70.王太子殿下なのに舐められすぎだ
すやすやと眠るルカが、はふっと欠伸をした。体を伸ばそうとして、私に抱っこされていることに気づく。そこまで熟睡していたのも凄いな。器が大きいというのは、ルカにも当て嵌まるのかもしれない。
「ルカ、降りるか? 抱っこのままがいいか」
じっと見つめて、きゃう! と鳴く。どうやら抱っこを御所望らしい。抱いたままベスのエスコートはできないが、そこは王太子セシリオに譲るとしよう。わざわざ「庭まで追って」来てくれたのだからな。
ベスに腕を貸し、セシリオが広間に戻る。王太子の登場に、わっと人々が群がった。隣で微笑み、大人しく華を添えるベスは口を開かない。何か問われても、こてりと首を傾けてセシリオを見つめた。代わりに彼が口を開く。繰り返される状況を、数歩離れた場所で見守った。
ベスが話さないのは、少年だとバレるのを恐れてではない。声の低い女性もいるのだから、まだ声変わりしていないベスならば切り抜けるだろう。すべての返答をセシリオに任せることで、恋仲であると強調できる。加えて、ベスを守るセシリオの姿をアピールする形になった。
可愛く寄り添う無力で爵位のない令嬢のフリでもある。釣り糸は細く切れないものを、釣り針は美しく鋭いものを。どちらも準備万端だった。
視線の先、右斜めの方角で父上とクルス公爵が笑顔で話す。母上とカランデリア様もワイングラスを手に、公爵夫人を始めとする貴婦人の集団に交じっていた。どうやら話が盛り上がっているようだ。
「そちらの方はどちらの?」
「まだ幼い少女のようですが、エスコートの練習ですか?」
始まったぞ。会場へ向けていた意識を集中させる。最初の一言は令嬢、どこの家柄の出身かと探りを入れた。次の棘を含んだ一言は男性だが、当主ではなさそうだ。まだ若く言葉選びが未熟だった。子供を連れてきたと馬鹿にする言い方を選んだ。
王太子殿下相手に、格下の貴族が舐めた口を利くものだ。さて、セシリオのお手並み拝見といこうか。にやりと笑って様子見に徹する。ベスは笑顔のままだが、髪に触れる仕草で合図を送ってきた。「楽しみ」か、私もそう思う。
「少女? おかしな表現を使うものだ。ベスは私がエスコートする淑女なのに? 何をもって練習と表現したのかな。彼女に不足はないはずだ」
ぴしゃりと言い切った。この様子なら、別に本当の婚約者を連れ歩いても平気じゃないか? なぜベスや私に協力を求めたのか。こういった違和感や直感は大事にしたほうがいい。たぶん、別の目的がありそうだ。




