75.ラブレター?
(もう艦長も年の割にお茶目さんなんだから)
「何だと思います? ふう……」
(付き合っちゃぁいられないな)
アルビレオはしらけてしまい深いため息を付いた。
アンプルの中身は即効性のアルコール中和剤で酒好きの幹部に会いに行く連絡係の必需品になっている。
「目は覚めましたか、酔いざましを飲んでもらいました」
「まだ頭がふらふらする。夢見が悪かったのかなあ」
「もう少し優しく起こせば良かったですね。すみません。まだ寝てもらってても良かったんですが事後報告も良くないと思いまして」
「ああ、スターキッドがこっちに来てるんだったな接触予定時刻は分かってるのかい」
「いえ、スターキッドが読ませてくれないのです」
「そうかわかった、艦橋へ行くからもういいよ、着替えるから向こうで待っててくれないかい」
「了解です」
アルビレオがピシッと敬礼して部屋を出ていく。
(キャプテンアイリーンが一体何を考えてるのかわからない、ただ見てるだけなら良いんだけど、そうもいかないだろうなぁ)
アリオン艦長が艦橋を離れるときには副艦長のブランガスに指揮権が自動的に移行するようにしていた。
そしてブランガスは賢いので、報告・連絡・相談は全て事後の引継ぎ時で良いと決めている。
アリオンは事あるごとに彼のことを『ズル賢い奴』と言っていた。
相談についても事後というのは変な話しなのだが、いちいち自分の元へ相談に来られても無駄な時間が発生して対応に遅れが生じるので重大事以外の判断は全て彼に任せている。
(スターキッドがこっちに来てるのはもっと早目に知りたかったな)
アリオンは艦橋に入ったけど艦長バッチに休憩中シールを貼っていたので指揮権がブランガスから変更されることはなかった。
「艦長、来られたのなら指揮を変わってくれませんか」
アリオンを視界に入れるなりブランガスが言う。
「僕はまだ休憩中だからごめんだね、交代してまだ3時間だろ僕のことは気にしないでそのまま艦長業務続行をお願いするよ」
アリオンは胸に付けてる流星マークを指差しながら言った。
(ブランガスのお手並み拝見と言うところかな、滅多にない機会だし)
「了解です」
ブランガスは膨れっ面になり休憩中のアリオンに敬礼をして諦めた。
船外の状況は刻一刻と変化してるのでうだうだ言って時間を浪費している暇はない。
(そうは言ったものの、スターキッドが突っ込んで来た時に計画通り捕縛出来るか少し心配だなぁ)
艦長席に座れないアリオンは簡易固定型丸イスを持ってきて索敵士ウサギ座ニハルの後方にセットする。
「艦長、後から見られると気が散りますので横に来て手伝って欲しいです」
ニハルにお願いされたので仕方なく……いや喜んで補助席に座りモニターを操作しながら索敵に参加した。
「スターキッドはやって来ますかね」
補助席に座ると直ぐにニハルが話し掛けてくる。
このまま放置するとお喋りニハルのエンドレストークが始まってしまう。
「ニハル君、今は索敵に集中してくれないかな、長くてよく聞こえる耳を持っていてもお喋りしていたら聞き逃しますよ」
最初は優しく注意してだんだん注意の仕方を強めていく。
だけど過去に5分以上お喋りが止まったことはない。
終いには独り言を延々と喋り出す。
「はあ……今日も止まらなくなってしまったみたいだ」
アリオンの諦め言葉を受けてニハルのマシンガントークが益々調子に乗ってゆく。
「艦長、今から何分後にスターキッドが現れると思います。僕はあと90分から120分の間に索敵に掛かると思いますよ」
(スターキッドが早く現れてくれたらこのお喋りも終わるよな)
「30分以内に来ると思うよ」
アリオンが希望的観測を言ってみた。
艦橋の中に居る誰もニハルのマシンガントークを積極的に止めようとしない。
それには理由があって、いつも綺麗な声で歌うように喋っているのでバックグラウンドミュージックの代用として聞けない事もないのと、時々予言めいた重要な事を口走るからである。
今日も今日とてニハルの予言が始まった。
「・・・冬のぎょしゃ座のカペラにスター・キッドが重なって北風めいた口笛を吹きながら……煌めく星の光に隠れこちらを伺いもうすぐ光の矢となることでしょう……」
その歌声を聞いた艦橋の何人かが食いつくようにモニターを注視する。
「スターキッドです! ステルス機能を展開して不規則に飛行しているので索敵に掛からなかった模様、接触まであと2分……4分スターキッド減速……いえ、加速しました。接触まで90秒、更に加速!」
索敵士のペルシアンがおろおろと甲高い声で報告してきた。
「艦外待機中の高速艇による捕縛作戦開始、全機展開!」
ブランガスは素早く判断し適切に指揮する。
スターキッドAIは嘆いていた。
〈見つかっちゃいましたよ、ステルス機能は正常に作動してるのでエスパー並に勘がいい人があちらに居るみたいですね〉
「急加速と急減速を交互に行ってからトンネル手前で急停止できるかしら、少し混乱させたいのよね、でも昴くんが耐えられる範囲でよ」
アイリーンは膝の上に抱えている昴くんの体を心配してAIに指示を出しているけど、最悪の時は眠ってもらうしかないとも考えている。
〈段階的にやりますね、苦しい時は声を出して下さい……いいですか〉
「頑張ります。でも、僕を抱えている愛鈴さんが耐えられるのに僕が先に根を上げたら情けないよね」
「うちは宇宙服で昴くんの荷重を支えているから大丈夫って言ったよね、昴くんも新品の宇宙服を着てるんだから大丈夫とは思うけど気分が悪くなりそうになったら早目に教えてね」
当然昴くんが着ている宇宙服はルナ・ターミナルの雑貨屋で仕入れたものだ。
買ったばかりで大雑把な調整しか済んでいないのでテストを兼ねているのだけどアイリーンに背後から抱っこされている昴くんはすごく恥ずかしくそしてもどかしい。
〈前方戦艦の後方から小型艇が多数出現、現在128機スライドまで60秒〉
「一気に出てきたわねうちをどうする気なの? あっダメ! 直ぐ上昇して最大加速」
アイリーンの叫びと同時に密集隊形を取っていた連盟の小型艇があたかもベテランの漁師が投網を円錐状に投げるように磁気緩衝ネットを広げスターキッドめがけて覆い被さってくる。
「躱せるかしら」
〈大丈夫、でも昴くんが悲鳴も出せないほど苦しんでませんか〉
「グゥ、愛鈴さん……限界かも」
昴くんが泣き言を言う。
「もうちょっとだから頑張ってよ、Aちゃんあの磁気緩衝ネットを躱したら反転してもう一度正面に回って、こっちの防御磁場も切ってちゃんと挨拶をするわよ」
アイリーンが最後まで言い終わらない内にスターキッドAIが応答する。
〈きりもみ反転しま~す〉
「鉄つぶて弾連続発射! そのまま直進……弾は追い越さないでよ」
アイリーンが一瞬で考えた作戦はスターキッドが発射した鉄つぶて弾を敵が展開している磁気緩衝ネットに絡め取らせて閉じさせる、その間に悠々とすり抜ければ良いということ。
「いまさらだけどあれは敵と呼んでいいのよね、それとも戦ってないから敵とは呼ばないのかしら、まあこの際どっちでもいいわよね」
アイリーンは自分で発案した作戦が思った以上に効果がバツグンだったので上機嫌になっている。
敵の小型艇が鉄つぶてを抱え込んだ磁気緩衝ネットの解除に手間取っている間に堂々と真ん中を通り過ぎて行く。
当然の事ながら敵の中型艦や戦艦はスターキッドの高速運動に付いて行けないし、砲撃すれば味方に命中しそうなので最初からその場を動かず戦況を監視している。
その方が悪戯に艦列を乱さないので今より不利になることはない。
追加の小型艇を発進させたところで間に合うわけもないので 無理をせず攻撃準備を整えスターキッドが通り過ぎた後、自軍に当たらないように射線を考え砲撃を開始する。
「なかなか賢いじゃん、よしよし」
アイリーンは有頂天になっていたのかも知れない。
敵艦隊をある程度やり過ごすと正面のメインスクリーン一杯に巨大な白い球体が全容を現す。
「アイリーンしっかり目に焼き付けるんだぞこれは2個目だな3個目は……あった。トンネル手前でまだ生成中だ中心コアはしっかり見えてるな、それにしても思ってた以上にでかいぞ、いけそうか?」
九論が浮かれて踊り出しそうになっているアイリーンを落ち着かせるような口調で言う。
「うん大丈夫、1個目はまだだいぶ先よね早く追い付かなくっちゃ、それにしても目の前のあれは戦艦よねうち達に攻撃出来るのに撃って来ないわね」
アイリーンは何かの罠かもしれないと急に不安になっていく。
スターキッドが十分安全な距離を取ってその戦艦とスライドした時に一方的な通信を受信した。
〈アイリーン、メールが届いたよ〉
スターキッドAIが場違いな言葉を告げる。
「ウイルスかも知れん直ぐに凍結しろ」
九論が誰でも最初に思いつく常識的な事を指摘した。
〈でも、宛先が「Dear my girl」で差出人が「おうし座のオビス」になっているんだけど〉
「オビス司令官から? 誰に……」
アイリーンは新月さんを見て『あなたオビス司令官と知り合いなの』って顔をしてみる。
新月さんはアイリーンの表情を読み取って首を横に振ってみせた。
「それってラブレターだよ」
少し元気を取り戻した昴くんが楽しそうに口を挟む。
「「 〈ラブレター?〉! 」」
スターキッドのコクピット内に疑惑の歓声が沸き上がった。




