44.地獄
俺達は、広間のような空間を出入り口の際と同様にしながら扉の前に向かう。扉を調べ始めて安全を確認した俺は、ドアノブに手を掛ける。そのまま左隣で肘を曲げてそわそわしているモモを横目に、慎重に手前に引き始める。その手応えも、一層の際と同様だ。
「へ~。こんな風になってるんだ~」
「見通しが悪くなるかと思ってたが、そこまで気にしなくても良さそうだな」
然程驚いていないモモがそう話し、俺は感想を述べた。二層は一層と酷似した草原が広がるが、若干岩場や木々が多い。俺達はこのまま中に足を踏み入れる。
『ブーーーン』
耳障りな音が届いた。気にした俺達は音源を探る。少し離れた位置の空中を大きな何かが横切り、そのまま木に止まる。
「あれは………、なんだ?」
何かを見ている俺は、首を傾げながら思わず呟いていた。視界には、虹色に煌めく大きくて半透明な薄い物と、オレンジ色でトパーズのように光り輝く二つの大きな丸い塊が印象的に映る。加えて、何かは側面から生える枝のような物で、それらを掃除するかのように拭き始める。
「気持ち悪~い」
隣のモモが震える声を漏らした。モモは渋い表情で俺とは別の木を見ている。俺はそこに視線を移す。
『ピキピキピキピキ ワシャワシャワシャワシャ』
奇怪な音が届いた。気にした俺は音源を探る。その木の幹には、地面から光沢がある黒色の平べったい何かが伸びている。平べったいの部分の頂上には二本の細長い物が伸びていて、両側面には無数と思えるほどのへの字の枝のような物が付いている。草原の中に隠れている恐らく平べったい部分が繋がっているであろうその先にも、二本の細長い物が伸びている。何かは、平べったい部分を怪しくくねらせながら枝のような物の全てを鮮やかに波打たせつつ木をよじ登って行く。奇怪な音は、今も尚届き続けている。
「あれは、触角としっぽだよな。そうなると…、こっちはムカデで、あっちはハエか?」
この場からでも目視可能な大きさなために俺は戸惑いを受けたが、その二匹を連想しながら同意を求めるように呟いた。
二匹の大きさは、ムカデが、幅が60センチメートルほどで体長が6メートル以上はあるのではないかと思われる。ハエは、大きなタライほどだ。
「ううう…、気持ち悪…」
「いろんなのが、いっぱい居るねぇ…」
身震いを起こした俺は、全身にぞぞ毛を走らせながら震える声を漏らした。遠方を見渡すモモも、ぞぞ毛が走ったためか両手で体を擦りながら同様な声を漏らした。徐々に目が慣れ始めた俺は、この場からの光景を鮮明に確認することになる。そこにはハエやムカデ以外にも、芋虫にバッタ、カマキリとカブトムシなどなどの様々な虫達と、冒険者達が存在している。虫達が、冒険者達を取り囲むようにして戦闘を行う。
何を隠そう実は、地獄と呼ばれるこの階層は虫達のパラダイスだったのだ! 奴らが苦手な人達には、さぞかしこの光景に恐怖を覚えたのであろう。そんなおぞましい階層だが狩りの適正レベルは5と高くない。しかし、大量の虫達に囲まれた場合は、そのレベルでは太刀打ちできないために注意が必要とされている。
「なんか…、大き過ぎて…、気持ち悪いね…」
「ああ。それに、あの黒光りは、いつ見てもぞっとするな」
振るえるモモが、足をバタつかせながら話した。返事を戻した俺も、思わず足がバタつき掛ける。
(虫独特のあの艶のある黒い体は、子供の頃は平気だったが大人になってからは少しダメになったな…。目にしなくなったものは怖ろしいと思うようになると言うが、理屈では分かってるがやっぱり俺も人間だ。その感情を自由にコントロールするのは難しいよな…)
俺は歳を取り、感性が変化したことを思い出した。思考を纏めた俺の足が、遂に小刻みにバタつき始める。
(嫌だが、やらないといけないからな…)
「作戦は、すぐに始めるの?」
「いや。まずは一緒に戦おう。それで大丈夫なら、作戦に移ろう」
「わかった」
「「…、ハハハ」」
俺が葛藤していると、モモが尋ねた。俺は提案し、モモは返事を戻した。そのあと、互いに震える姿を見て空笑いし始める。モモも、それからは逃れられないと思考したのであろう。
(俺達のレベルは6だが、アドバンテージがあるから囲まれても大丈夫なはずだ!)
俺は、震える体を抑え込みながら気合を入れ直す。そして、モモと話し合い、最初は木によじ登るムカデと戦闘を行うことにした。
武器を手にした俺達は、木にへばり付き動きを止めている奴に慎重に近付いて行く。奴は二本の触角をピクリと動かす。そのあと、体を捻りながらベロンと地面に剥がれ落ちる。
「うわっ!」
「これじゃあ、うちわだな!」
思わぬ風圧が届き、隣のモモが強風を両腕で凌ぎながら声を上げた。俺は盾で受け止めつつ同様にした。奴は足を波打つように動かしながら頭部をこちらに向け、それを探るように少し持ち上げる。俺達は更に近付いて行く。
『ピキピキピキ ワシャワシャワシャワシャ』
奴は、再び奇怪な音を発しながら体の前面を大きく起こす。俺達を見下ろしつつ威嚇するように両側面の足を波打たせ始める。
「やっぱり、デカい!」
「お兄ちゃん! 気持ち悪いし、逃げよ!?」
「いや! その理由で逃げちゃダメだろ!」
奴を見上げる俺が鼓舞するように声を上げると、モモが弱音を吐いた。その瞬間、俺は思わず叱咤していた。
(流石に、それはできないし…。よし! それなら、ここは力比べといくか!)
本能では逃げ出したい俺だが、理性でそれをやる気に変換した。盾を前方に構え直し、そのまま助走をつけて奴に体当たりを仕掛ける。
『バン!』
金属同士が衝突したような音が鳴り響いた。
(こいつ、体が金属みたいに堅いのか!? だが、重くはない…。このまま押せるか!?)
押し合う俺は、体重を巨体から重量級と想定していた。しかし、実際は人程度て押し合いもそのようだ。俺は盾を勝ち上げるようにして勢い良く押し返す。奴の体が大きく仰け反る。
「ここだ!」
直ちに剣を振りかぶった俺は、それを掛け声と共に奴の胴体目掛けて力強く振り下ろす。
『バキン!』
「弾かれた!? それなら!」
『ズパババ!』
甲高い音と共に剣が大きく弾かれ、それに引っ張られるようして俺の体が仰け反る。驚嘆の声を上げた俺の視界には奴の胴体に大きく刻まれたヒビが映るが、即座に狙いを変更して跳ね上げられた剣をそのまま正面右側の足の付け根部分に目掛けて強く振り降ろす。豪快な複数の音と共に、数本の足が空中に吹き飛ぶ。
「やっぱり、そこが弱点か! モモ! 節を狙え!」
「わかった!」
そう判断した俺は、奴の背後に隙を窺いながら回り込んでいたモモに指示を飛ばした。返事を戻したモモはその場から軽やかにジャンプをし、
『スパン!』
奴の首と思われる位置の節にダガーを横一閃した。鋭い音の直後、奴の頭部が大きく空中に舞う。しかし、奴は致命傷と思われるその姿でも体を捻りながら動き続ける。
「流石にしぶとい! だが!」
俺は、冷静に奴を見ながら声を上げた。次の瞬間、俺は奴の胴体のヒビ目掛けて剣を突き刺す。奴は足掻くように体をこちらに巻き付けるが、それが最後だった。体の力が抜けた奴は、そのまま霧となり消滅する。
「ふう~。どうやら、節足動物は節が脆いという知識は、この世界でも通用するみたいだな」
俺は呼吸を整えながら呟いた。正面に立つモモは、手応えを確認するかのように手をグーパーと動かしている。
「どうだ?」
「うん。大丈夫そう!」
俺が尋ねると、モモは自分に納得するように一度頷き、そのあと返事を戻しながらこちらにダガーを突き出しつつその手でピースサインを作る。
「余裕みたいだな?」
「うん!」
「よし! それなら、予定通りにやるか!?」
「やろう!」
再び俺が尋ねると、モモは笑顔で返事を戻した。俺は力強く声を掛け、モモは片腕を空に突き伸ばしながら高らかに声を上げた。
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