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リオン隊長の指導

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賑やかな朝食の時間が終わり、俺たちは再び練兵場へと戻った。ハルたちの語る、どこか誇張された俺の武勇伝を聞かされ、エリアーナとゼイドはほんの少しの戸惑いをその表情に浮かべていた。


俺は、そんな彼らの視線を受け流しながら、練兵場の中央に立った。

「さて……腹も満たされたところで、午前の訓練の続きだ」

俺がそう言うと、エリアーナとゼイドの顔に、再び緊張の色が浮かぶ。


「お前たちの対人戦闘スキルが不足していることは、先ほどの模擬戦でよく分かっただろう。戦場では、魔物よりも、知恵と経験を持つ人間の方が、よほど厄介な相手になることもある。言葉だけでは理解できんだろうからな……少し、俺が直接指導してやる」

俺は、そう言うと、傍らに置かれていた訓練用の双剣を手に取った。それは、軍から支給された、何の変哲もない鋼の剣だ。だが、俺がそれを握った瞬間、練兵場の空気が、わずかに引き締まったような気がした。


「え……? リオン君が……直々に……?」

エリアーナが、驚きと、そしてほんの少しの期待が入り混じったような表情で俺を見る。


ゼイドもまた、俺のその言葉に、ハッとしたように顔を上げた。その目には、再び闘志の火が灯っている。

「……望むところだ、アッシュフォード。お前の本当の実力、この身で確かめさせてもらう!」


「ふん、威勢がいいな。だが、手加減はしないぞ? ……まずは、ゼイド、お前からだ。エリアーナは、よく見ておけ」

俺は、ニヤリと口元を歪め、双剣を軽く構えた。右手の剣は順手、左手の剣は逆手に。それが、師匠から叩き込まれた、俺の基本的な構えだ。


ゼイドは、一瞬、二人まとめてではないことに拍子抜けしたような顔をしたが、すぐに気を引き締め、訓練用の長剣を構え直す。エリアーナは、緊張した面持ちで、俺とゼイドの戦いを見守る位置についた。ハルたち四人とリズベット、そして他の部隊員たちは、興味深そうに、少し離れた場所から俺たちの手合わせを遠巻きに見ている。


「いつでも来い、ヴァルガス」

俺が静かに告げると、ゼイドは鋭い気合と共に、雷の魔力を足に集中させ、一瞬で俺の懐へと踏み込んできた!


「雷迅!」

彼の剣が、直線的に俺の喉元を狙う。学院時代よりも、その速さと正確さは格段に増している。雷の魔力を纏った剣先は、チリチリと音を立て、空気を焦がすほどの熱気を放っていた。二年間の研鑽は、伊達ではないということか。


だが――。


「――遅い」


俺は、ゼイドの突きを、左手の剣で軽く受け流すと同時に、右手の剣で彼の胴を薙ぐ。その動きは、まるで水が流れるように自然で、一切の無駄がない。ゼイドは、咄嗟に身を捻ってそれを回避するが、体勢がわずかに崩れる。


「なっ……!?」


俺は、その隙を見逃さない。爆裂加速を使うまでもなく、純粋な体捌きと剣の速度だけで、ゼイドを圧倒していく。彼の剣撃は、雷光を纏い、常人ならば目で追うことすら難しい速さのはずだ。しかし、俺の目には、その軌道が、まるでゆっくりと再生される映像のように、はっきりと見えていた。


彼の剣が右から来れば、俺は左手の剣でそれを払い、間髪入れずに右手の剣でカウンターを狙う。彼が距離を取ろうとすれば、俺は一瞬で間合いを詰め、逃げ場を塞ぐ。


キン!カン!キィン! ガッ!


訓練用の剣同士がぶつかり合う甲高い音と、時折、俺の剣がゼイドの鎧を浅く打つ鈍い音が、練兵場に響き渡る。ゼイドは、必死に俺の攻撃に対応しようとするが、その顔には焦りの色が濃くなっていた。俺の双剣は、まるで二匹の蛇のように彼の周囲を舞い、追い詰めるように次々と鋭い一撃を繰り出していく。


「くそっ……! なぜだ……!? なぜ、俺の剣が……お前には、全く届かない……!?」


ゼイドは、自分の得意とする雷速剣技が、俺には全く通用しないという事実に、愕然としているようだった。彼の剣は確かに速い。だが、その速さに頼りすぎるあまり、動きが単調で、直線的になっている。俺は、彼の次の動き、力の入れ方、視線の動き、その全てを読み切り、常に彼の二手先、三手先を読んでいたのだ。


数十合打ち合っただろうか。ついに、俺の左手の剣が、ゼイドの渾身の突きを、まるで吸い付くように絡め取り、その勢いを殺しながら受け流した。そして、がら空きになった彼の胸元に、俺の右手の剣の切っ先が、ピタリと突きつけられる。


「……そこまでだ」


俺が静かに告げると、ゼイドは、悔しそうに歯を食いしばり、その場に膝をついた。その肩は大きく上下し、額からは玉のような汗が流れ落ちている。彼の自信に満ちていた瞳には、今はただ、圧倒的な実力差を前にした、深い絶望の色が浮かんでいた。


「……なぜだ……アッシュフォード……。俺は、この二年、死ぬ気で剣の腕を磨き、魔法を鍛え上げてきたはずだ……! なのに、なぜ……!」

彼の声は、震えていた。


俺は、剣を下ろしながら、静かに言った。

「お前の努力は認める、ゼイド。確かに、二年前とは比べ物にならないほど強くなった。そのスピードは、並の騎士ならば十分に対応できないだろう。一人前の戦士と言ってもいい」


俺の言葉に、ゼイドがわずかに顔を上げる。


「だがな」俺は続けた。「お前の戦い方は、まだあまりにも正直すぎる。お前のそのスピードは、確かに脅威だ。だが、それに任せすぎるあまり、動きが単調で、直線的になっている。それでは、一度動きを読まれれば、格上の相手には通用しない。」


「……単調で、直線的……だと……?」


「そうだ。お前は、常に最速で相手を仕留めようとしている。だが、戦いというのは、それだけではない。少しでも相手に他の手を考えさせ、常にハイスピードで複数の選択肢の中から最善手を選ばなければならない状況を、相手に強いるんだ。最速であることが常に重要なんじゃない。相手よりも、ほんの一瞬でも『早く』状況を支配し、相手の思考の『先』を読むことが重要なのだ。」


俺は、かつて師匠から受けた教えを、自分なりに噛み砕いて彼に伝えた。


「……相手より、早く……。相手の、先を読む……」

ゼイドは、俺の言葉を反芻するように呟き、何かを掴みかけたような、しかし依然として悔しさを隠せない複雑な表情で、練兵場の隅へと下がっていった。彼のプライドは、相当に傷つけられただろう。だが、この程度のことで折れるようなら、この先の戦場では生き残れない。彼がこの経験をどう活かすか、それは彼自身の問題だ。


「……さて、次はエリアーナ、お前の番だ」

俺は、汗を拭うこともせず、静かにエリアーナに向き直った。


エリアーナは、俺とゼイドの圧倒的な実力差を見せつけられ、そして俺の容赦ない指導を目の当たりにして、顔面蒼白になりながらも、それでも覚悟を決めたように、ぎゅっと杖を握りしめていた。その瞳には、恐怖と、そしてリオンの言葉の真意を理解しようとする真摯な光、さらにわずかな挑戦の色が浮かんでいる。


「……はい! よろしくお願いします、リオン君!」

彼女の声は、緊張で少し上ずっていたが、先ほどよりも芯が通っているように感じられた。


「お前は魔法使いだ。魔法剣士のゼイドとは戦い方が違う。だが、基本的なことは同じだ。……構えろ」


俺がそう言うと、エリアーナは深呼吸を一つし、杖を構えた。彼女の周囲に、水の魔力が集束し始める。その魔力量と制御の精度は、二年前とは比較にならないほど向上している。学院での座学だけでなく、実戦を想定した訓練も、それなりに積んできたのだろう。


「いつでもいいぞ」


俺の言葉を合図に、エリアーナが動いた。彼女は、まず俺との距離を十分に保ち、牽制の魔法を放ってきた。


「ウォーター・バレット!」


数発の水の弾丸が、鋭い軌道を描いて俺に迫る。威力はそれほどでもないが、着弾すれば視界を奪われ、動きも鈍るだろう。


俺は、その水の弾丸を、あえて攻撃も防御もせず、最小限の動きでひらりひらりとかわしてみせた。まるで、踊るように。これは、彼女の次の手を観察するための、俺なりの「様子見」だ。


エリアーナは、俺が攻撃もせずにただ回避しているのを見て、わずかに眉をひそめた。彼女は、俺の余裕綽々な態度に焦ることなく、一度冷静に俺の動きを観察し、次の手を思考しているようだった。その瞳には、真剣な分析の色が浮かんでいる。


(ほう、よく見ているな。だが、それだけでは足りんぞ)


俺は、わざとらしく肩をすくめてみせ、彼女の油断を誘う。


エリアーナは、俺の挑発には乗らず、さらに距離を取りながら、次々と水の魔法を放ってきた。水の矢、氷の礫、そして水の鞭。それらは、以前よりも格段に速く、そして正確に俺を狙ってくる。だが、俺はそれら全てを、まるで予測していたかのように、ことごとく回避し続ける。双剣を構えたまま、最小限の体捌きだけで、全ての攻撃を無効化していく。


「なっ……! どうして……当たらないの……!?」

エリアーナの額に、汗が滲み始める。彼女の魔法は、確実に俺を捉えているはずなのに、まるで幻影を相手にしているかのように、全てが空を切る。その事実に、彼女の冷静さが徐々に失われていくのが分かった。


(……いいか、エリアーナ。戦場では、焦りが最大の敵だ。そして、相手の動きを正確に読めなければ、どれほど強力な魔法も、ただの魔力の無駄遣いに終わる)


俺は、心の中で彼女に語りかけながら、最小限の労力で魔法をさばき続ける。


しびれを切らしたのだろう。エリアーナは、ついにこれまでとは比較にならないほど強大な魔力を練り上げ始めた。その杖先が、激しい青白い光を放つ。

「これなら……どうですのっ! 大海嘯タイダルウェーブ!!」


彼女が叫ぶと同時に、足元の地面から、巨大な津波のような水の壁が轟音と共に現れ、練兵場全体を飲み込まんばかりの勢いで俺に襲いかかってきた! 広範囲かつ高威力の、まさしく奥の手とでも言うべき水魔法だ。


だが、その大技は、彼女自身の視界をも、完全に奪うことになった。


俺は、その水の壁が俺に到達する寸前に、爆裂魔法を使い、一瞬でその後方、エリアーナの死角へと回り込んでいた。水の壁は、俺のいた場所を虚しく通り過ぎ、練兵場の壁に激突して霧散する。そして、その大量の水蒸気が、周囲の視界をさらに悪化させた。


「……どこ……!? リオン君は……!?」

エリアーナが、水蒸気で視界が遮られた中で、必死に俺の姿を探している。彼女は、自分の最大級の魔法が命中したと思い込んでいるのかもしれない。


だが、その背後から、俺は静かに声をかけた。

「――ここだ、エリアーナ」


「えっ……!?」

エリアーナが驚いて振り返った瞬間、俺の左手の剣が、彼女の杖を持つ手首のすぐ横を、寸止めで掠めていた。


「……そこまでだ」


「……あ……」

エリアーナは、自分の首筋に突きつけられた訓練用の剣の冷たい感触と、いつの間にか背後に回り込んでいた俺の姿に、呆然とした表情を浮かべていた。彼女が渾身の力で放った広範囲水魔法「大海嘯タイダルウェーブ」は、確かに練兵場の大部分を飲み込んだが、肝心の俺を捉えることはできず、結果として彼女自身の視界を奪い、俺に絶好の奇襲機会を与えてしまったのだ。


「今の攻防、お前は何手先まで読んでいた?」

俺は、剣を下ろさずに、静かに尋ねた。


「えっと……水の弾丸で牽制して、あなたが回避し続けるのを見て……それで、大きな魔法なら、確実にあなたを捉えられると……思って……」

エリアーナは、消え入りそうな声で、必死に自分の戦術を説明しようとする。


「甘い」俺は、彼女の言葉を遮った。「お前の最初の牽制魔法は悪くない。俺がどう動くか、様子を見たのも良かっただろう。だが、俺が攻撃もせずにただ回避しているのを見て、しびれを切らし、大技に頼った」


俺は、一度言葉を切り、彼女が作り出した水蒸気がまだうっすらと残る練兵場を見渡した。

「お前は、俺を捉えようとして、自分の最大級の魔法を使った。だが、その結果どうなった? 確かに威力はあっただろうが、その広範囲な水の奔流は、お前自身の視界を完全に奪い、俺に背後を取られる最大の隙を作った。 ましてや、あの魔法の詠唱時間と魔力消費量。実戦であれば、あの隙は仲間の護衛なしに打つべきじゃない。」


「……!」

エリアーナが、ハッとしたように目を見開く。彼女も、自分の判断の致命的な誤りに気づいたのだろう。


「お前の得意な水属性だから、魔力効率は悪くないのかもしれないが、それでも無駄が多い。攻撃魔法一つにとってもそうだ。お前の魔法は、保険的に範囲を広げすぎているきらいがある。だから魔力も余計に消費するし、今のように、場合によっては、お前自身の視界を遮ってしまい、後手に回ることになる」


「中距離での魔法師同士の戦いでは、広範囲に魔法を放って相手の動きを制限し、その隙に本命の攻撃を叩き込む、という戦術も無しではない。だがな、エリアーナ。実戦、特に俺たちのような少数で動く遊撃部隊の戦いでは、視界を遮るということは、それだけで命取りになることもあるんだ。味方の位置を見失い、連携を乱し、そして何よりも、敵に奇襲の機会を与えてしまう。お前がハル達との模擬戦で展開した霧魔法は、戦術的な意図があったから有効だった。だが、今の津波は、ただの自爆行為に近い」


俺の言葉は、彼女が学院で学んできたであろう魔法戦の常識とは、かけ離れたものだったかもしれない。だが、これが、俺が戦場で学んだ現実だった。


「お前の魔法は、確かに強力になった。だが、その使い方、そして戦況を読む力は、まだまだだ。もっと、一撃一撃のコントロールと距離をとりながら相手を追い込む俯瞰的な視点が必要だ。」


エリアーナは、俺の言葉を、真剣な表情で聞いていた。その瞳には、悔しさと、そして何かを掴もうとする、強い意志の光が宿っている。


「……もう一度、お願いします、リオン君!」

彼女は、そう言って、再び杖を構え直した。その姿には、先ほどまでの怯えはもうなかった。


俺は、小さく頷き、双剣を構え直そうとしたが、それを止めた。

「いや、今日の指導はここまでだ」


「え……?」

エリアーナが、意外そうな顔をする。


俺は、双剣を鞘に納めると、練兵場の隅で、悔しさと無力感に打ちひしがれているゼイドと、真剣な眼差しで俺たちの手合わせを見つめていたエリアーナに、改めて向き直った。


「いいか、お前たち。今日の模擬戦と、今の手合わせで、自分たちに何が足りないのか、少しは理解できたはずだ。戦場では、才能だけでは生き残れない。必要なのは、経験、技術、そして何よりも、どんな状況でも冷静に判断し、最善手を打ち続けることができる、強靭な精神力だ。お前たちには、まだその全てが足りない」


俺の言葉は、厳しかったかもしれない。だが、それが、彼らがこれから直面するであろう現実だった。


「だが、悲観することはない。お前たちには、それを補って余りあるだけの素質と、そして何よりも、成長への渇望がある。今日の屈辱と悔しさを忘れず、明日からの訓練に励め。俺も、そしてハルたちも、お前たちが一人前の戦士になるまで、容赦なく鍛え上げてやる。……それが、俺の部隊のやり方だ」


エリアーナとゼイドは、俺の言葉に、ただ黙って俯いていた。だが、その表情には、先ほどまでの絶望の色はなく、代わりに、新たな決意と、そして俺に対する、ほんのわずかな、しかし確かな信頼の光が宿っているように見えた。


俺は、空を見上げた。この指導が、彼らにとって、そして俺自身にとって、どのような意味を持つのか。それは、まだ誰にも分からなかった。だが、俺は、彼らがこの地獄のような戦場で生き残り、そして成長していくことを、心のどこかで、強く願っていた。

どんどん更新していきますので作品評価&ブックマークをお願いします!

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