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以下の物語と連動しております。
宿禰凛一編「only one」
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宿禰慧一編「GLORIA」
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藤宮紫乃編「早春散歩」
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14、
おれにとって毎年のクリスマスなど何の思い入れもなかった。
だが、それは去年から一変してしまった。
リンと出会ってしまった所為だ。
リンに出会うまでの16年間のおれの人生は単なるプロローグで、リンに出会って初めておれは自分の足で世界を歩き、見渡すことができるスキルを覚えたんじゃないだろうか…と、思えるほどに、平穏な日常に生きる喜びを至る所に見つけてしまっている。
リンに言ったら、あいつはそれを鼻に掛けるに決まっているから言わないけれど、本当は感謝してもしたりないぐらいなんだ。
リンの家族は晦日まで帰省しないらしくて、それをいいことにおれは、ぎりぎりまでリン宅で過ごすことにしている。
リンと一緒にずっといられる。そう思うだけで、口元が緩んでしまう。
同室の根本先輩はそういう俺を見て、意地悪く
「いつまで持つか楽しみだね~なんといっても相手に困らないリン君だからさあ~みなっちもそのうち…」
「うるさい!先輩の『飽きられるよ~』こそ飽きてますから。どうぞ、おれのことはほっといて下さい。先輩が卒業するまでは保証します」
「つまんないね~人の不幸こそが甘い蜜なのにさ」
「そういう先輩こそ、そろそろ本気で自分の幸せを考えた方がいいんじゃないんですか?もう卒業まで時間がないんだから」
「そうなんだよね~保井の奴が本気でぼくを愛してるのなら、ぼくが卒業して関西に行ったら…どうするんだろうね~」
「だろうねえ~って…人事みたいに。保井先生を本気で好きなら、こっちの大学にすればいいのに。私立だったら出願するのは今からでも間に合いますよ」
「やだね。なんでぼくが折れて志望校を変えなきゃならないんだよ。保井の方がぼくに夢中なんだから、向こうがぼくを追ってくればいいじゃないか」
「また、無茶なことを…」
子供みたいに頬を膨らませて湯気を上げている先輩を見てると、ほっとけない気分になるんだろうなあ~
おれには先輩の言い分が正しいとは思わない。思わないけれど、気持ちはわかる…
誰でも好きな相手に対して自分は本当に愛されているのか、その重さを量りたくなるものだろう。
おれだって…
たぶんリンにはこんな気持ちはわからない。あいつは誰かに愛されているのかを疑うよりも、自分が愛する意味を考える性質だ。
おれがリンに愛されているのを不安に思うのは、リンに対しての不信感ではなく、自分自身のコンプレックスなのだろうかとも一時期思ってはいたが、リンはそんなおれのコンプレックスも綺麗に取り払ってくれ、おれはリンと真正面で向かい合うことができるようになった。
セックスだって…そりゃおれは受身だけど、リンと一緒に高めあう意義を感じている。どっちが上なんていうのは関係ない。
お互いが対等であればこそ、混ざり方も美しい均等な勾玉の太極図を描く。
それを描いてリンに見せたら、「ミナはこういう体位がしたいのか?」と、呆気に取られた。
違うと反論したがすでに遅くて、その後は…言いたくない。
大体どうしてあの図からこういういやらしいことを考えられるのか…リンの妄想力には閉口するが、リンは「おまえが願っているものが無意識におまえの描く絵になるんだよ。画家ってそういうもんだろ?」
そう言われたらそうかも知れないと、おれはリンの為すがままにさせられてしまう。これっていうのはやっぱり対等ではなくて、上下関係大有りじゃないか…と、まさに時遅しとして思考するも、気持ちいいのが先行して、結局おれはまたリンに負けたと泣くことになるのだ。
とは言え、リンとやるのは大好きなのでそれはいいんだ。
問題はクリスマスプレゼントで、おれはどうしてもリンの絵を描きたくて仕方ないのだが、ひとりでこっそり描く時間も場所もなくて困っている。
本当なら折角油絵も手になじんできた事だし、布のキャンバスにリンを描きたかったが、美術室でないと油絵は扱えない。美術部では人の目があり過ぎる。それでなくてもおれとリンが付き合っていることの他の生徒の好奇心とやらは、暇つぶしと思えないほどにしつこいんだ。
どうしようと考え、去年リンから貰ったリンのお姉さんの形見の色鉛筆でリンを描くことにした。
これならリンも喜んでくれるだろう。
24日、寮祭に誘ったリンは時間通りにやってくる。
寮祭は年に一度だけの学生寮のパーティで、寮生だけではなく、招待したい奴を呼べるし、何より先輩後輩関係なく無礼講で楽しめるお祭りなんだ。
だけど招待された客はパーティと名を打ってあるからおめかしして参加する。
学生服に見慣れているリンがたまに本気で洒落た恰好をすると、テレビで見るどのタレントよりもかっこよくてどきまぎしてしまう。
リンは時折知り合いの写真家さんのモデルをやっているというが、それをやり始めてから益々オーラが威力を増してきたように思える。自分の見せ方を知っているというか…
何気ない仕草も絵になる。
と、言っても本人の認識はあまりない。あいつはそういう奴だ。
自分が客観的にどう思われているのかを気にする方じゃないからな。それも自分への自信から出るものだろうとは思うのだが…
だから、こういう時は俺は客観的な自分との差に…まあ、申し訳なく思うわけだ。
それさえもリンは気づかない。
大体…宿禰家っていうのは美形揃い過ぎなんだ。だから綺麗なものは当たり前で、それ以外は全部空気みたいになっている。
一般の人が夕焼けが赤いと思ってもリンには赤という意味さえどうでもいいことになってしまうのだ。
夕焼けは初めからああいうものだ…と、彼は認識する。
「メリークリスマス、ミナ。お誘いありがとう」
真っ赤な薔薇の花束をおれに差し出しニコリと笑いかけるリンに、抱きつきたい衝動を抑えて平静を装う。
「気取りすぎてるのは好きじゃない…」
いつもの天邪鬼の言葉もそれ以上は出てこない。
だって、おれにはリンが…本当に物語から抜け出した王子に見えたんだ。
それをぼそぼそと呟くとリンは「さしずめミナは白雪姫だ。王子のキスで目を覚ますんだろ?」と、寮のロビーでおれの口唇にキスをしたんだ。
凍りついたのがおれだけではないことは、周りを伺わなくても背中で感じていた。