27.門限が近いんだ、明日にしてくれ
「おいおい、俺の友人に絡むってのはいただけないな」
貴族だろうとは思っていたが、セシリオは堂々と店に入ってきた。地団太を踏む令嬢がこちらを睨んだタイミングで、まるで見ていたようだ。店主はわずかに目を見開くが、すっと頭を下げた。それなりの階級の男らしい。
「っ! 王太子殿下?!」
驚いた顔の令嬢が口にした単語に、嫌な方向で予想が当たったことを知る。もしかしたら王族かも? と思ったことはあるけれど、継承権を持つ公爵令息程度ならよかったのに。今後の付き合いは避ける方向で……シルベストレと頷き合う。
はしゃいだ様子で、令嬢がセシリオに話しかける。その姿を横目に見ながら、選んだガラスペンを差し出した。ピンクは先ほどの強奪で縁起が悪いので、柔らかなイエロー系を選ぶ。ペン先に近い部分がオレンジで、柄が黄色へグラデーションになっていた。ねじり模様で金の細い線が入る逸品だ。
「店主、これを包んでくれ」
控えていたララウが支払いの金貨を差し出すが、店主はゆっくりと首を横に振った。その手元はケースに入れたペンを包んでいる。
「さきほど代金は頂戴しております。ピンクのペンの代金は、お持ちになるお方に請求させていただきますので」
話を聞いたセシリオが「当然だ」と肯定した。王太子が決めれば、相手が公爵家だろうと同意するだろう。そもそも高位貴族のご令嬢なら、この程度の教育状況で外へ出さない。彼女が抜けだしたのでなければ、下位貴族の娘だった。
公爵、侯爵、伯爵までが高位と評される。辺境伯は侯爵家と並び立つ。子爵、男爵ならば下位に分類され、文官や騎士になる者が多かった。礼儀作法も子爵家以下なら厳しく求められることはない。最低限を修めれば許された。
「ヒメノ、ベスも……少し時間をくれないか?」
包んでもらったガラスペンと、バシリオの分をララウが受け取り……静かに店を出ようとしたのに、呼び止められた。まだこの国の貴族ではないが、王族の呼びかけを無視するのは拙い。
「用があるなら、ここで話してくれ」
どこかへ連れ込まれるのは御免だと口にした私に、先ほどの令嬢が食って掛かった。
「王太子殿下になんて口の利き方なの?! これだから下位の……っ」
「黙れ」
私より先にセシリオが断じた。
「お前に口を開く許可は与えていない」
ぴしゃりと言い放ち、泣きそうな顔の令嬢に背を向ける。ぎっ! と鋭い眼差しでこちらを睨むが、文句があるならセシリオに言うべきだ。
「……すまない、黙っていたのは君と親しくなりたかったんだ」
「男は間に合っている」
不要だと切り捨てて歩き出せば、後ろから切羽詰まった声が追ってきた。
「違う、恋ではなく憧れと友情だ」
憧れと、友情? 足を止めて振り返る私の袖を、シルベストレがつんと引いた。早く帰ろう、そう示す可愛い弟の髪を優しく撫でる。
「わかった、明日屋敷に来れば話を聞こう」
「……父君によろしく伝えてくれ」
承諾と判断し、シルベストレと歩き出す。今日は馬車だからな、もう帰らないと日が暮れてしまう。私はともかく、可愛いベスが父上に叱られたら可哀想だ。




