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16

16、

 29日に世田谷の実家に帰りついたおれは、自分の家の色あせた雰囲気に唖然としてしまった。

 家が古いわけではない。リンの気配のないこの背景が恐ろしいほど味気ないものに感じてしまっているのだ。

 慣れ親しんだはずの自分の部屋だって、誰か知らない他人が居た様な気がする。

 両親は久しぶりに顔を見せた親不孝の息子を見て歓迎するも、それがおれの未来に対する重圧に感じてしまう状態は全く変わらず、あなたたちの投資する息子は同級生に入れ込んでいる色狂いの息子なんですよ、と、喉まで出掛かりそうになる。


 試しに芸術祭の特選を貰った賞状を両親に見せたら案の定手放しでは喜ばない。

 母親は形ばかりの褒め言葉を披露したが、親父の方は賞状を見もせずに「絵を描く時間があったら問題集のひとつも解いてた方が利口だ。いくら学年一位でも田舎の私立の話だ。世の中、頭の良い奴は腐るほどいるんだからな。ちょっとでも気を抜くと敗者になるんだぞ」

「…」

 一体誰と戦って敗者になるんだろう…その戦いになにか意味があるのか?…と、問いたい気持ちにもなるが、今更この人には無駄だ。

 昔、母親から聞いたことがあった。

 父の親父、即ちおれの祖父は美大生だったが学徒出陣で戦争に動員された。戦後、絵画を続ける余裕はなく、生活の為に中学の教師になったそうだ。それでも絵を描くことは止められず、暇があれば各地へ赴き風景などを描いていた。家の中でも祖父はアトリエで絵を描くばかりで、子供達の相手は二の次だったらしい。

 祖父との交流が殆どなかった父。。

 父がおれが絵を描くことを嫌うのは、自分を受け入れなかった祖父への恨みがあるのではないだろうか…

 

 夜、自室で落書きしていると母が入ってくる。おれは急いでスケッチブックを片す。

 母はそれを知ったか知らずか、コーヒーとケーキを載せた盆を机に置き、

「お父さんはああ言ってるけど、本当は嬉しいのよ」

「え?」

「青弥が特選を貰ったこと。こっそりひとりで賞状を眺めているのよ。素直じゃないところは親子似ているわね」

「おれは…素直な方だと思うけど…」

「親はいつだって子供の将来を考えてしまう。一人前になれるように、ひもじい思いをしないように、いい家庭を作れるように…なんてね。親の勝手な夢を押し付けてしまうものよ。でもそれを裏切っても恨んだりしないのも親だわね。青弥が幸せになるのなら、お母さんはどこの大学でもいいと思うわ。無理にT大を目指さなくてもいいのよ」

「…大丈夫だよ。無理はしてない。ちゃんと自分の為を考えて道を選ぶから心配しないで、お母さん。絵は…気晴らしに続けていくつもりだけど、ちゃんとT大に合格するから」

「うん…お父さんにそう伝えとくわね」


 部屋を出て行く母の後姿を見送りながら、どんよりとした気分になった。

 ああ言えば子供が気楽になるとでも思っているのだろうか。

 見せかけの優しさか本物かどうかが問題ではなく、当たり前のことをありがたく思えよとばかりに押し付けるのが気に入らない。

 おれはリンが母親を早くに亡くし、父親との関わりも少なかったと気の毒がったりしたが、真実はおれみたいなしがらみに縛られないで、楽に生きれるんじゃないかと思ったりする。


 正月なんかさっさと過ぎてしまえばいい。

 早くリンのいる場所に戻りたい。


 

 正月三が日が過ぎて下見でもしておこうとT大学近くの駅前をぶらついていたら珍しい人にあった。

 2年先輩の美間坂さんと桐生さんだ。彼らは寮の先輩でもあるし、おれは勉強を教えてもらったりもした。

 ふたりは恋人同士で、現在同棲しているらしい。

 美間坂さんは実家からの帰りだとかで迎えにきた桐生さんと合流したところだった。

「水川はひとりなのか?」

「はい」

「じゃあ、昼飯でも食おう。奢ってやるよ」

「でも…」

「真広が奢るなんて珍しいんだからご馳走になるといいよ」

「それじゃあ…お言葉に甘えます」

 おれの言葉にふたりともきょとんとして、顔を見合わせていた。


「水川は…変わったな~宿禰の所為だな」

「そう…ですか?自分ではあまりわかんないけど…」

「かわいくなった」

「昔は口を開くのも無駄みたいにそっけなかったからな」

「…愛想なくてすいませんでした~」

 頭を掻いて笑ったら、いきなり桐生さんが「か、かわいいなあ~」と、言い終わらぬ間にぎゅーと抱き締められた。

 頭ひとつ以上違う身長差におれは逆らえなくてじっとしていたら、美間坂さんがぶっきらぼうに「おれにもそのぬいぐるみを抱かせろ」と、桐生さんに呟いてた。

 おれはぬいぐるみか?…と呆れつつも、こうも容易く心を砕くことができるのなら、このぬくもりが優しいものであるのならば、おれはまだ色んなものを許していけるのだと思った。





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