学外実習、迷霧の森へ
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翌朝、俺たちは、アストリッド教官の鋭い号令で、まだ薄暗い森の中で目を覚ました。夜の間に降った露で、森全体がしっとりと濡れており、霧は依然として深く立ち込めている。数メートル先も見通せないほどの濃霧だ。簡単な朝食を済ませ、野営地を撤収すると、俺たち第三班は、改めて気を引き締め、迷霧の森の奥深くへと足を踏み入れた。
「これより、担当区域の本格的な調査を開始する。繰り返すが、単独行動は厳禁だ。常に連携を取り、周囲への警戒を怠るな」
アストリッド教官の最後の注意を受け、俺たちは一列になって進み始めた。リーダーのエリアーナと、騎士科のフィンが先頭に立ち、慎重に進路を確認する。その後ろに、魔法支援と調査を担当するミリア、セレスティア先輩、レナードが続く。俺とロイは、最後尾で全体の状況を把握しつつ、後方の警戒を担当するという配置になった。
森の中は、外から見た以上に異様な雰囲気に満ちていた。視界を遮る濃い霧は、まるで生き物のようにうねり、方向感覚を狂わせる。巨大な木々は、奇妙な形にねじ曲がり、その枝には得体の知れない寄生植物がびっしりと絡みついている。地面には、厚く積もった落ち葉の下に、ぬかるみや木の根が隠れており、歩きにくいことこの上ない。時折、霧の向こうから、鳥とも獣ともつかない、甲高い鳴き声や、低い唸り声が聞こえてくるが、その姿は見えない。不気味な静寂と、予期せぬ物音が、絶えず神経を逆撫でする。
「……霧が濃すぎて、探知魔法の精度がかなり落ちているわ……。魔物の気配も、なんだか掴みにくい……」
先頭を行くエリアーナが、杖を握りしめながら、不安げに呟いた。彼女の水属性魔法は、こういう湿度の高い環境では有利なはずだが、それを補って余りあるほど、この森の霧は異常だった。
「大丈夫です、エリアーナ先輩! 俺が、しっかり前を見張ります! 何かあれば、すぐ知らせます!」
フィンが、剣を構え直し、力強く言う。彼の真面目さと責任感は、この状況では頼もしい。
俺たちは、互いに声を掛け合い、はぐれないように注意しながら、ゆっくりと森の奥へと進んでいった。レナードは、早速、道端で見つけた奇妙な色合いの粘菌に夢中になり、採取キットを取り出してサンプルを採取し始めた。
「おお! この粘菌は素晴らしい! 周囲の魔力を吸収し、独自の生体エネルギーに変換しているようだ! 新種の可能性が高いぞ! リオン君、少し君の炎で熱してみt」
「レナード先輩! 今は調査に集中してください!」
エリアーナが、彼の暴走をすんでのところで止める。俺は、やれやれと肩をすくめた。彼の知的好奇心は、今はただのトラブルメーカーでしかない。
数時間ほど歩いただろうか。森はさらに深くなり、木々の密度も増してきた。霧も一層濃くなり、視界は数メートル程度しかない。そんな中、先頭を行くフィンが、突然足を止めた。
「……道が、ありません」
彼の声には、困惑の色が浮かんでいる。俺たちも前に進み出て、その光景を確認する。フィンの言う通り、俺たちの目の前で、道は突然途切れていた。その先は、深い谷底のようになっているのか、あるいは底なし沼なのか、濃い霧に覆われていて、全く見通せない。ただ、ひんやりとした、湿った空気が、下から吹き上げてくるだけだった。
「……地図によれば、この先に進むはずなんですが……」
エリアーナが、困惑した表情で地図と目の前の光景を見比べる。
「地図が古いのか、それとも、最近の地殻変動か何かで、地形が変わってしまったのかもしれませんわね」
ミリアが、冷静に分析する。
「迂回路を探すしかないか……。しかし、この霧だ。下手に動き回るのも危険ですね」
セレスティア先輩が、慎重な意見を述べた。確かに、この視界の悪い中で迂回路を探すのは、遭難のリスクが高い。
どうしたものか、と皆が思案に暮れていた、その時。
「おおおおっ! これは! まさか、この植物は!!」
突然、レナードが奇声を上げた。彼は、谷の縁に垂れ下がっている、太い蔓のような植物を指差して、興奮状態に陥っている。その蔓は、青みがかった緑色をしており、表面には奇妙な棘のようなものがびっしりと生えている。
「アークライト先輩、どうしたんですか、急に大声を出して」
エリアーナが、呆れたように尋ねる。
「どうしたもこうしたもない! 見たまえ、この蔓を! この形状、この色艶、そしてこの微弱な魔力反応! これは、古代文献にのみ記されている伝説の植物、『空歩きの蔓』に酷似しているぞ!」
「そらあるきの、つる……?」
フィンが、怪訝な顔で聞き返す。
「そうだとも! 伝えによれば、この蔓は非常に強靭で、なおかつ、その内部に特殊な浮遊性の魔力を秘めており、これを足場にすれば、まるで空中を歩くようにして、谷や崖を渡ることができたという! もしこれが本物なら、我々はこの谷を渡ることができるかもしれない!」
レナードは、目を輝かせ、まくし立てる。彼の言葉が真実なら、確かにこの状況を打開できるかもしれない。だが……。
「しかし、レナード先輩」セレスティア先輩が、静かに口を挟んだ。「その同じ文献には、空歩きの蔓には、強力な麻痺性の毒が含まれている可能性も示唆されていたはずです。安易に触れるのは、危険かと……」
セレスティア先輩の指摘に、レナードの興奮が少しだけ冷めたようだった。
「むぅ……確かに、その記述もあったな。だが、この歴史的発見の可能性を前にして、危険を恐れていては、真理の探求者とは言えん!」
レナードは、なおも諦めきれない様子だ。
チームは、判断を迫られた。レナードの言う通り、この奇妙な蔓を使って谷を渡るという危険な賭けに出るか。それとも、安全策を取り、時間と労力をかけて迂回路を探すか。エリアーナは、リーダーとして、慎重にメンバーの意見を聞こうとしている。
俺は、黙ってその蔓を観察していた。革手袋越しに、その蔓から放たれる微弱な魔力を探る。確かに、奇妙な浮遊感のある、特殊な魔力だ。だが、同時に、どこか刺々しい、危険な波動も感じ取れる。セレスティア先輩の言う通り、毒を持っている可能性は高い。
(……さて、どうしたものか。この状況、面白くなってきたじゃないか)
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