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以下の物語と連動しております。


宿禰凛一編「only one」

http://ncode.syosetu.com/n8107h/


宿禰慧一編「GLORIA」

http://ncode.syosetu.com/n8100h/


藤宮紫乃編「早春散歩」

http://ncode.syosetu.com/n2768i

4、

「…水川は俺のことをどう見ている?」

「え?」

「真面目な優等生…って思ってない?」

 どう見たって桐生さんは品行方正にしか見えないけれど…

「はい、思っています」

「今はそう見えるかもしれないけど、高校に入るまでは目も当てられないぐらいに荒んでいたよ。家庭環境の所為もあるけど、どこかで自分を壊したかったんだろう。悪い奴らとつるんで多少の悪事にも加担したり…家出をしては連れ戻され、恨めしいと泣く母の顔を見るのが辛くてまた家出をするの繰り返し。未来なんか見えなかった。…俺を救ったのは社会人の男の人でね。俺はまだ14,5のガキで相手は二十以上も離れた大人ではあったけれど、俺達は愛し合っていた。本物の恋をしていたよ。でも、彼が海外に転勤が決まって…当然別れ話になった。俺はどこまでも付いて行くって必死で頼み込むが向こうは許さない。道理だろうけれど、その頃の俺には彼が居ない世界なんて考えられなかったんだ。高校一年の夏だったよ。捨てられたと思い込んだ俺は自暴自棄になった。寮生だったが学校もサボって街をうろついては誰とでも寝ていた。学校の先輩とも誘われれば抱かれていたよ。そういう俺を美間坂は見るに耐えなかったんだろうな。寮の同室でクラスメイトでもあったから…彼は俺を裏庭に引きずりこんでこう言った。『俺はおまえを軽蔑する。おまえは自分の価値さえ測ろうとせずに自分を貶めるくだらん奴だ。俺の目の先におまえのような奴がいるのが俺には我慢ならん。粛清してやる』って脅すんだ。俺は何されるのかわからずにビビるばかりでね…」

 温和な桐生さんからは想像もできない過去だった。

 綺麗に整った容貌、それでいて控えめで大きな怒号ひとつ声に出すこともない。闊達で有無を言わさぬ美間坂さんの後ろにそっと控えている姿しか俺には思い浮かばない。


「怖くて震える俺に真広はこう言った。『そんなにセックスがしたいのなら、俺がおまえの相手をしてやるから他の奴とはやるな。俺は男は初めてだが、おまえなら勃ちそうだから抱いてやる。俺と付き合ってマトモな人間になれ。俺がおまえを救ってやる』って…」

「…それはすごいな…美間坂さんってそこまで暴君だったんですか?」

「そうだよ。笑えるだろう?でも、俺にはその力が必要だった。だから真広は身を挺して俺を救いあげたんだ。そこに愛はあったんだろうか…いや、真広の思いは俺への哀憐と同情だっただろう。俺だってそうさ、真広を愛して付き合い始めたわけじゃない。その時は真広に救われたけれど、俺は俺を捨てた男をずっと慕っていた。それを白状しても真広はかまわないと一蹴するんだが、俺は真広だけを愛せない自分を責め続けたよ。真広だけに繋がれていたいと願うのに、心のどこかで未だに彼のことを思い続けている…そんな自分が許せなくて別れてくれと頼んだこともあった。けれど真広は決して手を離さなかった。『どんな千尋でも俺は受け入れてみせる』って言うんだ…俺は幸せだと思う?」

「思います。だって本当の愛を桐生さんは与えられている」

「だけど、俺は真広に与えていない。お互いにすべてを与えないと本物じゃないのかな…本物じゃないと一緒に生きられない?」

「…わかりません」

「慈しみあう愛は恋のように激しくは無いが、優しくなれるものだよ、水川。俺はね、昔の宿禰を知っている。

彼を見たのは『サテュロス』っていうジャズクラブだ。昨年の体育祭に来てた連中だけど…知ってる?」

「はい、ちらりと見かけたけど、言葉は掛けられなかった。なんか…太刀打ちできない雰囲気だったから」

「だろ?彼らは独特だもの。でも中学生の宿禰は全く違和感なく溶け込んでいた。と、言うか、他の誰とも違った存在だった。彼は誰も寄せ付けない孤高でありながら、欲をそそる魔女みたいに魅惑的だった。俺も遠目から眺めるだけだったよ。彼は特殊だと言える。あれが水川のことを遊びだと言えばそうだろうと誰もが一笑して終わるような性質たちだったよ。だけど、今の宿禰は昔とは違う気がするんだ。水川の言うように百パーセントの愛情ではなくても宿禰が水川を愛しているのなら…それは本物になる可能性もある。勿論先のことは俺にもわからないけれどね…彼を信じ続けられるかどうかは…水川次第だよ。もし傷つくのが怖いなら、水川から別れを切り出せばいい」

「…おれから手を離すなんて…無理です。そんなこと…できやしない」

「…だったら水川、宿禰を信じることだ。もしかしたら、宿禰が求めるものを水川は持っているのかも知れない」

「リンが求めるものって…なんですか?」

「当事者でもない俺がわかるはずもないだろう?それを見つけることが水川のやるべきことだろう。それは君を…救うことになるんだろうからね」

 

 桐生さんのくれた宿題は難題だった。だがおれはそれを解き明かさなければならない。リンを失わずに済む何かを探し出せなきゃならない。

 おれは最後に桐生さんに問うた。

「もし、今、昔の彼が桐生さんの前に現れたら…桐生さんはその人を選ぶんですか?」

「…いや、もう俺には真広の存在の方が大きくなってしまっている。だけど…まだ彼のことを思い出にしてしまう程に整理もついていない。情も潜んでいる。それがいつか結晶になった時、俺の胸からそれを取り出すのは真広の手であって欲しいと願っているんだ」


 

「青弥は彼女でもいるの?」

「え?なに?唐突に」

 夕食のテーブルで母親と向かい合って食事を取る。

 父親はいつもの残業で帰宅するのは10時過ぎだ。

「だって帰ってくるたびどこか大人びてる気がするから」

「…別にいないよ。おれ受験生だよ。勉強でそれどころじゃないし…」

「それはそうだろうけれど…彼女が出来たらお母さんにも教えてね。どんな子か楽しみにしているわ」

 本当のところは…真実なんか何ひとつ聞きたくないんだ…

 言ってもわかるまい。

 おれにもわからないよ。なんでこんなにリンを好きなのかって。



 お盆も過ぎ、寮に帰る日の昼近く、携帯のベルがなる。

 着信音でリンだとわかった。

「リン?」

『ミナ、まだ家に居る?』

「うん」

『今日、寮に戻るんだろ?』

「昼から帰るつもりだけど…」

『俺、おまえの家の近くまで来てるんだけど、今からそっち行っていいかな?』

「え?ええっ!い、家に?」

『うん、で、一緒に鎌倉に帰らないか?…なんか都合悪い?』

「い、いや…いいけど…あ、場所わかる?」

『うん、大体…住所がわかってるから行けると思うよ。じゃあ、次の駅で降りておまえんち探すわ』

 切れた携帯を暫く持ったまま呆然とする。

 リンが…ココへ来る…

 え?

 なにをどうすりゃいい?


 慌てて階下へ降りて母親に告げる。

 母親も驚きながらも、訝っている。 

 そりゃそうだろ。おれが友人を家に招き入れるなんて生まれて初めてかも知れないんだから…

 しかも…そいつはおれの恋人で…


「その子ってどういう子?寮の子?クラスメイトなの?成績は優秀なの?志望大学は?お昼は食べるのかしら?ねえ、青弥、何か用意しなきゃならない?てんやものでいいの?それとももっと上等の?」

 あまりにも俗悪な審問にウンザリだ。

 おれはまだ見ぬ客を値踏みする母親を嗤いながら、こっそりと呟く。


 おれのリンはこの世で最も美しく誰にでも誇れる比類ない恋人であり、

 おれ達は不健全性的行為をこの上なく楽しんでいる関係ですよ。


 十分後に玄関に立ったリンの姿に見惚れた母親は、言葉も出なかった。

「これ、つまらないものですが、お盆で実家に行ったので。金沢のお土産です」と、リンは愛想笑いを浮かべて紙袋を母親に渡した。 

 母は恐縮しリンから受け取る瞬間微かに手が触れると、舞い上がった母はお土産の紙袋を落すというTVでしか見たことのない一連のリアクションを披露してくれた。

 おれはもう我慢できすに、声を出して笑い転げた。








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