甘味な美酒に酔う
「疲れた」
みんなに祝ってもらえたのは嬉しいけど、挨拶回りやらで表情筋も疲れてしまった。
ベッドに腰をかけてボーッとしていると、控えめに扉を叩く音が聞こえた。…こんな時間に誰だろう。
「はーい」
扉を開けると、グラスを二つとボトルを持った寝間着姿の姉さんがいた。
「よかったら、一緒に飲まない?」
流石に僕の部屋に入れるわけにはいけないため、僕は部屋からカーディガンだけ持って出てきた。
「リビングに行こう。それは僕が持つから、姉さんはこれ着て」
姉さんからグラスとボトルを受け取って、カーディガンを羽織ってもらった。
リビングについて、ソファに座る。
「この果実酒ね、初めてお酒を飲む人でも飲みやすいみたいなの」
姉さんが楽しそうにコルクを開ける。そういえば、姉さんって酔ってカイル様に失礼な事をしたとか、してなかったとかがあったような。
「はい、セシル」
姉さんからグラスを受け取る。
「セシル誕生日おめでとう」
グラスを合わせると姉さんは優しい笑みを浮かべそう言った。
「ありがとう姉さん」
僕は早速、お酒を口にする。姉さんの言っていた通り、お酒特有の匂いもあまりしない甘くて飲みやすいものだ。
「美味しい」
「セシルの口にあって良かった」
姉さんは嬉しそうに笑っている。
「姉さん、お酒強くないんでしょ大丈夫?」
「このぐらいじゃ酔わないわ。それに…カッコいいお姉さんっぽい事をしてみたかったから」
少し顔を赤くしてはにかむ様子は、カッコいいというより可愛いの方が合っている。
このぐらいなら姉さんも酔わないと言っていた、それに僕も大丈夫だろう…なんて思っていたが
「セシル、本当に大きくなったわね」
姉さんはふにゃふにゃとした口調で僕の頭を撫でる。
「少し前まではこんなに小さかったのに」
姉さんは人差し指と親指の間の数センチでサイズを例えている。
「姉さん、あのときの約束忘れてないよね」
姉さんとダンスの練習をしているときに交わした約束。
「もちろん覚えているわよ。セシルもついに社交界デビューね」
酔っていても姉さんは、ちゃんと覚えていてくれたんだ。嬉しいな。
「あ、でもね、もしエスコートしたい人がいるようなら、私のことは気にしなくていいのよ」
エスコートしたい人…
「セシルもそういう年頃でしょ、好きな人の一人や二人いるんでしょ」
好きな人…
「僕が好きなのは姉さんだよ」
お酒が入っているせいか、言うつもりはなかったのに口走ってしまった。
「嬉しい、私も大好きよ」
姉さんが僕を抱きしめてくれた。姉さんの好きと僕の好きが違うことは分かっている。でも、姉さんの婚約者のカイル様はきっと、言われたことはないんだろうなと思うと少し優越感に浸ってしまう。
姉さんの髪を撫でていると、姉さんはどこか悲しそうな笑顔をしていた。
「セシルは今幸せ?私はね、セシルとアリシアが幸せだと嬉しいの」
姉さんは前に言っていた。僕には幸せになってほしいと…
「幸せだよ。大好きな姉さんにこうして祝ってもらえているんだから」
「うぅ…せしるぅ~」
姉さんは僕の服を掴みながら、ボロボロと涙を流している。
「姉さん、大丈夫?」
「しぇしるが…いいこにそだって、うれしい」
濡れたまつ毛に潤んだ瞳で僕を見上げている姉さんは、呂律が回ってないのか、口調が少しへにゃへにゃとしている。グラスの半分しか入れてなかったお酒を飲んだだけなのに、こんなにお酒が弱いとは…
姉さんの社交界デビューの日、父上と一緒じゃなかったら危なかっただろうな。
僕は袖で姉さんの涙を拭くと、姉さんはへにゃっと笑った。可愛い…カイル様もだけどアリシアの前でもお酒を飲ませるのは危険だ。
グラスに残ったお酒を飲み干すと、隣に座る姉さんはうつらうつらとしていた。
「姉さん、部屋に戻って寝な」
「う〜ん」
これはダメそうだ。仕方ない。
「姉さん、おんぶと抱っこどっちがいい?」
「…だっこ」
姉さんは子どものように両手をあげている。姉さんの背中に手を回し、横向きの状態で抱き上げる。その間、僅か数秒だったが、姉さんは眠っていた。
リビングを出るとタイミングよくアンナがいた。僕はリビングの片付けを頼んで、姉さんの部屋へ向かう。
扉を開けると、猫のダリルが伸びをしながらこちらに近づいてきた。喉を鳴らしながら足に擦り寄ってくる。この猫は、カイル様やダリル(人間)に威嚇をしたりと唸ったりしているようだが、僕には懐いている。
姉さんをベッドに降ろすと、ダリルも軽快にベッドに跳び乗って、姉さんの近くで丸くなって眠りにつく。
顔にかかっている髪を耳にかけ、そっと頭を撫でる。
姉さんはきっと、明日には今日話したことも忘れているんだろうな……僕は忘れないけど。
もう少し寝顔を見ていたいところだけど…
僕は毛布を肩まで掛けてあげて、部屋を後にした。
翌日、姉さんは申し訳なさそうにしていた。
「ごめんなさい、ベッドまで運んでもらって」
僕が運んだことをしているとは、アンナから聞いたのかな。
「姉さん、昨日のこと覚えてる?」
僕がそう言うと、姉さんの顔はみるみる赤くなる。
「……このことはアリシアには言わないで」
「言わないよ。でも、何でアリシア?」
アリシアに話したら、抜け駆けだ何だと僕は責められるに違いない。
「アリシアにはカッコいいお姉さんでいたいの」
姉さんは昨日も同じようなことを言っていた。
「僕の前では、カッコいいお姉さんでいるのは諦めたの?」
少し意地悪なことを言ってしまった。
「あんな醜態を晒したのよ。もう格好つかないわ」
姉さんは少し涙目になりながら、真っ赤な顔を必死に隠している。
「ふふ、姉さんは可愛いね」
思わず、口にしてしまった。姉さんの顔を見ると先程まで真っ赤だった顔は元に戻り、不思議そうな顔をして
「セシル、まだお酒残ってる?」
と言った。
「どうだろうね」
これに懲りたら、アリシアの誕生日にはしないだろう。




