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三学期はあっという間に過ぎていく。

 おれ達は相変わらず温室で二人の時間を楽しんだ。

 日が暮れるのはまだ早かったが、リンが持っていたアロマキャンドルのおかげで、冬の色気の無い温室が華やかになる。


「これローズマリーだって。やっぱり本物の方が、やわらかい匂いだなあ」

「昔はローズマリーってバラの種類だって思っていた」

「まあ、そう思うよね。S&Gの『スカボロフェア』の歌詞にParsley,sage,rosemary and thyme,ってあるだろ?あれで覚えたんだ。古歌好きの姉貴がよく歌っていたんでね」

 リンはおれの知らない色んなことを知っている。おれはいつも教えられてばかりだ。

 リンはすべてに対して豊かだ。おれはリンに何がしかの感性を与えられているのだろうか。

 絵を描くことしか取り得の無いおれに…


 リンは薄暗い中で、デッサンをする俺のスケッチブックを取り上げて、それを眺める。

「相変わらず、色彩豊かな絵だなあ〜鉛筆描きなのに色が見える。俺のやった色鉛筆は出番無しだな」

「違うよ。あれは大事なもので…減らすの勿体ないんだよ」

「バカ、減ったら今度は俺が買ってやるよ。ミナの為ならバイトをしてでも貢いでやるから」

「そんなの…しなくていいよ」

 冗談でもおれの為にと言う…そういうリンが堪らなく好きだ。

 両親とは違う。追い詰める愛情ではない。

 おれを上昇させてくれる愛だ。


 二月に入ってもおれ達の関係は崩れない。

 言い方を変えれば、キス以上の発展はない。

 前にも後ろにも進まない今の関係が良い訳が無い。

 おれが悪いんだ。 

 リンは何度かおれをそういう行為に誘ったりしている。

 おれが嫌がる素振りを見せると、リンは無理強いしない。

 それはそれで、それ以上おれを求めていないんじゃないかと、別な不安を感じたりする。

 勝手な言い草だ。自分でも呆れる。

 

 冬の寒さの中でも温室は暖房を入れなくても暖かくて、のんびり硝子越しの外の景色をスケッチしていると、リンがやって来る。

 おれはリンの両手に抱えているものに視線をやった。

 片方はいつものカバンだが、もう片方はやけにでかい手提げの袋だ。

「なんか、美術の工作?」

「いや、今日はバレンタインだろ?チョコケーキ作ってきた」

「え?」

 バレンタイン?…そんなのすっかり忘れていた…そういや根元先輩がプレゼントどうのこうのって言ってた気が…


「ミナの為に作ったの。初めてだから手間取ったけど、匂いは美味そうだから、大丈夫だろう」

「…ええっ!お、おれのため?リンが作った…の?…うそ…」

「…そんなに驚くなよ。変なもん入ってないから」

「そうじゃなくて…おまえ、ケーキなんて作れるの?」

「ママさんがお菓子作りが得意でさ。レシピ置いていったの。簡単に作れるからやってみろって。で、まあ、いい機会だから…え?チョコケーキ嫌いだっだ?」

 おれは顔を横にぶんぶん振った。

 自分がケーキを作るなんて、思ったこともない…から、リンが作れるのがすごいって単純に驚いた事と、おれのために作ってくれたなんて…感動しないわけがなかろう。

「箱は適当に、お菓子の空き箱に入れてきたんだけど…崩れていないといいんだけど」

と、リンはおれは目の前に箱を置き、そっと蓋を開けた。

 チョコレートの甘い匂いが温室に広がった。


「良かった。崩れていないや」

「…リン、すごい…美味しそうだよ」

「食べてみてよ」

「え?」

「いや、味見してないから、ミナ食べてよ」

「…もったいないよ。それにナイフかフォーク…」

「…そんなのないよ」

「…」

「手で食べればいいじゃん」

「いやだよ」

「なんで」

「折角綺麗なケーキを手で崩したくない」

「…あ、そう。じゃあ、持って帰って食えば」

「…そうする」

 俺は蓋をして、崩れないようにケーキを平らな机に置いた。

 リンはこわばった顔でそれを見てる。


「ああ、ゴメン。おれ、リンにチョコ用意していない」

「え?…ああ、いいよ。正直チョコはもういい」と、リンは袋の中を俺に見せた。

 数え切れないほどのリボンのついた包みがあった。

「それ、今日貰ったの?全部うちの学生?」 

 だったら、この学校はまともじゃない。

「いや、朝、学校に来る途中で、女学生5,6人からも頂いた。全く見ず知らずの人なので驚いたけど。靴箱開けりゃ落ちてくるし部活に行きゃ、先輩方から嫌味なのかどうだか知らないが、迷惑なほどくれるしさあ…手作りケーキも食ったよ。正直もう俺、プレゼントいらんわ」

「…ですか」


 聞いてて気持ちがいいわけが無い。これが嫉妬ってやつなのか…

 恋人が出来ると色々とうらめしいな。

 まあ、リンは中身は置いといて見かけはめちゃくちゃいいから、これくらいは仕方ないことだと割り切り、大きい気持ちでいないと身が持たないぞ…


「でもミナからはもらいたかったかな」

 リンからの催促は最もな話だが…

「悪い。来年は忘れないから。その代わりホワイトデーには奮発す…あっ!!」と、小さく叫んで気が付いた。

 ホワイトデー即ち3月14日は俺の誕生日だった。

 たぶんリンは知らない。

 その証拠に呆けた顔をしたまま、突っ込まない。


 いい事を思いついた。


 おれは決めた。

 その日、おれのすべてをリンにあげることに。




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