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洗礼の模擬戦

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サイラスの鋭い警告と、ゼイドの雷鳴のような気合が、濃霧に包まれた訓練場にほぼ同時に響き渡った。ハルは、長年の戦場経験で培われた反射神経で、背後からの強烈な殺気を感じ取り、咄嗟に身を翻そうとした。だが、ゼイドの奇襲は、それよりもコンマ数秒速かった。


「雷迅・穿らいじん・せん!」


ゼイドの右手の訓練用長剣が、雷の魔力を纏って青白い閃光を放ち、ハルの巨躯の背中、鎧のわずかな隙間を狙って深々と突き刺さろうとする! その一撃は、学院首席としての彼の才能と、この二年で磨き上げたであろう剣技の全てが込められているかのような、恐るべき鋭さと速度を持っていた。


(……見事な奇襲だ。タイミングも、速度も、そして狙いも完璧に近い。だが、相手はハルだ。そう簡単には……)


俺は、監視台の上から、息を詰めてその攻防を見守っていた。


ガギィィィィンッ!!!


甲高い金属音と共に、激しい火花が散った! ゼイドの剣は、確かにハルの背中を捉えた。だが、鎧を貫通するには至らず、浅く弾かれたのだ。ハルは、その巨躯に似合わぬ驚異的な反応速度で、振り向き様に肩に担いでいた巨大な戦斧の柄を盾のように使い、ゼイドの剣撃を受け止めていたのだ。


「……なっ!? 受け止められただと……!?」

ゼイドの顔に、初めて驚愕の色が浮かぶ。彼の会心の一撃は、確かにハルにダメージを与えたはずだが、致命傷には程遠い。


「へっ……やるじゃねえか、新人の坊主。今の奇襲は、正直肝が冷えたぜ。だがな……俺を、ただのでくの坊だと思ってたんなら、ちいとばかし認識が甘えってもんだ!」

ハルは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、その巨体を回転させながら、戦斧をゼイド目掛けて横薙ぎに振るった! 霧を切り裂き、風を巻き込みながら迫るその一撃は、岩をも砕くほどの破壊力を秘めている。


「くそっ!」

ゼイドは、咄嗟に後方へ跳躍し、戦斧の風圧をギリギリで回避する。だが、ハルの攻撃は止まらない。彼は、その巨体からは想像もできないほどの俊敏さでゼイドに肉薄し、戦斧を連続して振り回してきた。


ゴォン! ドガッ! ズシャァァァッ!


戦斧が地面を叩き、岩を砕き、木々を薙ぎ倒す。ゼイドは、雷魔法による高速移動を駆使し、その猛攻を必死にかわし続ける。ハルの攻撃は重く、一撃でもまとに受ければ致命傷になりかねない。だが、不思議と、ゼイドの剣はその猛攻を紙一重で捉え、受け流し、時にはカウンター気味に浅い一撃をハルの鎧に打ち込むことさえできていた。


(……いける! こいつの動きはデカい分、隙も多い! 俺の速さなら、十分に対応できる!)

ゼイドは、ハルの圧倒的なパワーに押されながらも、自分が互角以上に渡り合えていると錯覚していた。彼は気づいていなかった。ハルが、わざとゼイドに攻撃を「当てさせ」、彼に「戦えている」と錯覚させることで、巧みに戦闘エリアをコントロールし、ゼイドを誘導していることに。


「どうした、坊主! 雷速剣技とやらは、その程度か!? それとも、霧の中で目が霞んで、俺の動きが見えねえか!?」

ハルは、豪快に笑いながら、ゼイドを挑発する。その戦いぶりは、まさに歴戦の勇士そのものだった。


(……やはり、ハルは強いな。そして、老獪だ。ゼイドは完全にハルの掌の上で踊らされている。とはいえゼイドもよく戦えているな。)


俺は、冷静に戦況を分析していた。


そして、ついにその瞬間が訪れた。ハルの戦斧がゼイドの剣を派手に弾き飛ばし、ゼイドが大きく体勢を崩して数歩後退した、その時。


ドンッ!


ゼイドの背中が、何かにぶつかった。


「きゃっ!?」

同時に、可憐な悲鳴がすぐ後ろから聞こえた。


「なっ……エリアーナ!? なぜお前がこんなところに……!?」

ゼイドは、自分の背中にぶつかったのがエリアーナであることに気づき、驚愕の声を上げた。彼は、ハルとの激しい攻防に集中するあまり、自分がいつの間にか、エリアーナがリーザとサイラスを相手に陽動を行っているはずの、拠点東側の霧の濃いエリアへと追い込まれていたことに、その時初めて気づいたのだ。まさか、自分がハルに誘導されていたとは、夢にも思っていなかったのだろう。


エリアーナもまた、必死にリーザの重々しいハンマー攻撃と、サイラスの霧を縫って飛んでくる牽制の矢を捌きながら、偽の雷魔法と水魔法を広範囲に展開し続けるという離れ業を演じていたため、背後からゼイドが迫ってきていることには気づかなかったのだろう。二人は、互いの存在に気づいた瞬間、一瞬動きを止めてしまう。


これにより、拠点東側では、ハルとゼイド、そしてリーザとサイラス、さらにエリアーナという、攻撃側二人に対して防御側三人が対峙するという、極めて危険な密集状態が生まれてしまった。


「はっはっは! 見事な連携だったぜ、新人ども! だが、これで終わりだ!」

ハルが、戦斧を肩に担ぎ直し、勝ち誇ったように言った。彼の周囲には、リーザとサイラスが固い表情で構えている。

「どうだ? これで3対2の袋小路だ。お前たちの奇策もここまでだな。降参するかね?」

その言葉には、圧倒的な優位を確信した者の余裕が感じられた。


だが、それこそが、エリアーナとゼイドが事前に打ち合わせていた「奥の手」を発動させるための、最後の引き金だった。


エリアーナは、ゼイドと背中合わせになるような形で体勢を立て直すと、彼に鋭く目配せをした。

「――今よ、ゼイドッ!」

エリアーナの凛とした声が響く。


ゼイドは、ハルの追撃を大きく回避し距離をとる。瞬間的に魔力を集中魔力させる。そして、彼の右手に凝縮された雷の魔力が、通常ではありえない方向――エリアーナが事前に霧の中に配置し、最後の力を振り絞ってゼイドの雷魔法が中継しやすい位置へと巧妙に誘導した、人頭大の水の球の一つ――に向かって放った!


「なっ!? 何を……!?」

ハルが、ゼイドの不可解な行動に目を見張る。


ゼイドが放った雷撃は、霧の中の水球に吸い込まれるように命中し、そこでバチバチと激しい火花を散らしながら、ありえない鋭角な軌道を描いてその方向を大きく変えた! 水は電気を通しやすい。そして、魔力で形成された水球は等間隔で配置されており、雷の魔力を誘導させる性質を持っていたのだ。


屈折した雷撃は、もはやハルからは届かない、全く予期せぬ角度から、手薄になった旗竿目掛けて一直線に襲いかかった!


「しまっ……旗が!!」

ハルが、焦りの声を上げる。リーザもサイラスも、エリアーナとゼイドがすぐ近くにいるというこの状況に、完全に対応が遅れていた!


だが、その雷撃が旗竿を焼き切る寸前。


「――そこまでだ、新人ども!」


霧の中から、影のように飛び出してきたマルコが、その手に持った二本の短剣を交差させ、ゼイドの雷撃を受け流したのだ! キィィィン!という甲高い音と共に、雷の魔力が四方八方に拡散し、周囲の木々を焦がす。マルコは、サイラスの警告を受け、既に旗の守備に戻っていたのだ。ハルが前線でゼイドを引きつけている間に、彼と入れ替わるように。


旗は、間一髪で守られた。だが、エリアーナとゼイドが見せた、この奇想天外な連携攻撃は、ハルたち防御側のベテラン兵士たちに、冷や汗をかかせるには十分すぎるほどの威力を持っていた。

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