82.もしかしてお姉様が好きなのかしら
ロエラ公爵が引っかかればよかったが、残念ながら今夜は動かないようだ。仕方ないので、父上に目配せした。もう終了でいいだろう。今日の捕り物は終わりだった。
「王太子殿下、クルス公爵令息。本日の招待に感謝いたします。我々はこの辺で失礼するほうが良さそうだ」
私の終了宣言に、聞き耳を立てていた貴族がざわつく。この後、彼らなりに身の振り方を考える必要があるはず。霊獣ルカが現れたことで、王太子につく貴族も現れるだろう。ルカを保護する私やベスへの探りも入る。
にやりと笑った私は、顔の傷も手伝って黒い印象を残した。それもすべて計算の上だ。悪巧みしてそうで、嫌な感じがするだろう? 私と可愛いベス、可愛いルカが退屈した分だけ悩んでもらう。そのくらいの意趣返しは認められるはずだ。
馬車に乗り込むまで、王太子セシリオを先頭にクルス公爵家が立ち合って見送られた。国王派の貴族も、遠巻きながら見送りに参加する。あれは王太子に何かあるというより、我々の正体に警戒心が働いた結果だろう。その辺は、セシリオの説明に任せるとして。
膝の上のルカが大きく伸びをした。ぶるぶると顔を震わせてから、欠伸を追加する。
「よく眠れたか? 屋敷に帰ったら生肉を用意するからな」
きゃう! 大喜びではしゃぐルカには、貴族の夜会より生肉のほうが魅力的らしい。獣なのだから当然だが、今後は霊獣として呼ばれることも増える。セシリオ経由で、上手に捌いてもらおう。王家主催の夜会以外でない、とか。
あれこれ考えながら馬車に揺られる私に、ベスが笑顔で口を挟んだ。
「ねえ、お兄様。もしかしてなんだけど、殿下の好きな女性ってお姉様じゃないかしら?」
「……は?」
低い声が出てしまった。咄嗟に咳をして誤魔化し、ベスの顔を見つめる。お姉様は、女性姿の私のことだろう。
「それはない」
「え? そうかなぁ」
「万が一そうだったとして、受けると思うか?」
「思わない」
私がセシリオの隣に立つ? 王族、それも王太子の? 肩書きがすでに邪魔だ。加えて、男としてもあり得ない。異性として私を望むのなら、あの夜会で押されるような情けない姿を晒すのは最悪だ。
ベスが襲われかけたのは罠なので我慢するが、極楽鳥令嬢のときは目の前にいた。あの場面で切り返し、霊獣の権威を使って退けるくらいの気概がなければ、友人としての縁も切るレベルだぞ。
「残念、お姉様の嫁ぎ先になるかな? と思ったのに」
「父上の命令なら諦めて従う。だが、父上がそれを命じると思うか?」
「ないわね」
ベスは言葉ほど残念そうではない表情で、にこりと笑った。つまり、そういうことだ。今のサンバドル王国は、ウルティア一族にとってヤドリギに過ぎなかった。




