英雄の憂鬱、新たな任務
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アーノルド子爵たちが、尻尾を巻いて逃げるように去った後、練兵場には一瞬の沈黙が流れた。それを破ったのは、ハル副隊長の、腹の底から響くような豪快な笑い声だった。
「はっはっは! 見たか、今の! あの坊っちゃんの、みっともねえ逃げっぷりをよ!」
彼は、そう言うと、固まっているゼイドの背中を、バシン! と力任せに叩いた。
「いっ……!?」
不意の一撃に、ゼイドが呻く。
「ゼイド、よく言ったぞ!!」ハルは、ニカッと歯を見せて笑った。「やっぱり、てめえは生意気なだけの貴族の坊ちゃんじゃねぇな! 気に入った!」
ハルのその言葉を皮切りに、マルコやサイラスたち古参兵も「ああ、スッとしたぜ」「ヴァルガス家の男は、やっぱり根性が違うな」と、次々とゼイドに声をかけ、その肩を叩く。
ゼイドは、予想外の歓迎に顔を赤らめながらも、「ふん、当然のことを言ったまでだ!」と、必死に平静を装っていた。エリアーナは、そんな彼らの様子を見て、嬉しそうに微笑んでいる。
(……こいつは、不器用で、傲慢で、そしてプライドの塊だ。だが、そのプライドは、アーノルドのような腐ったものではない。戦士としての誇りだ。なるほどな……)
俺が、そんな彼らのやり取りを腕を組んで見つめていると、いつの間にかそばに来ていたアストリッド大佐が、そのお祭り騒ぎに冷や水を浴びせるように、低い声で言った。
「浮かれているところ悪いが、休んでいる暇はないぞ、アッシュフォード少佐」
彼女の言葉に、ハルたちがピタリと動きを止める。アストリッドは、俺に一枚の封蝋された羊皮紙を手渡した。
「団長閣下から、君の部隊に新たな緊急任務だ。”コト”の経緯は私も報告を受けている。」
その言葉に、練兵場の空気が一気に引き締まる。俺は、無言で封を解き、そこに記された命令書に目を通した。
任務内容は――「東部占領地『エルトリア』における、治安維持及び戦後復興支援」。
そして、その地域の管轄責任者は、マルスデン侯爵派閥に属し、ヴァルトール伯爵とも繋がりの深い、あのアーノルド子爵。
俺は、命令書を静かに下ろした。
アストリッドが、俺にしか聞こえないような小声で囁く。
「表向きは『治安維持』だ。だが、管轄責任者はアーノルド子爵……わかるな? ドレイク団長は、君に『あの男の内情を探り、ヴァルトール伯爵への繋がりを掴め』と、無言で命じているのだ」
(……来たか。今回の件はさすがに対応が早いな。俺を、虎の檻の中に放り込むつもりらしい。)
俺は、顔を上げ、その場にいる全部隊員を見渡し、鋭く、そして大きな声で命じた。
「聞け! 新たな任務だ! 我々は、これよりただちに東部占領地エルトリアへ向かう!」
俺のその声に、エリアーナとゼイドの顔に緊張が走る。
「準備は三時間で済ませろ! その後、すぐに出発するぞ! 急げ!」
俺の突然の、しかし迷いのない号令に、部隊のメンバーたちは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに「はっ!」と力強く返事をすると、それぞれの準備のために、慌ただしく動き出した。
俺は、動き出す部下たちを見つめながら、静かに闘志を燃やしていた。
ドレイクの思惑がどうであれ、俺は俺のやり方で、この国の闇を暴き出す。
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