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以下の物語と連動しております。


宿禰凛一編「only one」

http://ncode.syosetu.com/n8107h/


宿禰慧一編「GLORIA」

http://ncode.syosetu.com/n8100h/


藤宮紫乃編「早春散歩」

http://ncode.syosetu.com/n2768i


5、

 昼飯は豪勢にうな重が出てきた。

 二階のおれの部屋に運んできた母親は、さっきと違ってしっかりお化粧直しをして、リンに愛想を振りまいていた。リンは慣れた調子でそれに応え、上っ面だけのふたりの会話に、俺は閉口した。


「よくあんなどうでもいい話に付き合ってられるな」

 痩せたうなぎを口に入れるリンをおれは眺めた。

「なんで?いいお母さんじゃないか。ミナはあのお母さんのどこに文句があるんだ?」

「文句って…別に無いけど…」

「急にお邪魔したのに高いうなぎまでご馳走してもらって悪かったね」

「母さんのあんな…顔初めて見たよ。母もイケメンには弱かったんだな」

「ミナのお母さんに気に入られる顔で良かったよ」

「だけどなんで急にうちに来こうと思ったわけ?」

「ああ、昨日嶌谷さんのマンションに泊まってたの。で、ミナが今日寮に帰るって言ってたのを思い出して、それで行こうってなったの。嶌谷さんにあげるはずのお土産をミナん宅へ持ってきたってわけ」

「あ、そう」

 嶌谷とうやさんってのは、リンの行きつけの新橋にあるジャズクラブのマスターで、リンを息子のように可愛がっているらしい。去年のうちの体育祭の時にちらりを見たけれど、渋くてかっこいいおじさんだった。いわゆるちょい悪系親父で、しかもゲイだ。

 リンが嶌谷さんのマンションに良く泊まることは知っているけど、彼らの関係がどこまでか…なんていう下世話な憶測はしたって仕方ない。


 リンはおれ以外とは寝ていないと言うが…

 彼は別の言い方もする。

『嘘も方便というが、それは相手による。真実を話すということ裁判では原則ではあるが、果たして日頃の付き合いにおいて、真実だけで上手く人間関係が続くのだろうか。特に恋人同士において、お互いが聞きたくない真実を伝えるのはどうだろう…良く人は言う、だって本当のことだから仕方ない。だけど、言わなきゃ済む話も沢山あるはずだ。悪意でも好意でもなく真実を伝えるのは報道だけでいい。個人のやりとりにおいて優しい嘘は必要だよ』と、リンは言う。

 だから…リンが寝ていないと言ってもそれは彼にとってはおれに対しての「優しい嘘」にもなりかねないという事だ。

 本当のことを言うなら、リンがおれ以外の奴と寝るのは当然気分のいい話じゃないし、ムカつくのは当たり前だ。

 だが、結局のところ、リンが他の奴と寝ててもそうじゃなくても、おれがリンを好きでいられるかどうかって話なんだ。

 そして、おれはリンが他の誰かと寝ていても、おれがリンから離れられるわけがないっていう真実を誤魔化せないっていう事なんだ。


 

「金沢って…実家に帰っていたの?」

「うん、今年はお袋と梓が13回忌と7回忌なんだ。で、お盆にまとめて法要しようって話になっててさ。段取りは親戚連中がやってくれるんだが、さすがにまかせっきりってわけにはいかないだろう。親父も兄貴も日本にいないんだから、俺が挨拶回りやらなんやらしなくちゃならない」

「へ~、旧家って大変なんだね」

 リンの実家は金沢で代々営む古い造り酒屋で、昔は地元の名士だった。それこそ今でも地元で蔵元さんの名前を知らない人はいないという。

 リンのお父さんは長男で跡継ぎを期待されたのだが、商売が性に合わなくて、弟さんが跡を継がれている。昔ほどの勢いはないが、堅実に造り酒屋を継承しているらしい。

「普段はあまり親戚の付き合いはないけど、法事は個人的に済まされないしなあ。まあ、俺は別にかまわないけどね。いい子のフリは得意だ」

「お継母さんも来たのか?」

「勿論。和佳子さんも人付き合いも上手いからね。五月蝿い親戚連中も文句は言わない。だけど法要が済んでからがまた大変だ。例の家族旅行に付き合う羽目になる」

「また?いいね、今度はどこの温泉?」

「金沢から和倉へ行って…それから、別れた。向こうは向こうで勝手にやってくださいってことで、俺と兄貴は別行動で、那須のペンションで過ごしてた」

「慧一さんと…ふたりで?」

「…そうだけど。なに?…なにか引っかかる?」

 気が引ける態度をとるならまだしも、リンはなにかを企むかのような挑発的な態度を取る。しかもそれに触れたらこちらが絶対火傷をしそうな気がしてならないから、聞きたいけど聞けない。それさえも計算に入れているんじゃないかと思わせる…そんな素振りなんだ。

 迂闊に慧一さんと何かあったのか?なんて…絶対こっちから聞くもんか。



 母はリンのことが気になるらしく、階下に降りる度に、リンの事を事細かく聞く。

「ね、宿禰くんは頭いいの?」 

「いいよ。宿禰は俺と同じT大を受ける予定だよ」

「そうなの?あんなにハンサムで頭もいいんじゃ…モテるでしょうねえ~」 

「後輩の子らにも人気だよ」

「天は二物を与えるってああいう子を言うんでしょうねえ。親御さんも嬉しいでしょうねえ」

「宿禰は…お母さんは小さい頃に亡くなっているし、お父さんは外交官で外国に居るから…独りで暮らしているんだよ」

「そうなの?…じゃあ、青弥が色々と力になってあげたらいいわね」

「…そうだね」

と、おれは苦笑い。



 夕方、おれ達は自宅を出た。

 見送る母はいつもより長く玄関先で俺たちを見送っていた。

「ありゃ、ミーハー魂に火がついたかね。リンの追っかけでもやりかねない」

「俺、どこでもオバサン達には可愛がられるんだよ。ニューヨークの慧のアパート連中からも色々と貰ってたもん」

 どこに居てもリンはリンでしかないのはわかっているが、恋人としてはちょっぴり恨めしいのも本音だよ。


 リンとおれが自宅界隈を歩くのも初めてだが、こういう時は何故か奇遇というか運命と言うか、へんてこりんな歯車が噛み合うようで、駅の近くで、ばったりと会ったのが、中学時代付き合ってた原田理香子で、その隣に彼氏らしい男性と一緒だった。

 声を掛けてきたのは向こうからだ。

「水川くん、久しぶりだね」

「あ、…ああ、こんにちは」

 にこやかな笑顔にこっちもやましいものはないから会釈で応えた。

 手に持っていた大き目の旅行カバンを見て、彼女は「今から旅行?」と、尋ねる。

「いや、鎌倉の寮へ帰るところだよ」

「ああ、そうか…こちらは…お友達?」

 リンを見て少し恥らうように顔を傾げる。

 リンを見る人はみんなこういう顔をするなあ~


 紹介しようと口を開きかけたその時、リンは一歩前へ進み、手を出しながら彼女の質問に答える。

「初めまして。宿禰といいます。水川クンとは同級生でして、彼は成績バツグンなので色々と教えてもらっているんですよ。今日も水川クンの御宅にお邪魔して勉強していたというわけです」と、強制的に原田と握手しながら、相変わらずの営業スマイル…つうか…水川クンってさあ…

「水川クンの中学のお友達ですか?お綺麗ですね。で、そちらは?」

 握手された手を慌てて引っ込めた原田は、おれの方を向いて隣の男の肩を叩いた。

「森山くんだよ。ほら、覚えてない?中学の時の…」

「そうだったけ?」

 あからさまに不機嫌そうなそいつの顔を見つめるが、全く思い浮かばない。

「いいよ、理香子。水川は昔から他人に興味がない奴だったから、俺のことも覚えているわけないだろ。それよりもう行こうよ。映画の時間に遅れるよ」

「そうだね。じゃあ、水川くん、宿禰…さん。さようなら」

 リンの顔を見て明らかに顔を赤らめた原田の頭を小突く彼氏を見送った。

 勿論なんの感傷もない。彼女らが上手くいけばいいなとは少しは思ったけれど。


「俺たちも行こうか?」

 幾分いつもより優しいリンの声に促されて、駅の構内へ歩き出した。

 平日の夕方、仕事帰りの人ごみの中、上りの電車を待つ。


「あれがミナの言ってた昔付き合ってた彼女なのか」

「何故そう思う?」

「勘だよ。それにミナの好みの顔だ」

「そうかな…おれは自分が面食いだとは思わないけれど、リンの顔を見ているとつくづく綺麗に出来てて、ずっと見てたいなあって思ってしまうよ」

「…おまえ…さらっと惚気るなよ。ここがプラットホームじゃなかったら押し倒しているぞ」

「え?おれ惚気たのか?」

「ばーか。だからミナはかわいすぎる。このまま寮に無事に帰れると思うなよ」

「え?」

「まずは俺のマンションへ直行だ。誘ったのはおまえだからな。嫌とは言わせない」

「言うもんか」

 だって、今日、リンの姿を見た時から、ずっと身体が疼いて仕方なかったのは真実だよ。

 絶対言わないけれど。


 込み合う人ごみに紛れ、微かに触れる程度に指先を絡めて、おれ達は家へ帰る電車に乗り込む。




挿絵(By みてみん)



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