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英雄の憂鬱

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ギデオンに例の薬瓶の調査を依頼してから数日、俺は特務遊撃部隊の隊長として、いつもと変わらぬ日常を送っていた。いや、送っているように見せかけていた、と言うべきか。ドレイク騎士団長への不信感、ヴァルトール伯爵の裏切りの可能性、そして敵国が開発しているであろう、俺の力の紛い物。それらの思考が、頭の中でぐるぐると渦巻いている。


(……くだらない)


訓練場で、部下たちの厳しい訓練を眺めながら、俺は内心で毒づいた。ハルたちが、初陣の経験を経て覚悟を決めたエリアーナとゼイドを相手に、実戦さながらの組み手を行っている。二人の成長は目覚ましい。だが、どれだけ彼らが強くなろうと、この戦争の理不尽な構造そのものが変わるわけではない。俺たちは、結局、誰かの掌の上で踊らされているに過ぎないのだ。


そんな俺の厭世的な思考を中断させたのは、練兵場の入り口に現れた、場違いなほどに華美な装飾の騎士服を纏った一団だった。


「おや、あれは……」

俺の隣に立っていたリズベットが、面白くなさそうに眉をひそめる。


その一団の中心にいたのは、マルスデン侯爵派閥の筆頭と噂される、若いが傲慢さだけは一人前の貴族将校、アーノルド子爵だった。彼は、数人の取り巻きを連れて、わざとらしく俺たちの訓練場に足を踏み入れてきた。


彼は、俺を一瞥しただけで、まるで存在しないかのように無視すると、訓練で汗を流しているゼイドの元へ、満面の笑みで近づいていったのだ。


「これはこれは、ゼイド・フォン・ヴァルガス殿! 貴殿の剣技は、噂に違わず素晴らしい。さすがは名門ヴァルガス家の嫡男ですな!」

アーノルド子爵は、ゼイドに媚びるような、ねっとりとした声で話しかけた。


ゼイドは、突然の称賛にわずかに眉をひそめたが、相手が子爵である手前、無下にすることもできず、短く「……お言葉、痛み入ります」とだけ返した。


すると、アーノルド子爵は、そのタイミングを待っていたかのように、憐れむような視線をゼイドに向け、そして俺の方をちらりと見て、わざとらしく大きな声で言った。

「しかし、実にもったいない。貴殿のような、由緒正しき血筋と、類稀なる才能を持つ方が、なぜ、あのような出自も定かではない平民上がりの下で、泥にまみれなければならないのか。私には理解に苦しむね。『双炎の厄災』などと持て囃されてはいるが、所詮は力任せの戦い方しかできぬ野良犬。貴殿が学ぶべきものは、何一つないでしょうな」


その言葉は、ゼイドを持ち上げながら、同時に俺を徹底的に侮辱するものだった。練兵場の空気が、一瞬で凍りつく。エリアーナが、怒りに顔を赤らめているのが見えた。


「――子爵」


ゼイドの、氷のように冷たい声が響いた。彼は、アーノルドの媚びへつらうような視線を、真っ直ぐな瞳で見返していた。


「私の訓練と、私の上官について、貴様が口を挟むことではない。リオン・アッシュフォード少佐は、戦場で誰よりも多くの結果を出し、そして、誰よりも多くの部下の命を救ってきた。その事実が、戦場における全てだ。……貴殿のような、安全な場所で他人の評価ばかりしている男に、彼の価値が分かるとは思えん」


「なっ……! ヴァルガス殿、私は貴殿のために……!」

アーノルドが、狼狽したように声を上げる。


「俺のため、だと? 聞き捨てならんな」ゼイドの声は、さらに冷たさを増した。「俺は、俺自身の意志で、この部隊を選んだ。俺が超えるべき目標は、ここにある。……貴様のような男の、薄っぺらい同情も、下劣な侮辱も、俺の誇りを汚すだけだ。……失せろ。訓練の邪魔だ」


ゼイドの、あまりにもはっきりとした、そして力強い拒絶の言葉。それは、二年前の彼からは、到底考えられないものだった。


俺は、そのやり取りを、驚きと共に、そしてほんのわずかな満足感と共に、見つめていた。こいつも、随分と変わったものだ。


完全に面目を潰されたアーノルドは、顔を真っ赤にして震えていたが、ヴァルガス家の嫡男であるゼイドに、これ以上何も言い返すことはできなかった。


その、まさに一触即発の空気を断ち切るように。


「――アーノルド子爵。何か、私の元部下の訓練に、ご不満でも?」

凛とした、しかし氷のように冷たい声が、練兵場に響き渡った。声の主は、アストリッド大佐だった。彼女は、いつの間にか俺たちの背後に立っており、その鋭い視線でアーノルドを睨みつけている。


「ア、アストリッド大佐……! い、いえ、滅相もございません! ただ、新人たちの激励に参っただけで……」

アーノルドは、アストリッドの姿を認めると、完全に戦意を喪失し、狼狽した。


「そうか。激励、ご苦労だったな。だが、訓練の邪魔だ。早々に立ち去っていただこうか」

アストリッドは、一切の笑顔を見せずに言い放つ。


「は、はい! もちろん、そのつもりで……! で、では、失礼する!」

アーノルドは、そそくさと取り巻きたちを引き連れ、逃げるように練兵場を後にした。


「……リオン」彼らが去った後、アストリッドが俺に向き直った。「見た通りだ。奴らにとって君は目の上のたんこぶらしい。軍事会議でも、君の部隊の権限縮小案が提出されている。……くれぐれも、連中の挑発に乗るなよ」


「……分かっていますよ」

俺は、短く答えた。

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