103.間違うところだった ***アロンソ
新人が、雇い主の客人に噛みついた。頭の痛い状況だ。まず、客人には傭兵を助ける義務がない。商隊主を守る意味で剣を振るったとしても、それは傭兵団の力量不足を指摘した形になるからだ。実際、あの状況では守り切れるか怪しかった。
アバスカル傭兵団の半数しか参加していないとはいえ、あの盗賊達の数に押されたのは事実だ。助けてもらえて、素直に感謝している。助太刀した人物が女性と気づいたのは、俺だけではないだろう。レグロも驚いていたからな。
ほかにも近くで戦った数人が目を丸くしていたから、気づいた可能性が高い。だが恩人が隠している秘密を、べらべら喋る連中ではなかった。傭兵団に所属している時点で、事情ありの連中ばかりだ。無口で、他人との関わりを深くしない男達だった。
一度女性だと気づいたら、なぜ今まで男性に見えていたのか不思議だった。顔に傷はあるが、化粧で見えなくなる程度だ。紅を引くだけで、目を見張る美女になる。戦いが終わると、途端に男の振る舞いが目立ち始めた。
貴族らしい育ちの良さから、何らかの事情でキロス王国へ向かう姉妹だろうと踏んだ。そうなると裏事情がうっすらと窺える。貴族令嬢、それもこれほどの美女と美少女が二人で旅をする。当然狙われるだろう。それを防ぐため、兄妹の振りをした。そう考えるのがしっくりきた。
加えて、アリスと名乗った彼女は普段から男装しているのだろう。男としての振る舞い、歩き方、身のこなしが堂に入っていた。剣術だけは癖が出るようで、あのシーンを見ていなければ気づけないほど、身に付いた擬態は見事だった。
新人リコは追撃を止められたのが不満なようだが、俺だって同じことを言ったはずだ。あの場で追えば、盗賊は必死で抵抗する。俺達が追わないのにあいつが突出したら、囲まれて袋叩きにされた。助けられたくせに噛みつくのは、若い証拠だが……。
遠い親戚に頼まれて、行き場のないリコを雇ったのは俺だ。盗賊村から脱出させてやりたい。戦い方は多少仕込んだから、明るい側に置いてやってくれ。その願いを叶えた直後、もう大失態を犯した。庇う俺に、アリス様は淡々と尋ねる。
アバスカル傭兵団の規律はそこまで甘いのか? と。
くそっ、目が曇ったのは俺か。規律を乱せば、傭兵団は瓦解する。例外を作れば、それは当たり前になるだろう。先代に何度も言い聞かされた言葉が思い浮かんだ。
お前は規律を守る側だ。破る奴は傭兵団に置かない。それが最低限のルールだ、と。
部下達は俺の様子を観察していた。そうだ、だから口出ししない。もし俺が道を誤れば、俺は傭兵団から切り捨てられた。二重の意味で恩人になっちまったな。次の盗賊から命がけで守るくらいしないと、返せそうにない。俺にとっては『人生最高の女』だ。




