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朝、起きると目の前に誰かの影。
「リン…」と呟くと「ミナ、愛してるよ」と、応えた。
「うん、おれ…も…?…!」
なにかおかしいと思い、目を擦って覆いかぶさっている者を見る。
「ね、根本先輩っ!」
叫びながら、起き上がった。
「何しているんですかっ!」
「みなっちの身体から、あま〜い匂いが立ち込めてるからさあ、ちょっと嗅いでみたくなったの」
「…だからって…」
「君、昨晩は夕食も取らずに、ケーキワンホールを丸ごと食べてたよね」
「それが何か?」
「いくらバレンタインで貰ったからってさあ、あんな大きなケーキ独り占めすることないじゃない。一口ぐらい僕に分けてくれてもいいだろうに」
「先輩、甘いもの嫌いじゃないですか」
この人は見かけの割りに辛党だ。うわばみだって聞いている。昨日のバレンタインもお酒関係の贈り物が多かった。
「他でもないリン君の手作りケーキだろう?ネタ的にも食べて損はなかったよね」
「ネタにしないで下さい。それにリンはおれにくれたんだ。他の人に食わせるわけにはいかないでしょう」
「わあ、なんと言う独占欲っ!まだ寝てもいないくせに大口叩くねえ〜」
「な、なんで…」
先輩の言葉におれは手にした眼鏡を取り落としそうになる。
「わかるかって?僕はみなっちを毎日見ているんだよ。初体験をしたかしないかぐらい、判らいでか」
「…」
そ、そういうもんなのか…?
かわいい顔して恐ろしい人だ。
とにかくこの人に対しての言動には余程の注意が必要だ。
したらしたでこの人にバレたら…またなんかネタにされそうだ。
「しかし…宿禰も辛抱強いね。まだ手を出していないなんてさ。みなっちの知らないところで浮気でもしているんじゃないの?」
「リンはそんな奴じゃない」
「バカだなあ。あの宿禰凛一だよ。みなっちは何も知らないだろうけど、彼は有名人のひとりだよ。ある一部の特定の場所ではあるけれど…」
「噂は信じない」
「火種がなけりゃ煙は立たない。少なくとも宿禰は経験豊富だってことだよ。だからって軽蔑するのはナンセンス。逆に安心じゃん。みなっちは何も知らないお姫様なんだから、宿禰のいうとおりにしてりゃいいんだもん」
「そういうの、余計なお世話って言いませんか?おれ…達は真剣に付き合っているんだ。そんな…」
言葉が濁るのはおれに引け目があるからだ。真剣に付き合えば、身体を重ねるのは当たり前。それが出来ていない俺たちは、逆に考えれば、真剣に付き合っているとは言えないのかもしれない。
「…水川はさ、どんだけセックスに夢見てるのさ。それとも悪夢でも描いているわけ?セックスってただのコミュニケーションだよ。だけど、その行為にはお互いの愛情があるかどうかで、感じ方が違うって事。水川が宿禰にしてあげたい事は何なのかを考えれば、答えはでるよね」
「…」
「まあ、下の経験なら宿禰には負けないであろう僕からのプレゼントをあげるよ」
先輩は机の引き出しからなにやら箱のようなものを出すと、おれのベッドに投げ込んだ。
「性病の対策は万全にしておくといいね。じゃあ、僕は朝の週番だから、先に学校に行くね」と、部屋から出て行った。
おれはほうリ投げられたスキンの箱を恐る恐る手に取り、その使用法を真剣に読み始めた。
三学期の後半は模擬試験、学年末試験で、温室には寄り付く暇など無い。
自動的におれは宿禰と顔を合わせる回数が減る。
廊下で出会っても、宿禰はおれに対して特別な対応をしてくるわけでもない。
彼は友人たちも多く、いつも回りはにぎやかしく華やいだ空気だ。
彼は輝いている。その光で、回りの者まで輝かせている。
とっつきにくいといわれるおれとは雲泥の差だ。
おれは、親友と呼べる友達も居ず、昼休みもひとりで教室で自習か図書館通いだ。別に慣れているからなんとも思わない…
放課後、レポートのやり直しの提出に理科準備室にいる藤内先生に会いに行く。
レポートを出し退出しようとするおれを先生は呼びとめ、コーヒーを付き合わされた。
藤内先生とはおれはウマが合う。何の気兼ねもいらない。
泣いてたところを見られた所為か、あれ以来益々身近に感じている。
「水川のレポートは相変わらず完璧だね。他の連中にもう少し君を見習うように言った方がいいのかもなあ〜」
「嫌味になるからやめてください。おれは好きでやっているんですよ」
「まあ、勉強は完璧を求めるのはいいが、人生に完璧なんてもんはない。反省も後悔もしてもいい。だが何もしないなんてつまらない。せっかく親元を離れて楽園に来ているんだから、水川は勉強以外も学んだ方がいいのかもなあ。その方が人間に味が出る」
「味は必要なんですか?」
「調味料って意味じゃなく、深みって事かな。浸透圧って知っているだろう。片方に圧をかけると、ふたつは混ざらない。混ぜあわせて平衡状態にするには、自分の圧力を取り除かなきゃならない」
「…そうですね」
藤内先生の話が、おれの何に対して言っているのかは知らないが、おれの頭の中は、宿禰と交じり合っている様しか思い浮かべられない。




