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寮に帰った後、おれは何度も携帯を手に取り、電話でもメールでも一言リンに謝ろうと試みたが、何と言っていいのか皆目判らず、溜息をつくばかりだった。

 同室の根本先輩はいい按配に、部屋にいなかった。どうやら今晩はどこかの部屋にお泊りか、誰かとホテルへ…

 そんな事はどうでもいい話だ。

 大問題を抱えているのはおれのほうだ。

 一体これから宿禰とどうやって付き合っていけばいいんだ。いや、宿禰はもうおれに愛想を尽かしているかもしれない。

 だったらおれに引き止める権利はなかろう。

 だっておれは、リンを…拒んだんだから…


 リンに嫌われたかもしれない…

 そう思うと苦しいのと切ない感情が二乗になり、じっとはしていられない。勉強も手につかず、こんな時、いつもなら絵を描いて気を紛らわすという逃げ道も今回は役に立たなかった。


 おれは…とてつもなく間違った仕打ちをリンにしてしまったんじゃないだろうか…


「はあ…」机に項垂れて頭を抱え込んだ。

 だからもう、恋なんて…するんじゃなかった…


 次の日、おれは宿禰の姿を見ることはなかった。

 隣のクラスだから、様子を伺うこともできたはずだが、恐ろしくて近寄れなかった。

 おれは授業が終わると逃げるように寮に帰った。


 その夜、宿禰からメールが来た。

「昨日の事は俺が悪かった。待つって約束したはずなのに、ミナがあんまりかわいいから待てなかった…まだ怒ってる?」

 …嬉しいんだが、返答しがたい内容で、ひとしきり考え抜いた結果、おれは「怒ってないし、リンが好きだ。でも自信が無い」と、返した。

 すぐさまリンから「俺も自信喪失中…」と、返信され、気が緩んだのと申し訳なさで涙が零れてしまった。


 やっぱり明後日、誕生日にセックスしたいと打ち明けようと、必死の決断で望んだ翌日だったが、宿禰の姿を見ることはなかった。次の終業式も宿禰は学校に来なかった。

 三上を呼び止めて、宿禰の行方を聞くと、昨日からリンのお兄さんのいるシカゴに遊びに行くとかで、春休み中は帰ってこないと言う話だった。


 …気が抜けてしまったというか…先に言ってくれれば良かったのに…と、自分の事は棚に上げ、宿禰のつれなさを随分と詰った。


 おれは16の誕生日を、寮の部屋でひとりぼっちで過す羽目になってしまった。

 もっと早くから宿禰に自分の気持ちを打ち明け、ちゃんと段取りを踏んでリンとひとつになれていればこんな惨めな誕生日を迎える事などなかったんじゃないだろうか…


 今更言っても全く持って拙いことだらけで、自分のふがいなさが恥ずかしくも罵りたくなり、落ち込みも激しくなる。


「あれ~みなっち、いたの?」

「…いますよ」

 夕食後、ベッドで横になっていると、同室の根本先輩が帰ってきた。

「だって、今日は誕生日じゃなかった?宿禰とデートでも楽しんでいるのかと思ったけど…」

 と、言いつつ、何故かおれの寝ているベッドに乗り座り込んだ。

 おれも仕方なく起き上がって、向かい合わせとなる。

「…リンは留学中のお兄さんに会いにアメリカに行きました」

「…宿禰もまたつれないことをするね。恋人が誕生日だっていうのに」

「おれが知らせていなかったんです…宿禰は元々おれの誕生日を知らない」

「…そりゃ残念だったね~と言うかさあ、前もって言っとけば良かったじゃん」

「…」

「そんな大事なことも言えない関係なの?君と宿禰は」

 そうなのかも知れない。おれだって宿禰の誕生日は知らない。

 お互いの誕生日さえ興味がないって…そういう恋人同士っていうのも変かもしれない。

 だけど、そういう云々より、宿禰と一緒にいるだけでなんか…それだけで十分に居心地が良かったんだ。


「まさか、ボクのあげたプレゼントはまだ役に立ってないってことは…ないよね」

「…」

 プレゼントというのはコンドームの事だろう。役に立つもなにも…おれは力なく首を振った。

「え?マジで…だってみなっち近頃ドキワクな顔していたじゃん。もう初体験しまくったのかと思ってたけど…」

 触れて欲しくない事をこの人は…だけど、おれの今の状況を理解してくれる人は先輩しかいないというのが正直な話。ここは本当のことを話して、相談に乗って貰った方がいいのかもしれない。


 おれはぼそぼそと低い声で宿禰との事の顛末を説明した。不思議なことにいつもなら茶々を入れる先輩は、ただ黙って聞いてくれた。

「おれは…おれには初めから無理な話だったんだ。元々男が好きになる体質でもないし、いや、男も女もおれには好きになる価値なんかないのかもしれない。好きな相手になにもしてやれないんだから…」

「別にそれくらいで落ち込む事でもないと思うけどな。まあ、水川が真性のホモじゃないことはわかっていたし、それは宿禰も知ってたからね。宿禰は水川の事を大事にしてくれてただろう?」

「…だからおれは宿禰の思うようにさせてあげたかったんだ。でも肝心な時におれは拒絶してしまった…」

「させてあげたかったてねえ~思い上がりというか…要するに覚悟していたけど腰が引けたってわけだね。水川は自分が男として女みたいな扱いをさせられるのが嫌だった。つまりアナルに突っ込まれるのが嫌だったわけだ。痛いしね」

「そ、そんな事を言ってるんじゃない。おれは…」

「宿禰とは寝たいが男としてのしてのプライドが許せないって話じゃないの?ボクが思うに、水川は自分はどうしようもないと言っておきながら結局は自分が大事でしょうがないんだ。傷つきたくない、穢れたくないと思っている。宿禰がそっち方面に長けているのなら、何もかも初めての君が怖気づくのも判るけどね、自分のプライドを守るために価値が無いと泣かれても宿禰がかわいそうだよね」

「…」

 自分のプライドを守るため?そんなの考えたことがない。おれは自分が嫌で嫌でたまらなくて…でも宿禰を好きになって本当の自分を少しは好きになれる気がしたんだ。

 宿禰とセックスをしたかったのは確かだ。抱かれるのも覚悟していた。

 じゃあなぜあの時、おれは宿禰を拒んだんだ。


「宿禰はおれに愛想が尽きたかな…」

「それは君次第だろうね。水川は一体宿禰とどういう関係でいたいの?このまま何もしないで恋人未満で続ける?それとも傷ついてもいい覚悟でお互いの汚いところをさらけ出しあって、付き合っていきたいの?」

「…」

 根本先輩の言葉は重く、おれは今までに考えた事のない宿題を目の前に出された気がする。



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