45.そのうっかりは命取りだ
走り出してからも、細かな点に指導が入る。それでも外へ出て風に当たれば、気分は高揚する。母上の横乗りが見事なのは当然として……カランデリア様が凄い。人馬一体という言葉は、この人のためにあるのかもしれないと思うほど。
芯がぶれないので、長距離を走らせても疲れが軽いだろう。感心しながら見惚れていたら、愛馬モニカにブルルン! と文句を言われた。ぽんぽんと首筋を叩いて落ち着かせ、申し訳ないと謝罪する。許してもらえたようで、また走り出した。
馬には人の気持ちが伝わってしまう。私もカランデリア様のように、モニカの実力をすべて引き出せたら……どれだけ素晴らしいか。モニカのためにも頑張ろう。そう決めた矢先、アマンドが振り返った。
「誰か、くる?」
疑問形なのは、私達の蹄の音と重なって聞こえるから。とにかくアマンドは耳がいい。蹄の音で馬を当てるくらい、細かく聞き分けた。そんなアマンドが気になるなら、と私が合図を送った。無言だったカンデラやグラシアナも減速する。バシリオが目を細めて「あれは……」と呟いた。
やはり誰か来たらしい。遠くに小さく見えた土埃が、見る間に大きく育つ。その間も私達は前進していた。特に「止まってくれ」や「急ぎの連絡」などが聞こえなかったからだ。
「待ってくれ、冷たいぞ……婚約者殿」
馬を走らせて合流したのは、セシリオだった。フリアンや護衛の騎士も連れているので、公式訪問だろうか。モニカの手綱を引いて止まれば、周囲も倣った。近づいてようやく貴婦人二人に気づき、セシリオは姿勢を正す。
「これは、大変失礼した。ウルティアの奥方様もおいでか。隣の美女は……ご紹介いただくまで控えさせてください。麗しき花々にご挨拶申し上げる。サンドバル王国、王太子セシリオと申します」
カランデリア様が誰か察したようで、曖昧に濁した。自ら名乗り、側近のフリアンや騎士も短く名を付け足す。政の基本で、紹介されていない人物の名を呼ばない。多少残念な面はあるが、これでも大国の王太子なのだ。当然の振る舞いだった。
ここまでは……と注釈がつくが。
「婚約者殿に挨拶を……」
「遠慮してもらおう」
ベスに近づいてキスの振りでもする気か? 冗談じゃない。ベスの愛らしい手が汚れたらどうする! むっとした口調で告げると、なぜか私に手が伸ばされていた。
「……婚約者を間違えるような男に、ベスはやれない」
はっとした顔のセシリオに冷や汗が浮かぶ。私が女性で、ベスは弟。それを知っているからつい、女性優先で声を掛けた。だが婚約者役を担当するのはベスで、私ではない。
「慣れるから、頼むっ!」
手を合わせてもう一度やり直させてくれと願い出たセシリオに、カランデリア様が大笑いした。口元を手で隠しているが、のけぞって笑う。
「面白そうな観劇だこと。しばらく滞在を伸ばします」
え? カランデリア様の滞在延長? ベスと目配せし合い、僅かに肩を落とした。




