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第34話 夢の中の対話
その夜、チヨは不思議な夢を見た。
夢の中では、音が聞こえた。
「チヨ」
振り返ると、そこに美咲が立っていた。
「お母さん!」
自分の声も出る。夢の中でだけ、完全な自分でいられる。
「水の記憶を手に入れたのね」
美咲が優しく微笑む。
「はい。でも、声を失いました」
「それも運命。でも、覚えておいて」
美咲は井戸の方を指差した。
「水は繋がっている。すべての水が、最後は一つになる。だから、どこにいても想いは届く」
「どういう意味ですか?」
「いつか分かる日が来る。写祓を使う時が」
「写祓……」
その言葉を口にした瞬間、夢から覚めた。
窓の外では、また雨が降り始めていた。
雨音は聞こえない。でも、窓を打つ雨粒の振動が、優しく部屋を包んでいる。
手を窓ガラスに当てる。冷たい感触と共に、雨の記憶が伝わってくる。
空を旅してきた水の物語。雲の中で生まれ、風に運ばれ、地上に降り注ぐまでの長い旅。
その水は、いつかまた空に戻り、新しい雨となって降ってくる。
「すべての水が、最後は一つになる」
母の言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。




