三番唄③
地下室に降りてみた。
階段を降りると、巨大な地下室があった。かつては信用金庫の金庫だったものだ。金属製の分厚いドアが半開きになっていた。
ドアには、まるで潜水艦のハッチのように、丸い操舵輪のようなハンドルがついている。外側からハンドルを回してドアを開閉するのだ。
巨大なドアを押してみた。
ぴくりとも動かない。
錆ついてしまったのか、何か挟まっているのか、機械的な故障なのか分からないが、半開きのままだ。
先ずはこのドアを開け閉めできるようにしなければならない。
地下室で何を保管しているのか気になった。
ドアが動かなくなって、貴重品は保管できなくなったので、持ち出したと聞いている。金目のものは無いはずだ。それでも、売れば金になるものがあるかもしれない。
中に入ってみた。
埃っぽい。長い間、使われていなかったことがよく分かる。綺麗好きの功兄でさえ、ここには滅多に降りて来なかったのだろう。
壁際に電灯のスイッチがあったが、反応しなかった。配線もダメになっているようだ。携帯電話のフラッシュを使った。
使わなくなった大型の家具が多い。一階の物置に仕舞い切れなかったもののようだ。売れないことはないだろう。後、春野駒子か父の趣味だったのだろう。絵画や壺、皿、絨毯まであった。値の張るものかもしれない。売り払って金に換えてしまおうと思った。
いくつか段ボールが置いてある。
試しに一番上の段ボールを開いてみる。俺の卒業アルバムだ。しかも小学校の。どうやら、俺が昔、使っていたもののようだ。
懐かしい。
そう思った時、突如、突風に襲われた。
地下室で突風が吹くなんて変だ。そうだ。変だ。だが、突風が吹いたとしか思えなかった。俺は壁際まで吹き飛ばされた。
そして、
――バタン!
と大きな音がした。
何が起こったか、俺には分からなかった。
俺は手に持った携帯電話の灯りで辺りを確かめた。
驚いた。
何と、あの巨大で分厚いドアが閉まっていた。
まずい! 閉じ込められた。俺はドアに駆け寄ると、ドアノブを探した。ない。もとは金庫の扉だったものだ。内側から開けることなど、考えていない。内側にドアノブなんて無いのだ。
押してみた。びくともしない。巨大なドアは俺が力いっぱい押しても動かなかった。
助けを呼ぶしかない。
警察か、消防か、こういう時は消防だろう。携帯電話で消防署に電話をかけようとした。
反応がない。
地下なので電波が届いていないのだ。隆俊叔父を閉じ込めるはずが、俺が閉じ込められてしまった。
「ああ~! くそっ、なんてことだ‼」俺は地団太を踏んだ。
こうして俺は地下室に閉じ込められた。
どうやってもドアが開かない。じたばたと足掻き続けたが、あきらめた。そして、死を意識した。何故か、俺のやったことを誰かに伝えたくなった。
暗闇の中、長々と事件の告白を録音して来たが、携帯電話の充電もそろそろ終わりだろう。何時の日か、地下室を開けた人間が白骨化した俺と携帯電話を見つけるはずだ。
ここにいると、よく声が聞こえる。
――あなたが悪いのよ。この屋敷で悪事を繰り返すから。
そう言われた。春野駒子の亡霊だろうか。だから、俺をここに閉じ込めて、罰を与えたのだ。
――お前が悪いのだ。父亡き後、育ててやった恩を忘れやがって。
これは経兄だ。
――僕が警察に告げ口するなんて思ったの? そんなこと、絶対にしないのに。
これは功兄だ。
そうだ。何故、俺は経兄、功兄を殺してしまったのだろう。
父は会社経営に忙しくて、俺たちの面倒を見る暇が無かった。母が若い男のもとに走り、家を出て行ってからは、家政婦に俺たちの世話を任せっぱなしだった。
志経とは十一、志功とは五つ、年が離れている。俺にとって、経兄は父親代わり、功兄は母親代わりだった。
経兄と言えば、忘れられない思い出がある。
中学生になると虐めを受けた。
会社社長の息子ということが、学年の不良たちは気に入らなかったようだ。休み時間になると、やつらがやって来て、俺とつるむ振りをしながら、小突いたたり、パシリをやらされた。女子生徒のスカートめくりをやらされて、先生からこっぴどく怒られたこともあった。
下校時にもやつらは俺を離さず、ゲームセンターに連れて行かれ、金をせびられた。俺はやつらの財布だった。
そんなある日、何時もの様に、俺がやつらに引きずり回され、町を歩いていると、目の前に経兄が立ち塞がった。
「経兄・・・」
経兄は見たことがないような険しい顔をしていた。
「志尊、帰るぞ」と経兄が言った。
「誰だよ! お前」とリーダー格の同級生が言うと、「志尊の兄だ」と経兄が答えた。そして、やつらに向かって、「いいか、これからは、志尊に構うな。俺が誰だか分かっているよな。お前の父親を潰してやることなんて簡単だ。お前ら一家、路頭に迷わせることだって出来るんだからな」とすごんだ。
その、あまりの迫力に、不良たちは声も出なかった。青くなって震えていた。
以来、俺への虐めは止んだ。いや、むしろ、不良たちから一目置かれる存在になった。俺の学生生活は快適なものへと変わった。
経兄が何故、俺が虐めに遭っていたことを知っていたのか分からない。日頃、俺のことなど、まるで関心を示さなかったが、意外に情に厚い面を持ち合わせていたのだ。
マメな性格の功兄は母親代わりだった。
当時、俺たちの世話をしていたのは、手抜きの多い、怠け者の家政婦だった。経兄が父の後を継ぐと、真っ先にクビにして、家政婦を変えた。だが、それは、随分、後になってからのことだ。
運動会や文化祭など、弁当が必要な時は、功兄につくってもらっていた。
これがもう立派な弁当で、「志尊君のお母さんって、料理上手なんだね」と言われるほどだった。身の回りの世話も家政婦より功兄に見てもらっていたような気がする。
俺が小学生だった頃のことだと思う。
俺たち兄弟三人で遊びに出かけた。
俺が行きたいと駄々をこねて、週末、遊園地に連れて行ってもらった。何故か、日頃、そういうことに無関心な経兄がいた。
一日、遊んだ。経兄がはしゃいでいる姿を始めて見た。功兄も楽しそうだった。
帰り道、幼い俺は遊び疲れて、電車の中で眠ってしまった。
駅から屋敷までは長い坂だ。
今は幽霊坂と呼ばれているが、当時は塩見坂だった。
その長い坂道を、俺は功兄に背負われて歩いていた。功兄の背中が暖かかった。俺はふわふわと夢見心地で功兄に背負われ、長い坂道を登って行った。
あの時のことが、あの時の功兄の背中が、何故か忘れられないの。
俺は何ということをしてしまったのだ。
三人、寄り添いながら生きて来た兄弟を、俺はこの手にかけた。
――何故だ? 志尊。
何処からか声がする。
父か? 経兄か? 功兄か?
きっと幻聴だ。暗闇の中で様々な声がする。
そして、あの指切りの唄が頭の中で鳴り響くようになった。
切っ~た、切っ~た~指切っ~た。嘘ついたら~階段から蹴落とすぞ~
切っ~た、切っ~た~指切っ~た。嘘ついたら~包丁で刺し殺すぞ~
切っ~た、切っ~た~指切っ~た。嘘ついたら~牢屋に閉じ込めるぞ~
経兄は階段から転落して死んだ。功兄は俺が包丁で刺し殺した。そして、俺は牢屋のような地下室に閉じ込められている。
ここで餓死するのだと思ったが、気密性の高い部屋だ。酸素が薄くなって来ているような気がする。餓死する前に、窒息死してしまうだろう。
俺たち三兄弟は指切り唄通りに死ぬのだ。
了
ミステリーで始まり、倒叙形式のミステリーとなりホラーで終わる作品。①犯人の前で別の人物が「自分が犯人だ」と名乗り出る ②倒叙形式のミステリーとし犯人が追いつめられて行く、そして③ラストシーンがプロットの柱となっていた。ラストシーンを描く為に、逆算してプロローグを書いてある。




