1 人は名前と住所を幾度も刻み続けることで大人になっていく
新幹線、鈍行列車、バスと乗り換えて、時田とシゲミはとある大学の寮に辿り着いた。入寮審査に通ったため、寮での生活が始まるのだった。
時田は、不安だった。
思考盗聴器による監視はもちろん、音声送信により、勉強に支障が出ないか、身元などの個人情報が洩れて、思考盗聴器を作った、反社会組織に命を狙われないか、等、様々な不安を持ったままの入寮だった。
しかし希望もあった。それはごく僅かなモノだった。
地方では思考盗聴器を使われたが、首都圏ではそんなモノに興味を示す者はいないのではないか、という希望だ。奇妙で、興味をそそる思考盗聴器かも知れない。しかし、高校の時の様に、実在する人間と、それが確認でき無ければ、ただの意味のない文字列のようなものだろう。一部の人間しか、それを所持できないはずだ。
もしかしたら――、前のような生活を――。
それは本当にごく僅かな希望だった。息を吹きかければ、消えてしまいそうな――。
「ふーん、あれが時田君か」
「!! !! !!」
寮の玄関でのコトだった。見知らぬ女が、時田を見て言った。
やっぱり――。
時田の生活は元通りにならない事が決定した。
シゲミはその声に気付いていない様だったが、時田の顔色の悪さには気が付いていた。
「本当に大丈夫なんな?」
「うん……」
シゲミは実家に帰ろうと、振り向き、歩き出す。
(あっ……待って……)
その思いは声にならなかった。そして時田の大学生活が始まる。
――、
シゲミは寮から去って行った。
『何しょうるん?』
『うわー狭い部屋』
しかし相変わらず、音声送信は鳴り止まない。
「……」
さて、どうしたものか……。時田は備え付けのベッドに座り、黙り込んだ。
ひとまず、寮の食事を取るため、食券を買いに、時田はロビーへ移動した。
一ヶ月分の朝昼晩の食事で、三万円か。仕送りの殆どが無くなるな。後は、食券を無くさない様にしないと……。
部屋に戻る途中、見知らぬ誰かに声を掛けられた。
「時田君! ……って言うんだっけ?」
「?」
「時田、梅って言うんだ。同じ○○高校の出身なんだ」
「! あ……梅君、時田って言います。宜しく」
梅君と顔見知りになった。案外、自分から動かなくとも人間関係は作られていきそうだ。成り行きで部屋に案内された。時田の部屋とは打って変わって、温かみのある部屋だった。
(写真立てに……絨毯? もある)
「いい部屋だね」
「でしょ?」
時田は少しだけほっこりとした時間を味わった。
その夜、大浴場にて――
「シャ――」
時田はシャワーを浴びる。浴室には、湯が張ってなかった。三月というのに、寒い。
(首元を温めないと……)
時田はシャワーのお湯を、時間の許す限り首元に当てた。
――、
脱衣所にて――、
(やっぱり、寒い)
時田はその寒さに、その年の関東の不気味さを覚えた。まるで時田がこの土地に来るのを拒むかの様な、そんな寒さだった。
寮に入ってからおよそ5日が経っただろうか。学校のオリエンテーションの日が来た。相変わらず音声送信がうるさい。
『総司君!』
(るせっ! 今聞き逃しただろうが!! 講義始まってからもそんなんだったら許さんからな?)
オリエンテーションは音声送信により、少々問題があったが、表面上の支障はなく、無事(?)終わった。
寮に帰ると、大量の書類を記入する作業が待っていた。
(何たってこんなに住所や名前を書かなければならんのだ……)
心の中で文句を言いながら、自室で書類の記入をするのだった。その時の時田は、大学での本当の苦労はこんなものじゃあないと、知るよしも無かった。




