85 悪役令嬢は完治した。
目を覚ますと、熱は完全に下がったようで起き上がってもダルさはない。
高熱が一日で下がるのもおかしな気がするけど、咳とかの症状はなかったしそんなものなのかな?
「パトリシア様はお加減はいかがですか?」
マリーが洗面器とタオルを持ってやって来た。
「お熱も下がってますね、もうお昼過ぎですが食欲はありますか?」
お昼過ぎ?嘘でしょ、そんなに寝てたの?確かに朝にしては空が青いと思ったら
「えっと、軽いものをお願い」
お腹は減っているけど、そこまでガッツリ食べられそうにない。
「あっそういえば、カイル様とエリオット様がいらっしゃってるんでした」
何故二人が?カイルは多分お父様から聞いたからだろうけど、エリオットはどうしたんだろう。
「マリー、食事は大丈夫だから、着替えを頼める?」
私は着替えを終えて、応接室に向かった。
扉を叩いて部屋に入ると、みんなの視線が私に集まってきた。
「お姉様、おはようございます」
アリシアがニコッと笑った。私はアリシアの隣に座る。
「パトリシア、具合はどう?」
エリオットも知ってるのか、アリシア達から聞いたのかな?
「もう平気よ」
「お姉様、夢は見られました?」
「夢?」
急にどうしたんだろう。
「えーと、熱があると夢見が良くないって聞くから、姉さんは大丈夫だった?」
そうなんだ、高熱だとうなされたりするって言うし、それと同じかな?
「見ていたのかもしれないけど、覚えていないわ」
忘れるぐらいだから、大した夢じゃなかったんだろうな。
「そっか」
シーンっと沈黙が流れる。
え?悪夢を見ていたほうが良かったの?面白い夢の話を期待されていたの?
「期待に添えなくてごめんなさい」
「いや、悪い夢だったら覚えていない方が良いんだから、気にしないで」
エリオットが苦笑する。
他愛のない話をしていると、扉を叩かれる。
「お話中すみません。アリシア様午後の授業のお時間です」
デイジーがアリシアを呼びに来たようだ。
「はっ、すっかり忘れてました。お姉様、行ってまいります」
「いってらっしゃい」
アリシアはすくっと立ち上がり、デイジーと一緒に部屋を出ていった。
そういえば、起きてから時計を見ていなかった。時計に目をやると、14時を指していた。
「僕もそろそろ剣の稽古に行かないと」
アリシアが部屋を出てから十分程経ってから、セシルも立ち上がった。
「姉さんは病み上がりなんだから、無理をせずに休んでね」
セシルを見送ると、また沈黙が流れる。
あれ?今日、カイルは一言も話してない気がする。
「パトリシア、ちょっと温室に行ってもいい?」
沈黙を破ったのはエリオットだった。
久しぶりに来たから、植物の様子を見ておきたいのかな?
「ええ、一緒に行きましょうか」
「ちょっと気になることがあって、一人で調べておきたいから、二十…三十分くらい一人で見てていい?」
気になること?まあ、エリオットなら大丈夫か
「そう、分かったわ」
エリオットが部屋を出ていった。
よくよく考えたら、エリオットがいなくなったらカイルと二人きりだ。
どうしよう、気まずい。何か話してくれれば良いんだけど…そんなことを考えていたら、カイルが無言のまま、私の隣に座った。
「カイル様?」
カイルが私の手を握る。いつもと違って元気がない、どうしたんだろう。
「……パトリシア」
具合でも悪いのかな?顔色が悪いような気がする。
「大丈夫ですか?」
カイルに握られていない右手で、頬に触る。少し冷たい気がする。
「パトリシアは、私のことどう思ってる?」
私の右手も握って、寂しそうな顔をしているカイル。私が部屋に来る前に、何かあったのかな?
「私は…カイル様のこと信頼していますよ」
…信頼はしているけど、まだ信用はしていない。
でも、何かあったときに助けてくれるから、完全に信用していないわけではない。
「良かった」
カイルは小さく呟くと、私の肩に頭を乗せてきた。
病み上がりの私に接触して、風邪を引かないと良いんだけど。
それにしても、いつまでこの体勢でいたらいいんだろう。カイルの髪が顔にかかってくすぐったい。まあ、元気がなかったみたいだしたまには良いか。
私は顔にかかった髪を退かすために、カイルの頭を撫でた。髪質が柔らかくて気持ちが良い、幼児のシャルル様と同じ触り心地だ。赤ちゃんのときから髪質が変わっていないのかな
触り心地が良くて、退かすつもりで触ったのに撫でる手が止まらない。
「…あの、パトリシア」
「何ですか?」
「私の頭を撫でて楽しい?」
「はい、カイル様の髪、柔らかくて気持ちが良いので大好きです」
シャルルの髪も…と言おうとしたが、カイルは私の肩を掴んで離れたあと、顔をそむけた。
顔が赤い、風邪が移ったのかな?顔色が悪かったし、免疫力が低下していたのかも。
「カイル様、大丈夫ですか?」
顔を覗き込むと、ふいっと逸らされた。
「うん…大丈夫だから、少しそっとしておいて欲しいな」
カイルは両手で顔を隠して俯く。
「分かりました。先に温室に行ってますね」
私が立ち上がろうとすると、手を引かれて座らされる。
「行かないで、もう少し隣に…」
カイルが怒られた犬に見えて、不覚にもキュンとしてしまった。
結局、エリオットの言った通り三十分くらい経った後、温室に向かったが、迎えの馬車が来たようですぐに帰ってしまった。そして、エリオットが何を調べていたのかも聞けずに終わった。




