水縄山地の移民船 1
バラバラに砕けたドライアイスメテオが大気圏に突入した時の輝きを完全に失って夜の大気に静寂が戻った頃、2個目のドライアイスメテオがハワイ沖の太平洋に吸い込まれるように沈んでいった。
その衝突面からは白い蒸気が上空目掛けて立ち上り、最上部で広がってゆく傘の面積を更に広げていく。
ドライアイスメテオを取り囲んで随伴していた100隻程の連盟艦隊は大気圏突入後に四方八方へ散ってそれぞれに与えられた目的地目指してまっすぐ飛んでいってる。
スターキッドは連盟艦隊最後尾の後方をステルスモードで追っていたけど、アイリーンは連盟艦隊に続いて大気圏へ突入するのを躊躇っていた。
「離脱する」
アイリーンはそう言うと、操縦桿を一杯に引き上げUターンして錐揉み半回転しながら地球に突入した連盟艦隊とは真反対側から大気圏へ突入する。
「Aちゃんシールド解除、速度落として…視界が悪いわなんとかならない?」
昴くんの家族のことが気掛かりなのは当人だけではない。
昴くんのために少しでも早く行きたくて焦っている。
〈目的地は久留米市の昴くんの家です。有視界飛行は無理だから僕が連れて行きますね操縦桿から手を離してもらえますか〉
スターキッドAIが自分の機体を操作している時でもアイリーンが操縦席に座って操縦桿を握ったら自動的に手動操作に切り替わるようにしていた。
アイリーンが過去に言ってた『キッドはビビリだから本当に命が掛かっている時はうちが操縦する。後悔はしたくないからね』のなごりが続いているのにしか他ならない。
「どのくらいで着くの」
ナビの軌跡を見るとアフリカ大陸辺りで大気圏に突入して今はインド上空を飛んでいることになっている。
〈あと5分くらいです〉
「本当に視界が悪いわね白くて周りが全く見えないんだけど、それにあの光は何なのもしかしてうち達雷雲の中を飛んでるの?」
〈いいえ、アイリーンが破壊したドライアイスメテオの核が微粒子になって大気中で巨大なエアロゾルを形成し見通しが悪くなっているんですよ、衝突による衝撃波で大気も震えて稲妻が凄い勢いで発生してますね、あと地上では太平洋の真ん中に落下したメテオの影響で地震が継続して起きてます。日本の太平洋沿岸に津波と言っていいのか、強いて言うなら海が襲いかかって来るのは5時間後ですね〉
「地震の震度がどのくらいか分かる建物は無事なの」
〈震度は分かりませんけど、地球が小さく身震いしている感じです。地上の建造物は壊滅状態です。スクリーンに出しますか〉
「やめて、昴くんの家に行くのよそれまで何も見ない聞かないわ」
アイリーンの声がひきつっている。
(やめてよね、あれだけ巨大なドライアイスメテオが衝突したんだから、どれだけ甚大な被害が出てるか想像…もしたくないわ、だから最初からディスプレイもマップナビにしてるのに)
昴くんはアイリーンの声から表情が真っ青になって泣きそうになっているのではないかと心配になった。
「愛鈴さん大丈夫だよ、僕が付いていてあげるから安心して」
昴くんがピエロの側を離れて操縦席に座っているアイリーンの前に入り込み手を握りしめる。
「最初の時みたいに一緒に座ろう…」
そう言いながら、コクピットの操作卓を叩いて座席を調整し宇宙服を着たアイリーンの上にゆっくり座っていく。
〈もう着きましたよ。スクリーンに出すので見て下さい、あっ、日本支部管轄の移民船から起動信号が届きましたもう直ぐ飛び立つみたいです〉
スターキッドAIが告げてくる。
スクリーンに映し出されているのは夜景だと思う。
黒塗りのベタ画面で何も見えない。
「もう、キッドったら最初から暗視モードにしときなさいよね」
〈いえ、昴くんにやってもらおうと思いまして残してました〉
アイリーンに抱えられた昴くんがビクッとする。
「暗視カメラモードに切替ます」
昴くんが操作卓に入力していく。
スターキッドAIはアイリーンの上に昴くんが座った時点で訓練を兼ねるだろうと考え、わざとレスポンスに遅れが生じるように調整していた。
地上は戦争で破壊された市街地みたいな状態が画面一杯に映し出されていて、その中を走っている人、歩いている人、座り込んでいる人、倒れている人が見える。
「うち達では助けてあげられないのよね…」
アイリーンが苦しそうに独り言を漏らす。
「仕方がないよ、スターキッドには助けを求めている人たち全員を乗せられないし」
昴くんはアイリーンを慰めたいのだけどいい言葉が見つからない。
「そろそろ、自分の家を探した方がいいのではないですか」
新月さんが昴くんに優しく言葉を掛ける。
既に豊福家の上空から地上を見下してたのだけど、新月さんは昴くんに自分の家族を探したらと言いたかったのだった。
「うん、家は壊れているけど車が見当たらないから帰って来てないと思う、学校が避難場所になってるはずだから…」
そう言いながらカメラを動かしていくけど、もはや道路と呼べるものは存在してない。
学校近くのがれきが散乱した所、元は道路だったと思われる場所に車が無造作に放置されている。
その中に見知った車を見つけ、ズームアップして自分の家の車と氷室さんちの車が見つかった。
崩れているがれきの中などを熱センサー・音センサー・動センサーで探したけれど人が埋もれている様子はない。
(学校に避難したんだろうな…)
「あっ!」
カメラを操作していた昴くんが声を上げる。
「愛鈴さんあそこ、グラウンドの人が集まっている中に父さんと氷室さんの両親がいるのだけど…あの中から助けるのは無理だよね」
(無理だとは分かっているし他の人と一緒にいる様子だから、無理して連れて来ない方がいいんだけど、胸が痛いよー)
「そうね、分かってもらえるとうちも助かるわ、でも…苦しいよね」
(そうだった、愛鈴さんのお母さんもここに住んでいるんだった、新月さんも仲間の事を何も言わない、この状況の中では僕たちは何て無力なんだ、見てるしかできないのか)
「山が崩れてる!」
新月さんが小さく叫んだ。
新月さんは日本支部管轄下にある移民船が水縄山地そのものであること、高良会館が船の操舵室になってること、ミステリーサークルを形取っている神護石の中心が移民船への出入口になっている事などを成富支部長から聞かされていたので半信半疑のまま自分の受け持っている外部モニターカメラで水縄山地の西端にある高良会館を監視していた。
移民船が活動を始める時、周囲への被害を最小限に留めるために水縄山地の特性を活かして、つまり水縄山地の下には大きな地下水脈が筑後川と平行するように東から西向かって最後は有明海に流れ出しているのだけど、この地下水脈へ移民船の周囲にある土砂を流し込む事によって水縄山地の山肌が内側へ徐々に崩れていき麓への大規模土砂災害が起きないように考慮されている。
その様子はあたかも泥にまみれた自家用車の屋根に水を掛け続けたとき上部から少しづつ本来の姿が現れてくるのに似ていた。
上部の土砂が流れ落ちた移民船はスムーズにゆっくりと上昇しながら船体に最後までまとわり付いていた土砂を払い落としていく。
「大き過ぎなんじゃない、殆んど山地と同じ大きさよ」
アイリーンが恐怖に近い声を出す。
後になってこの移民船が宇宙に出た時『そんなに大きくなかったのね』と漏らすのだが、それは比較対照物の大きさが地上では民家、宇宙では地球と極端に違いすぎるからだった。
移民船が完全に姿を現すと山の尾根が大きく凹んで変わり果てた水縄山地の姿になってる。
(移民船に土を被せて山にカムフラージュしてたんだから当たり前なんだろうけど、やるせないなあ)
移民船がその全体像を表せる高度まで上昇したところで止まって羽を広げていく、その羽が少しの間、暗闇の中で白っぽく光った。
「うわぁ、巨大なモンシロチョウだぁ」
アイリーンが今度は感嘆の声を上げる。




