タイブレーク3
「本当にかわいい。あっそうだ、今夜なにか予定はある」と新田は正儀に声をかけた。
「特に予定はありませんが」と正儀が答えると新田は今度立野に声をかけた。
「美穂は?」
立野は「別になにも」
すると新田は「軽く飲もうか、話したいこといっぱいあるし」
立野も「賛成」と相槌を打つ。
正儀に逃げ道はなかった。ただ、会社の近くの銀行に預金残高がいくらあったか頭を巡らせたが、たいして残っていないのは確実だった。そこでしかたなく「割り勘ならいいですよ」と正直に答えた。そんな光景の一部始終を本社の男性社員はみんな注目していた。ふたりはきっと彼らの憧れなんだろう。いい感情をもつはずがない。ますます嫌われる立場になるな、と正儀は覚悟した。そして白石さんがいっていた、本社の女の子はみんな彼氏がいるという定説がくつがえされる事態になってしまった。もめごとが大きくならなければいいのだが、と正儀は仕事以上の難問に向き合わなければならなかった。ただでさえ正儀は親友と呼べる男性がいなかった。みんな正儀にばかり話題が集まるから嫌になるのだろう。
そして新田が「仕事が終わったら本社に来て、渋谷にボトルをキープしてあるの」と正儀に告げた。
「わかりました」と席に座り、正儀は再び馬場社長が出社するのを待った。そして彼は、白石さんが心配するだけのことはある、と納得していた。なぜなら、あのふたりのうちどちらかひとりを選べといわれたら、とんでもない苦労をするのは明らかだった。
「丸山君」と声がした。
「あっ社長、お待ちしていました」
「悪いね、待った」
「いえ、たいして待っていません」
「ならよかった」
「ちょっと喫茶店に行きます、伊藤ちゃんは」と馬場社長は事務の女性に声をかけた。
「直子は資料を受け取りに行っています」と聞くと正儀は「伊藤さんってバリバリ仕事ができそうな女性ですか」と社長に話しかけた
「そう、面接のとき君を案内した女性だ、彼女は僕の秘書なんだ」
「なんだ俺の読みもたいしたことがないな、それで会えないわけか」