43.二層に向けて
「このパン。美味しくない…」
「ああ。不味いな…」
モモがぼそぼそ呟き、俺がもそもそ返事を戻した。風呂を済ませた俺達は焚火の前の手頃な石の上に座り、街で購入した日持ちする堅いパンを口にしている。
日持ちする堅いパンは、商品名もそのまま日持ちする堅いパンだ。食感は、例えるならぎっしり中身の詰まったフランスパン。加えて、表面の皮が非常に分厚く堅いため、噛み千切る際に一苦労する。更に、中身の白い部分が粉っぽくパサき、頬張る際に口の中の水分を急速に吸収したあと歯茎の間などにねっとりへばり付く。お世辞にも、他人にはお勧めできないパンだ。しかし、日持ちして場所を選ばず口に運べるため、冒険者達には必要不可欠な食料だ。
俺はこのままでは食べ辛いため、一緒に用意した鉄製のコップに入れてあるスープにこのパンを浸したあとかじる。
固くて日持ちのするパン
「美味しくないから食べたくない!}
「飯は食べておいた方がいいぞ」
「どうして?」
「水分補給と同じでな。飯も食べたすぐに体に吸収されるわけじゃないんだ。だからいま食べておかないとあとで力が出なくなるぞ」
「スープに付けて食べれば、少しはマシになるな」
「そうなの? ん~、やってみる…」
俺が話すと、疑心暗鬼に返事を戻したモモだが同様にしてパンをかじる。
「あっ! これなら食べられそう!」
「それなりの、パンになるよな」
若干目を見開きながら声を上げたモモは口元を片手で隠しつつ嬉しそうに話し、俺は頬張りながら満足気に返事を戻した。少ししなっとした食感に変わるが、柔らかくなり粉っぽさも抜けて食べ易い。
「モンスター、ホントに出ないね」
「この結界の、お陰なんだろうな。たぶん、見張りも必要なさそうだが…。どうする?」
「大丈夫そうなら、今日はゆっくり休みたいな。ちょっと疲れたし…」
食べ続けていたモモが、最後の一口サイズのパンを口に入れて話した。俺が残りのスープを飲み干しながら尋ねると、モモはそう話しつつ口の中のパンを飲み込み、スープを飲み干す。そのあと、足をぶらつかせ始める。
(眠いのを、我慢してそうだな…)
「今日は、結界を信じてゆっくり休むか?」
「うん。マリーも大丈夫って言ってたし、そうしよ?」
モモの様子から判断した俺は尋ね、モモも尋ねた。顔を見合わせた俺達は、なんとなく互いに小さく微笑む。夜は交代で見張りをと予定していたが冒険と慣れない環境が相まり、俺達は予想以上に疲弊している。マリーからは、サンガを発動させれば就寝中に襲われることはないと言われている。
食事の片付けを済ませた俺達は、引き続き眠る準備を始める。歯磨きなどだ。それらも済ませたあと、2人でテントの中に向かう。毛布の様な毛皮に各々くるまり、おしゃべりを始める。しかし、モモは瞼が重く、会話の途中でそれをゆっくり閉じていき、そのまま深い眠りに就く。
(猫の頃と同じだな。可愛らしい寝顔だ)
その様子を見て当時を思い出した俺は、思わずモモの頭を撫でていた。実に気持ち良さそうに眠る表情が、こちらを夢の中に誘おうとしている。
(それにしても、夜はまだ少し肌寒いな…。テントの中でモモも居るし、この毛布は暖かいからそのうち体も温まると思うが…。最初は異世界で一人旅をするのも悪くない。それでいいと考えていたが…。モモに感謝しないとな…。俺には何かの物語に出て来る主人公の様な凄い力はないがモモだけは…、目に見えるものだけはしっかり守らないと…。それが、俺が盾を選んだ理由でもあるから…)
あれこれ思考していた俺は、幸せな気持ちの中でいつの間にか深い眠りに落ちていた。
翌朝。
目覚めた俺は、寝息を立てるモモを横目にしたあとテントの中から外に出る。立ち上がりながら、早朝の景色を堪能する。
「う~ん! 気持ちいい朝だな~」
広大な草原を潤す朝露を輝かせる日差し。それを浴びた俺は、大きく背伸びをしながら声を吐き出した。
「それにしても、この結界は本当に便利だな」
(あっ。独り言は、おやじ臭いか?)
周囲を見回しながら思わず声を漏らしていた俺は、そんなことを気にした。周囲は、焚き火の痕跡が残るが変わった様子はない。
頭を掻きながら石の上に腰を下ろした俺は、朝食の支度を始める。とは言え、昨晩のスープを温めるのみだが。そうこうしていると、背後からごそごそと物音が届く。振り向くと、匂いに釣られたのであろうモモがテントの中から這い出るようにして顔を出す。
「おはよ~」
「おはよ」
毛布にくるまるモモは、挨拶しながらテントの中から這い出る。スープを掻き混ぜる俺は、優しく微笑みながら返事を戻した。寝ぼけ眼を擦るモモは、俺に体を預けながらそのまま寄り添うようにして隣に座る。欠伸するモモを横目に、俺は温まったスープを御椀によそう。モモに手渡したあと、互いにストレージからパンを取り出して朝食を取り始める。ついでに、今日は二層で試したい作戦があるため、それについての打ち合わせを行う。
「わかった! それなら、いっぱい倒すね!」
未だ眠たそうなモモだが、しっかり理解したと声を上げた。キャンプの片付けを済ませた俺達は、二層へ続く階段に向けて出発した。
俺達は、ハイエナとビッグフロッグの群れを倒しながら直進する。左前方の離れた位置に、冒険者パーティを目にする。恐らく、昨日の目にした人達だ。
「何あれ!?」
そんな中、モモが前方を指差しながら瞳を輝かせて声を上げた。俺が確認すると、草原の中に点々と五つの真っ白な塊が存在する。隣のモモが、突然それらに向けて駆け出す。
「危ないぞ!」
慌てて俺が声を掛けた瞬間、白い塊達が一斉に顔を上げてこちらに振り向く。それらは、頭部に一本の角が生えた一角ウサギだ。モモは気にせず、そのまま奴らの下に駆け寄る。手前の一匹が、角を構えた状態でジャンプしてモモに襲い掛かる。
「よっと」
軽い掛け声と共に、モモは悠々と体を横に逸らして奴を躱す。奴は、モモに合流しようと駆け出していた俺の前に着地する。
「グルルルル」
奴は、ハイエナよりも高音な唸り声を上げている。殺気立つ釣り上げた目付きで、口から牙をむき出しにして涎を垂らしている。
(これなら、遠慮せずに倒せるな)
奴の様子から、俺は直ちにそう判断した。
一角ウサギは、ムーン・ブル周辺にも生息するが俺達は初めて遭遇する。元がウサギなため可愛らしい見た目だが、モンスター化すると獰猛になり肉も食す。強さは、ビッグフロッグと同程度と言われている。
俺は剣を抜き振りかぶる。直ちに、モモに向き直った直後の奴に目掛けて剣を振り下ろす。奴は切っ先が触れる直前にその場から飛び跳ね、剣は空を切る。
「モモ!」
「平気~! ほっと」
顔を上げて奴の行き先を確認した俺は、慌てて声を上げた。緩く返事を戻したモモは、背後から迫り来る奴を流し目で確認して軽い掛け声と共にクルリとその場で180度回転して躱す。これを皮切りに、他の四匹も同時にモモを襲い始める。
「モモ!」
「大丈夫~! 任せて~。あはっ!」
『ズバ!』
再び慌てて俺は声を掛けたが、相変わらず緩く返事を戻したモモはその場で回転するように奴らを躱しながら楽し気に声を上げつつ攻撃を開始する。そして、そのまま奴らを全てを一人で片付けてしまう。
「流石だな!」
「見て! お兄ちゃん! あれだよね!?」
「ああ! たぶん、そうだ!」
我が子の成長を喜ぶかのように俺が力強く呟くと、モモはダガーで先を示しながらこちらに振り向きつつ声を上げた。そこには小規模な森林が存在し、確認した俺も声を上げた。俺達はアイテムを回収し、そこに向かうことにした。
「奥に、なんか見えるよ?」
「たぶん、あそこに階段があるんだろうな」
森林の手前で立ち止まったモモが、奥を覗き込みながら話した。俺も、同様にしながら返事を戻した。奥には、石畳の地面が見える。
「一応、上も注意しろよ。モンスターが、居るかもしれないからな」
「わかった」
俺は声を掛けながら、森林の中に足を踏み入れる。返事を戻したモモは、俺のあとに続く。森林は浅く、直ちに目的地と思われる開けた場所に辿り着く。
「うわあ~。ここが、そうなんだね~」
「雰囲気があるな!」
前のめりなモモが、驚くように話した。憧れを抱いていた俺は、感極まった声を上げた。
眼前に広がる景色は、ダンジョンの外に存在する広場に類似している。差異は、中央に門が無く、建物の残骸が整備されずに野晒しで風化している部分だ。俺達は周囲を警戒しながら残骸を避けつつ中央に向かう。辿り着くと、眼下に横幅が10メートルほどの石造りの緩やかな下り階段が映る。壁にはランプが取り付けられ、明るさは十分に確保されている。
「このまま進む?」
「問題ないだろう。進もう!」
階段の手前から、その奥を覗くモモが尋ねた。同様にしている俺は返事を戻し、続けて溢れ出す歓喜の感情を込めてそう伝えた。俺達は警戒心を強めながらも、楽し気に踏面の大きな階段をゆっくり下り始める。
(やっぱり、入り口付近にはモンスターは居ないのか? ひょっとしたら、ゲームみたいな安全地帯なのかもしれないな。それにしても、ダンジョンに昨日の午後に入って、ぐるっと回ってキャンプしてこのぐらいの時間か。これなら一泊二日でここに来るのも、いいかもしれないな)
階段を下る俺は、周囲を見回しながら先程の返事の曖昧な根拠に理由を付け加えた。森林付近からモンスター達の気配を感じず、この先は襲撃の心配は必要ないのではないかと思案していたためだ。そのあと、今後の予定も含めて思考を纏めた。
階段を建物の二階分ほど下ったであろうか。俺達は、最後の一段から足を踏み降ろす。眼前に空間が広がる。空間は、ダンジョンの出入り口がある広間に酷似している。奥の岩壁に、不自然に減り込んでいる鉄製と思われる厳めしい扉が映る。恐らく、あの向こう側が二層になる。
二層の内部についても、マリーから話を聞いている。そこは、人によってはこう呼ばれている。
地獄だと。
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