第54話 健司の調査
深夜、健司がまた訪ねてきた——気配で分かる。
地面に文字を書く。
『巫女の系譜について調べた』
『医学書じゃなくて、村の古文書を』
そして、重要な発見を伝える。
『影向稲荷に、静江という巫女がいたらしい』
静江。その名前に、かすかな親近感を覚える。
『彼女は、違う方法で村を守ったと書いてある』
『どんな方法?』
『詳しくは分からない。でも「影写りの巫女」と呼ばれていた』
影写りの巫女。プロローグで見た、あの絵本の巫女。
もしかしたら、別の道があるのかもしれない。
でも、今はまだその時ではない。
■最後の味
ルカが何か作ってきた。
温かい何か——温度は感じないが、湯気の動きで分かる。
『お茶。チヨ姉ちゃんの好きなほうじ茶』
口に含む。
味はしない。温度も分からない。でも、液体が口の中を通る感覚だけはある。
これが、最後の「飲む」という行為。
味はなくても、ルカの愛情は伝わってくる。
『ありがとう』
手話が正確にできているか分からないが、想いは伝わったようだ。
ルカの嬉しそうな風が、部屋を包む。
■夜の省察
一人になって、チヨは今日一日を振り返った。
触覚と味覚を失った。もう、世界に触れることはできない。
でも、大地の記憶を読む力を得た。すべての土地に刻まれた、無数の物語。
そして気づいた。
触れなくても、繋がることはできる。
味わえなくても、愛を感じることはできる。
形を変えても、絆は続く。
窓の外では——見えないが——月が昇っているはずだ。
満月まで、あと四日。
明日は、火の欠片。視覚を失う日。
もう、ルカの顔も、健司の姿も見られなくなる。
でも——
『でも、心で見ればいい』
声に出ないが、心で呟く。
大切なものは、目に見えないものだから。
日記を書くことはもうできない。
でも、大地が私の日記となる。この土地に、想いを刻んでいこう。
触れなくても、愛は伝わる。
それを信じて、また新しい朝を迎えよう。
最後に、布団の中で手足を動かしてみる。
感触はない。でも、確かに動いているはずだ。
生きている。
それだけで、十分。
明日も、きっと大丈夫。




