35.ベスのドレスを選ぼう
母上は宿題よと笑い、私達に七つ目を教えなかった。私とシルベストレだけでなく、父上も考え込んでいる。こういった教育は日常の中に組み込まれ、様々な場面で訓練されてきた。それ故に、人の言葉の裏の裏を読む癖がつく。毎日の鍛錬に勝る教育はない、ということらしい。
「ベスのドレスを作らないといけないわ」
目を輝かせた母上が、仕立て屋を呼ぶよう命じた。ウルティア一族は各家に役割がある。それは民であっても同じだ。仕立て屋の一族は代々仕事を受け継ぐが、直系である必要はない。仕立て屋の息子がパン屋になりたければ、養子に入ることが認められた。
互いの家を行き来することで、適性のある子が望む職種に就くことが可能だ。鍛冶屋や武器を扱う商人が自前なら、兵糧や備蓄を管理する者も一族だった。服飾、装飾品、靴、日用品、ほとんどの職種が揃っている。どこへ移動しても、すぐに街を築いて生きていけるのだ。
我が一族の力を軽んじ、ただの一辺境貴族と判断したようだが……セシリオは甘い。
仕立て屋のほかに、リボンや装飾品も揃えるか。いや……私の装飾品を譲っても……待てよ? 元婚約者の側近が、あの王子のフリで注文した品もあったな。宝飾品に罪はないが、そんな胸糞悪い品をベスに使わせるのは嫌だ。
「よし、あの宝飾品は処分しよう!」
王族の婚約者費用から購入された品をすべて手放し、売却した金で別の品を購入する。いい考えだと頬を緩めた。念のため母上に確認したが、問題ないと返って来る。返却を求められても応じる理由はないとの判断だった。
まあ、うるさければ適当な品を返せばいいだろう。どうせ側近任せで、何を贈ったかも覚えていないはずだ。そこで父上から注意が入った。
「バシリオが戻ってからにしろ」
「はい、父上」
執事として屋敷を取り仕切った彼に言わず、勝手に処分すれば機嫌を損ねるだろう。以前も似たような状況で「私はもうお役御免ですかな? 隠居させていただきます」などと拗ねられた。面倒なので一日二日遅れても、バシリオの帰還を待つべきだ。
部屋を移し、商談室で仕立て屋とデザイン画を眺める。あれがいい、こっちのほうが……意見を出し合いながら、既製品の手直しも含めて話を進めた。既製品を直すのは、ひとまず着用する分だけ。その後はオーダーしたドレスを用意する。
「こういう袖が好きかも」
「うーん、こちらのほうがベスに似合うし、可愛いぞ」
「じゃあ、こっちにします」
シックなドレスもいいが、ひらひらしたフリルも可愛い。上限なしで着飾らせることが叶う状況に私は浮かれた。いかに愛らしく、可愛く、美しく装うか。自分のドレス姿は一向に興味がないが、ベスなら話は別だった。
「ベス、言葉遣いと礼儀作法のおさらいをしましょうね」
母上がちくりと苦言を呈する。どうやら今の会話の一部がお気に召さなかったようだ。仕立て屋は慣れたもので、気づかなかったフリを貫く。
「そういえば……胸はどうするのでしょうか」
少女らしく平たい胸元は、当然ながら膨らむ予定はない。鍛えて筋肉がついても、女性の胸とは別物だ。何か入れて増やすか、いっそこのままにするか。ベスの年齢ならまだ膨らみが足りなくてもおかしくない。
「このままでいいと思うぞ。緊急時の対処もある」
私の意見に、母上も賛同した。シルベストレは細身の少女に見えるが、鍛えている。当然筋肉も備わっており、身を守る戦い方も学んでいた。その動きを阻害するものを付ければ、緊急時に動きが鈍る。危険を招いてまで、セシリオに義理立てする必要はない。
愛らしいベスが少年とバレる可能性は低いのだから。素のままで構わないだろう。
「アリス、あなたも学ぶのよ」
兄として同行するのなら、男性貴族の振る舞いを完璧に身に付けなさい。母の言葉に、顔を見合わせた私と弟は肩を竦めた。




