごと……」


 それはアリスから逃れるための苦肉の策。近過ぎるアリスを攻撃するため、自らの肉を焼いたのだ。


「お前は、何故そこまで……」


「……貴女には、わからない」


 アリスの問いに、白ウサギは痛みを交えて答える。


「たとえこの先、どれだけ失おうと……、私のことを覚えていなくても、あの時感じた思いだけは、決して忘れない」


「白ウサギ……」


「だから……」


 おもむろに、白ウサギは拳を握る。


 その拳の先にいるのは——、



「ちょっと! あたしみたいなか弱い乙女に子供一人預けていくなんてどういう了見——」



 文句を垂れ流しながら駆けてくるメガネの少女、杏子。その背に負われているのは——、


「——ぐ、ぅぅう!!」


 唐突に、杏子に背負われていたユウタが呻き声を上げる。


 その身体には、再び影が纏い始めている。


「白ウサギ! 貴様はまだ……」


「まだ……、まだ足りない……。あの子を助けるためには、まだ————」




「誰の許可を得て、この地で狼藉を働いているか」




 その声が聞こえると同時に、ユウタの影は弾けるように霧散する。


「っ————」


 影を破られた白ウサギも、その場にいた全員が夜空を仰ぎ見る。


 遥か上空——月のもと。そこにあったのは、一つの牛車・・。その前には、見覚えのある老執事が立っていた。


「ふむ、『月の影』か。月に連なる者なら扱えるのは当然じゃな」


 その声は、牛車の奥より聞こえてくる。これほどまでの距離がありながらも、鮮明に。まるで、月の光に音が乗っているかのように。


「じゃが、妾の輝きには到底及ぶべくもない」


 その言葉と同時に、牛車の御簾みすがひとりでに開く。


 中から現れたるは、真夜中でも一際目立つ絢爛豪華な十二単じゅうにひとえを纏いし、幼き姿の女性。



「ひかえろ下郎。妾を誰と心得るか。妾は天上より汝らを見下ろす月の姫——かぐやなるぞ」



 現れた麗しの少女——かぐやは、薔薇そうびかさねた袖を振りまいて、手に持った黒漆の扇で地上より見上げる黒衣らを指し示す。



 途端、月の光が波打つ。



「っぐ…………」


 光の波とでも呼ぶべきその波紋は黒衣らの元へ到達すると、まるで何かに押さえつけられているかのように膝をつかせ頭を垂れさせる。


 いや、重さはない。光の波も、普通の光と同様に重さなど感じはしなかった。だというのに、今の黒衣は何かに膝をつかされている。あたかも、そうしなければいけないと体が勝手に反応させられているように。


 それは他の三人——アリスに杏子、そして白ウサギですらも同様で、三人も同じく膝をつかされ動けずにいる。


「ふむ。どうだセバスチャン。妾の威光、しかと民の皆に届いておるか?」


「ええ。そのように御座います、かぐや様。それと、僭越ながら、私の名はセバスチャンではなく沖中で御座います」


「ふむ。もちろん知っておる。冗談ジョーク、というやつだ、セバスチャン」


「そのようで」


 深々と主人へと礼をする老執事に、冗談を言って気分の良さそうな黒髪の少女。


 まるで三文芝居のようなそれらを膝をついて見せられ、さすがに怒りが沸々と湧いてくる。


 だが、最も怒りを沸かせていたのは黒衣ではなかったらしい。


「かぐや姫……」


 言葉を発したのは、紅い瞳に月を写す白ウサギ。


 白ウサギは恨めしそうに、上空から見下ろすかぐや姫を睨みつける。


「ふむ。玉兎か……。身分は違えど、故郷を同じくする我が同胞だ。妾手ずから裁きを与えるてやろうぞ。悦びに咽び泣き、嬌声を上げながら果てるがよい」


「っ……………………!!」


 それは、瞬く間の出来事。


 跳ねるように飛び起きた白ウサギは、素早い足運び(ステップ)からいつの間にか手にあらわしていた雷槍を投擲する。


 見た目威力はそれほどではない。さきほどの戦いで消耗したためか、雷鳴も雷光もアリスと戦っていたときよりも数段劣る。

 だが、速さは別だ。速さに関しては劣るどころか数倍から数十倍の速度を出している。それは音を置き去りにするほどに。まさに疾風怒濤の勢い。


 そんな雷速に届かんとする弓矢が、上空のかぐやへと押し迫る。


「地力のみで妾の威光を抗うとは……。手は出すな、セバス」


「かしこまりました」


 老執事が主人の意向に頭を下げる今にも、雷槍はかぐやの喉元へと差し迫る。


 そして——、


「——ふむ」


 ぺしんと——、ただそれだけで。まるで鬱陶しい蝿でも払うかのような軽い動作で、扇を振るう。ただそれだけで、神速で迫った雷槍は塵へと消える。


「っ!? …………」


「ふむ。帝釈天より借り受けた雷槌いかづちか。だが、妾相手にただの模造品など、あそびにもならぬわ。……く、いけ」


 その声が響くと同時に、星が月夜より降ってくる。


 否。それは星ではない。幾千、幾万本もの、


 月光を織り込んだかのように輝く、光る弓矢きゅうやだ。


 弓矢は白ウサギだけでなく、黒衣たちが動けずにいる住宅街へと無差別に降り注ぐ。


「…………」


 しかし白ウサギは、そんな無数の弓矢にも臆することない。変わらぬ無表情のまま崩れるように後ろへ倒れ、自分の影の中(・・・・・・・)へと落ちていく。


「な…………」


 そしてそのまま、白ウサギは姿形もなく消えてしまう。


「ふむ。逃げたか」


 かぐやがそう呟いたと同時に、住宅街へと降り注ごうとしていた弓矢も一斉に消えしまう。


「追わずともよいぞ、セバス」


「よろしいので?」


「ふむ。一先ず、彼奴あやつは今回の目的ではないゆえな。それに、おそらくおぬしの足でも追うのは適うまいよ。あれは、そういうものだ」


「左様で」


 全くもって。おえぬ兎など、何の冗談なのか。


 かぐや姫はそんなことを頭の中で考えながら、手に持った扇へと視線を移す。


 白ウサギの雷槍を消し飛ばした扇の先。そこに塗られた黒の漆は剥がれ落ち、痛々しくも下地が顕となって見えていた。


「ほんに、な……」


 かぐやは遠く浮かぶ月を眺める。


 そこには餅を撞く兎の影が、うっすらとこちらを見下ろしていた。




次回、お別れです

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