癒えぬ傷痕
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エリアーナが心配そうな表情を残して病室を去った後、俺は再び一人になった。彼女の優しさは心に染みたが、それ以上に、自分の無力さと罪の意識が、鉛のように重くのしかかってくる。窓の外の喧騒も、今はもう耳に入らない。ただ、暗く冷たい絶望の淵へと、俺の意識は沈んでいくようだった。
(もう、どうでもいい……。俺は……)
俺が、そんな思考の沼にはまり込もうとしていた、その時だった。
「――おい、アッシュフォード。死んだような顔してやがるな」
不意に、聞き慣れた、しかし今は聞きたくない声が、病室に響いた。俺は、ゆっくりとそちらに顔を向ける。そこには、腕を組み、壁に寄りかかるようにして、ゼイド・フォン・ヴァルガスが立っていた。いつからそこにいたのか、全く気づかなかった。
「……ヴァルガス……。何の用だ。見舞いなら、間に合ってる」
俺は、ベッドに横たわったまま、力なく答えた。今の俺には、こいつの嫌味に付き合う気力もない。
「ふん、見舞いだと? 自惚れるな。貴様の無様な姿を、高みの見物に来てやっただけだ」
ゼイドは、相変わらずの傲慢な口調で言い放つ。だが、その声には、いつものような刺々しさが少しだけ薄れているような気もした。いや、気のせいか。
彼は、ゆっくりと俺のベッドに近づいてくると、値踏みするような目で俺を見下ろした。
「何だ、思ったより元気そうじゃねぇか。もっとみっともなく泣き喚いているかと思ったがな」
「……うるさい。用がないなら、とっとと失せろ」
俺は、吐き捨てるように言った。
「ほう、口だけは達者なようだ。だが、所詮は臆病者か」ゼイドは、鼻で笑った。「なぜ貴様が、あの合同訓練で、あれほどの力を持ちながらそれを隠していたのかは知らんが……まあ、貴様のような小心者には、それがお似合いだったのかもしれんな。臆病者は臆病者らしく、このまま身の程をわきまえて、隅っこで震えていろ。それが、貴様には相応しい」
その言葉は、俺の心の奥底にある、見たくない部分を抉るように響いた。確かに、俺は力を隠し、臆病者のように振る舞ってきた。それは、自由のためだと自分に言い聞かせてきたが、結局は、自分の力と向き合うことから逃げていただけなのかもしれない。
俺が何も言い返せずにいると、ゼイドは、さらに言葉を続けた。その声には、明確な侮蔑の色が込められていた。
「ふん、どうせ貴様を育てた両親も、大した人間じゃなかったんだろうな。だから、貴様のような、ひねくれて、自分の力にすら向き合えない臆病者が育つんだ」
その瞬間。
俺の中で、何かがブツリと切れた。
母親の、優しい笑顔が脳裏をよぎる。父親の、不器用だが温かい手が蘇る。そして、師匠の、厳しくも愛情に満ちた言葉が聞こえる。彼らが、大した人間じゃないだと……?
「……っ!」
俺は、病み上がりとは思えないほどの力で、ベッドから上半身を跳ね起こした。そして、ゼイドの胸倉を、両手で力任せに掴み上げていた。怒りで、全身が震える。
「……今……何と、言った……? もう一度、言ってみろ……!」
俺の瞳には、間違いなく、殺意に近いものが宿っていただろう。
だが、ゼイドは、俺のその怒りに満ちた視線を、真っ直ぐに受け止め、そして、不敵な笑みを浮かべた。
「……なんだ、元気じゃねえか」
彼のその言葉に、俺はハッとした。胸倉を掴んでいた手が、わずかに緩む。
「死んだ魚のような目をしていたからな。少し、発破をかけてやっただけだ。……思った以上に、効果があったようだが?」
ゼイドは、そう言って、俺の手を軽く振り払うと、一歩後ろに下がった。その表情には、いつもの傲慢さとは異なる、どこか悪戯が成功した子供のような、複雑な色が浮かんでいた。
こいつは……わざと、俺を怒らせるようなことを……? 俺を、奮い立たせるために……?
俺は、言葉を失い、ただゼイドの顔を見つめていた。
ゼイドは、そんな俺に背を向けると、病室の出口へと向かった。そして、扉に手をかけ、振り返りもせずに、低い声で言った。
「……何に悩んでいるのかは知らんがな、アッシュフォード。今の貴様のその女々しい姿は、エリアーナや、他の奴らを無駄に心配させ、そして、俺を苛立たせるだけだ。貴様が本当に助けたいと思った者たちが、そんなお前を見てどう思うか、よく考えるんだな」
彼の言葉は、淡々としていたが、その一つ一つが、俺の心に重く突き刺さった。
「……あれだけの力を持つお前が、本当に望む生き方がそれなのか。今一度、自分の胸に聞いてみるがいい」
それだけ言うと、ゼイドは、今度こそ病室を出ていった。後に残されたのは、俺一人と、そして、彼の言葉が投げかけた、重い問いだけだった。
女々しい姿……。エリアーナたちを心配させている……。俺が本当に望む生き方……。
俺は、ベッドの上で、ゼイドの言葉を何度も反芻していた。彼のやり方は乱暴で、不器用極まりない。だが、その言葉の奥には、確かに、俺に対する彼なりの叱咤激励のようなものが感じられた。そして何より、彼の言葉は、俺が目を背けようとしていた現実を、容赦なく突きつけてきたのだ。
(俺の生き方…か。)
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