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3月14日が三日後に迫った。その日は土曜日、しかも年度末の終業式でもある。
その終業式が終わった後、宿禰とどこかで…具体的なことはさっぱりだが、リンとそういうことが出来たらいいなあとおれは漠然と考えていた。
だがそれを宿禰にどういう風に告白していいのかわからない。
リンはまさかおれが自分からセックスしてくれと求愛するとは、夢にも思っていないだろう。
おれの誕生日が三日後だということさえ告げてはいないのだ。
誕生日にセックスを求める事自体が、相当ナンセンスな恥知らずなことなんだろうか…全くもっておれにはわからないことだらけだ。こうなると知っていたならもっとこの方面に対して勉強しておきゃ良かったと今更嘆いてみても、後悔先に立たず。
おれがこんな妄想を延々していることなど知った事じゃないであろう当の本人は、いつものように温室で植物のデッサンをするおれの傍らで、黙々と本を読んでいる。
おれは手を休めて宿禰の様子を伺った。
おれのことなど気にも留めず、集中したまま本の文字を追っているリンの横顔をじっと見つめた。
喋っている時はころころと表情を変えるリンだが、口を閉じた穏やかな容貌は、なんというか…見事なまでに整った造形で出来上がっていて、日本人の顔つきではあるけれど、まるでそういうジャンルを飛び越えた人種なのかもしれないと、おれは変に感心した。
どういう容姿の両親だったらこういう人間が生まれるんだろう。
彼には兄姉がいると言っていたが、生きていたらお姉さんはかなりの美人だったろうなあとか、9つ上のお兄さんは今は25、6なんだから、宿禰とは違ってもっと大人でハンサムなんだろう…など、どうでもいいことまで想像を巡らしてみたりする。
そもそもそういう他人に興味を持つ事自体おれには珍しいことなのに、その家族にまで枠を広げて催すなど、以ての外だ。
自分自身に呆れるのはもう慣れたが、こうなると、頭のどこかのネジが緩むどころか、外れてしまっているに違いなかろう。
「リン、何の本読んでいるの?」
あまりに集中しているリンを振り向かせたくなり、おれはとうとう声をかけた。
リンはえ?と言う顔をしておれを振り返ってくれた。
「ああ、これ?色彩心理学」
「…」
相変わらず、雑学の幅広さも甚だしい。この間は「古代国家の帝王学」なるものを読んでいた。
おれにはピンと来ない範囲だ。
「おもしろい?」
「うん、面白いよ。簡単に言うと、人間は色を見ることによって、心理的にいかようにも影響を受ける。まあ、主観的な見方もあるけど、空が青けりゃ気持ちが晴れ晴れとなるし、曇天の日には、空気が重く感じ、気持ちも沈んでしまう…だろ?」
「うん」
「人間にも色がある。これはもう客観的な見方でしかなくなるに違いないけれど、人はその人格を色で区別したがる」
「ああ、それならなんとなくわかる気がする」
おれはスケッチブックを片付けて、リンの隣に座った。
「おれが思うにリンのイメージは金色だ。だけど、容姿から判断するならば、色は紫が似合う気がするんだ。これはどういう意味があるのかな?」
「金は王者、紫は高貴。どっちにしても偉ぶってるね〜まあ、孤立無援という意味合いでは合っているのか?」
「リンは優美なんだよ。おれ、リンの綺麗さって外見からじゃなくて、おまえの魂が綺麗なんだと思う」
「…」
リンは驚いた風に目をぱちくりさせて首を捻る。
「ミナから褒められると…なんか、不安になってくる」
「…なんでだよ!」
おれの文句も聞かず、リンは座ったままおれの身体を後ろ向きにして自分の足の間に挟み、背中をそっと抱いた。
「ミナは青って感じだな。青弥だしな。青の持つ意味って知ってる?」
おれの頬を撫で、リンの口唇がおれの耳元に触れる。
「…知らない」
少しだけ上ずったおれの声が変に聞こえ、おれは恥ずかしくて熱くなる。
「水…水川の水でもあるね。知性、冷静、悠久、未来…憂鬱…」
「…」
そう言いながらリンはおれのシャツに手を差し入れ、甘い声音で耳元に囁く。
「近頃のミナはなんだか憂鬱そうに見えるけれど…何か俺に言いたいことでもあるの?」
「…」
おれは俯き、身を縮めた。
リンは知っている。
おれの憂鬱を。
おれの欲望を。
おれはこのまま、リンに身を任せるべきなのか、
それとも折角立てた計画を、今ここでリンに話すべきなのか、
頭の中でこんがらがってしまう…