11
途中のコンビニでポカリとやわらかプリンとLGなんとかヨーグルトを買った。熱を出すと必ず母親がおれに食べさせてくれたものだ。
マンションに着きオートロックのタッチパネルに宿禰の部屋番号と呼び出しを押した。
暫くして『ミ、ミナ?』と、驚いたリンの声がスピーカーから聞こえた。
カメラからおれの顔が見えているのだろう。おれはどこを向いていいのかわからず、目の前のパネルをじっと見つめながら話す。
「うん。三上に頼まれてプリント持ってきたんだけど…」
『そう…上がってくれ。13階だから』
「うん」
同時に傍らの見るからに頑丈で豪華なドアが静かに開いた。
エントランスに入るとそこはホテルのロビーのようだった。
正面には淡い色調の照明に照らされた高そうな油絵が飾られ、応接間のようにソファとテーブルが並べてある。とりあえずおれはエレベーターを探し、ボタンを押した。
やっと降りてきたエレベーターに乗り、13階のボタンを押そうとすると、息を切らせながら滑り込むように子供がひとりエレベーターに入り込んできた。
小学生になるかどうかぐらいの女の子だ。
「10階をお願いします」と、丁寧に言われ、おれは10階のボタンを押した。
その女の子は珍しそうにおれを見ると「お兄さんは凛一おにいちゃんのお友達?」と、言う。
「え?」
「だって13階を押しているから」
「そうだけど」と、返事をすると、彼女はにっこり笑って「凛一おにいちゃんは面食いなのね」と笑った。
「リン…いち君のことを知っているの?」
「うん、いつもお菓子くれたり、抱っこしてくれたりキスしてくれたり、大きくなったら凛一おにいちゃんのお嫁さんになりたいって言うんだけれど…」
「けれど?」
「好きな人がいるから駄目なんだって。まさかその人って…あなた?」
「ええ!…違うと…思います」
おれは大きく手を振って否定した。こんな小さな女の子にまで、そこまで想像されたくない。
10階で手を振って降りていく女の子を送り出し、おれは溜息をついた。
一体あいつは…誰彼も構わず抱っこしたり、キスしたり…危ない奴と間違えられないか?
と、思って頭を捻った。なんかちょっと気に食わない。これは嫉妬ではないはずだ。…たぶん…
13階で降りると目の前に広々としたポーチがある。
回りを見渡しても玄関といえるものはここだけだ。表札はなかったが、部屋番号は合っている。
おれは門扉を開け、その玄関のインターホンを押した。
すぐに木造の瀟洒なドアが開き、宿禰の姿が見えた。
久しぶりに見るリンの姿を見て…おれは胸が熱くなった。
「リン…」
おれは無意識のままリンに抱きついていた。
その細い身体を掻き抱き、彼の存在を確かめた。
リンはおれの勢いに負けて二歩後ずさる。
後ろのドアがゆっくりと静かな音を立てて閉まる。
途端に玄関の間接照明の淡いオレンジが足元に浮かび上がった。
「ミ…ナ…」
「リン…逢いたかった。すごく…すごく」
おれよりも少し高い位置にあるリンの顔を見つめた。
「俺もミナのことばかり考えていたよ」
その言葉はおれを有頂天にした。
リンは熱があるんだからちゃんと看病しなきゃならないんだとか、この間のこともあやまらなきゃならないとか、色々考えていた事など吹き飛んでしまった。
あまりの嬉しさに涙ぐむと、リンは眉を顰めて「ミナは嫌がっても喜んでも泣くから、俺は非常に困る」と、真顔で言う。
「これは久しぶりに会えた嬉しさと、リンを好きでたまらないという意味だよ…どっちにしろリンが泣かせているのは間違いない」
「…もっと泣かせても構わないって意味?」
おれはそれを肯定するように、大きく頷き、リンの口唇に自分から合わせに行く。
ひとしきりお互いの口唇を味わった後、リンは優しげに微笑んだ。
「夢を見ているみたいだ。ミナがここにいるなんて…」
「何で来たかって聞かなくてもわかるよね。この間のリベンジだよ」
「…そりゃ…なんとまあ、勇ましい話だね。俺への挑戦?」
「いや、おれ自身へのと思ってよ。おれはリンと繋がりたい…」
「勿論、今度は逃がさない。ただ今は言わせて」
「なに?」
「遅くなったけれど…誕生日おめでとう、ミナ」
リンの言葉におれは相好を崩し、一寸も離れたくなくて、またもやリンにしがみついてしまった。