癒えぬ傷痕
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迷霧の森の奥深く、古代エルヴン遺跡からの撤退は迅速に行われた。意識を失った俺をアストリッド教官が背負い、他のメンバーも満身創痍の中だったが、特務班長グスタフ率いる騎士団の兵士たちの先導のもと地上へと生還することができた。
遺跡の地上出口付近には、既に騎士団によって臨時のキャンプが設営されており、そこでまず簡易的な治療を受け、そして休む間もなく、グスタフたち特務班による個別の事情聴取が開始されたのだ。
アストリッド教官の同席のもとで行われた事情聴取は、数時間に及んだ。エリアーナやフィン、ロイ、ミリア、レナード先輩、セレスティア先輩も、それぞれが遺跡で目撃したこと、経験したことについて、厳しい尋問を受けたようだった。
後でエリアーナから聞いた話によれば、彼らは暗黙の了解のもと、俺が「原初の炎」の間で見せた異変や、その後の二つの炎の暴走、そして聖炎による治癒の詳細については口を固く閉ざしたらしい。ただ、「リオン・アッシュフォードが、強力な炎の魔法と卓越した戦闘技術をもって遺跡の守護者たちを打ち破り、結果的に全員の命を救った」という、表面的な事実のみを証言したという。 俺が意識を失ったことについては、「激しい戦闘の後、彼が力を使い果たし倒れた」と、曖昧に説明したようだ。
俺自身は、あの「原初の炎」との接触による精神的ショックと、その後の魔力消耗によって、事情聴取の間もほとんど意識が朦朧としていた。アストリッド教官が、「彼は現在、まともな証言ができる状態ではない。治療を優先すべきだ」と強く主張してくれたおかげで、本格的な尋問は後回しにされ、俺は他の重傷者と共に、優先的に首都エルドラードの騎士団指定病院へと移送されることになった。
そして、さらに数日が経過した。
俺は、白い天井を見上げながら、ゆっくりと意識を取り戻した。身体のあちこちがまだ鈍く痛むが、遺跡での激しい消耗に比べれば、だいぶ楽になっている。だが、それ以上に重く俺にのしかかっていたのは、心の傷だった。
(……俺が、母さんを……。俺のこの力が……)
何度、その記憶を反芻しただろうか。何度、胸を掻きむしるような罪悪感と絶望に苛まれただろうか。師匠は、俺に「自由に生きろ」と言った。だが、母の命を奪ったこの俺に、そんな資格があるのだろうか。この呪われた力を持つ限り、俺はまた、誰かを不幸にしてしまうのではないか。
コンコン、と控えめなノックの音がして、病室の扉が静かに開いた。そこに立っていたのは、エリアーナだった。彼女は、心配そうな表情を浮かべ、小さな果物の籠を手にしている。
「リオン君……具合は、どう……? 目が覚めたのね、よかった……」
彼女の声は、優しく、そしてどこか遠慮がちだった。遺跡での俺の豹変ぶりと、その後の虚脱状態を目の当たりにして、彼女もまた、どう接すればいいのか戸惑っているのだろう。
「……ああ。別に、変わりない」
俺は、壁の方を向いたまま、ぶっきらぼうに答えた。彼女の優しさが、今は辛い。
「そう……。他の皆は、もう学院の授業に戻っているわ。フィン君もロイ君も、あなたのことをとても心配していたわよ。レナード先輩とセレスティア先輩は、遺跡で垣間見た古代の文字や魔法陣について、記憶を頼りに二人で過去の文献をしらべているらしいわ」
エリアーナは、努めて明るい声で、学院の様子を伝えようとしてくれる。騎士団が遺跡の文献の閲覧を許可するはずもなく、彼らは自分たちの記憶だけを頼りに、あの古代の叡智に挑んでいるのだろう。
「……そうか」
俺の返事は、それだけだった。学院の日常。それは、もはや俺のいるべき場所ではないように感じられた。
「遺跡は、騎士団によって完全に封鎖されて、厳重な調査が続けられているみたい。私たち実習部隊には、緘口令が敷かれたわ。遺跡での出来事、特にあなたの……その、戦闘での活躍については、騎士団の許可なく口外しないようにって……」
彼女の声が、わずかに震える。彼女も、事情聴取で、俺の力の核心に触れずに話すことの難しさを感じたのかもしれない。
(……緘口令、か。だが、アストリッド教官は、いずれ騎士団長に報告すると言っていた。俺のこの力について、どこまで話すつもりなのだろうか……)
俺は、目を閉じた。全てが、どうでもよくなっていた。自由も、力の謎も、師匠の遺言も。ただ、このまま、誰にも関わらず、消えてしまいたい。そんな自暴自棄な思いが、俺の心を支配していた。
「リオン君……」エリアーナが、俺のベッドのそばまで近づいてきた気配がした。「あまり、思い詰めないで。あなたは、私たちを助けてくれたじゃない。あなたのあの力は、決して悪いものなんかじゃないはずよ。だって、あなたは……」
「……やめてくれ」
俺は、彼女の言葉を遮った。
「あんたには、分からない……。俺のこの力が、どれだけ禍々しくて、どれだけ多くのものを奪ってきたか……。俺は……俺は、もう……」
言葉が、続かなかった。再び、あの日の記憶が、鮮明に蘇ってくる。炎、悲鳴、そして、母の最期の顔……。
「う……うう……っ!」
俺は、頭を抱え、呻き声を上げた。エリアーナが、息を呑むのが分かった。
(もう、嫌だ……。こんな力、いらない……!)
窓の外から聞こえてくる、平和な街の喧騒。それが、今の俺には、あまりにも遠く、そして眩しすぎた。俺のいるべき場所は、あんな光の中ではない。もっと暗く、冷たい、孤独な場所なのだ。
俺は、深い絶望の淵で、ただ自分の殻に閉じこもることしかできなかった。
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