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以下の物語と連動しております。
宿禰凛一編「only one」
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宿禰慧一編「GLORIA」
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藤宮紫乃編「早春散歩」
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6月の後半に催される文化祭に、クラスの美術部員から出展が少ないからと、絵を頼まれた。
それでなくてもこの文化祭のポスターは美術の授業で全員に描かされた文化祭のポスターのうち、おれが描いた絵が選ばれ、印刷されたそれがあちこちの壁に貼られている始末なのに、これ以上美術部に関わるのは、折角歯止めしている絵への執着を再び燃やしかねないと断ったが、顧問の先生にまで頭を下げられ、仕方なく引き受けた。
休み時間や放課後リンが部活で温室で会えない時は美術室に残って、水彩画を描いてみた。
回りの美術部員は油彩に取り組んでいて、その存在感の違いに圧倒される。
はやり水彩と油彩では比較にならない。
先生は試しに油彩をやってみるように薦めるが、それに手をつけたら後へは引けない気がして躊躇してしまう。
おれは描きかけの温室の花を水彩で色を塗り、提出した。
文化祭ではおれらのクラスは珍しくも無い喫茶コーナーだった。
リンのクラスは焼き鳥やで繁盛していた。リンの姿を辺りに探してもいない。
「詩人の会」は教室を借りて朗読会をすると言っていたからそこだろうと足を向ける。
飲み物は出るものの150円も出して詩を聞く奴がいるのかと訝るが、様子を伺ったら人が一杯で驚いた。
俺はリンから貰ったチケットを出して後ろの方に立った。(実は椅子は全く空いていなかった。しかも父兄というか…ほぼおばさんたちと校外の女生徒らが占領していた…そして壁に張り付く男子学生…おれも含めて…)
これはもしかしたら…リン狙いじゃないだろうか…と、不信に思っていると、その当人が教壇に恭しく立ち、そして詩集を手にゆっくりと読み始める。
「ジャン・コクトーの詩集から…」
部屋に広がる心地よいテノールの声…
「嬉しいこともしすぎると 僕らの幸福に傷が付く」
(彼はここでおれにむかって軽くウィンクをした。)
「僕の命の蜜蜂よ、どんな悪事を君らはしたか?
君らの空ろな蜜房が 罪の棲家である以上
僕はもう 幸福になりたいなどと 願いもしまい…」
6月恒例の三者面談に親は来ない。と、いうか呼んでいない。
トップでいる奴に先生も親も何かを問う必要があるだろうか。
あなたたちの望みどおりの大学を受験し、しかも当然合格する一定の成績を持つ俺に、一体何を求めるのだろう。
担任の藤内先生も親が来ないことに文句を言わない。おれに対しても今までどおり成績を下げる事のないように油断なく頑張れと言われた。
ただ…「水川は恋に浮かれても、ちゃんとやる事はわかっているから見直したよ」と、韻を含んだ言い方をされた。
「…浮かれてなんかいません」
「そうか?近頃の温室の花はなんだかやけに艶めかしい色をしている気がするけどなあ」
藤内先生はおれ達が温室で何をしているのか知ってるのか?
まさかリンとあんな事やってるところまで見られているとは思わないけれど…
やっぱり学校内でやるのは控えたほうがいいな…
「ちゃんと世話をしているから、花も綺麗に咲くんですよ」
「恋の花も綺麗だろうが、いつか枯れる時が来る。それを見計らっておけよ」
「恋愛の未来を予測して計算どおりにいって、何が見つかるんですか?それはおれが求めているものなんでしょうか?…おれは計算どおりに出した答えを望んではいません。違いますか?」
「いや…驚いたね。水川がそこまではっきり言い切るなんて。恋の力は偉大だな」
「先生。おれはあいつを好きになったことを後悔することはないと思います。もし…花が枯れてしまっても…根があればまた育ち咲くかもしれない」
「そうだね。季節と共に花は姿を変えるが、その花の名前は変わらないもの…水川という花も、自分を失うことなく変わらずに咲き誇って欲しい」
放課後、温室でリンを待っていると、リンも面談だったらしい。しかも担任の藤宮先生になにか言われたらしくえらく機嫌が悪かった。
おれが藤内先生に言われたことを言う間も無く、おれにしがみ付いてくる。
乱暴にキスを求めるリンを責める気には到底なれない。
おれはリンを抱き締めた。
「ねえ、リン…おまえが好きだよ。どんなリンでも、おまえに触れられていられるだけで、おれは自分の存在価値を見出してしまうんだ…それってある意味究極の幸せって気がしないか?」
リンは俺を見つめ、そしてゆっくりと見事な笑顔をおれに向けた。
「愛してるよ、ミナ」
その言葉は俺の中で形になる。
どんな形にも属さないシンプレクテック多様体。
さあ、美しい座標を描け。