幼馴染み 1
月より火星方面へ56万7千Kmの彼方ではドライアイスメテオ作戦のために地球防衛連盟艦隊の約80%にあたる7艦隊7万人の連盟宇宙人たちが集結していた。
作戦も最終局面に入り旗艦マリンの艦長アリオンが配下の全艦隊に対して最後の演説をしている。
「・・・。そして過去を振り返れば、地球上で地球人による宇宙人狩りが本格化してから既に14年が経過している。地球上から人類を排除するメテオ計画も開始から5年目を迎え、残すところあと20時間で完了を迎える。これまで大きなトラブルも無く今日を迎えられた事に感謝の気持ちを伝えたい。そして最後にもう一度言う。本作戦に反対し妨害してくる可能性がもっとも高いスターキッドの一味が我等の包囲網をくぐり抜け、今現在ルナ・ターミナルで補給中なのは周知の事実になっている。彼らは戦わないと声明を出しているが我々はその言葉に惑わされることなく任務を完遂させなくてはならない。既に1個目のドライアイスメテオは発射完了している。予定よりスケジュールを早めているので順調に進めば、あと24時間後にはルナ・ターミナルでの休暇に入れる。皆の最後の努力に期待する。以上」
アリオン艦長は全艦同時通信システムのスイッチを切って溜め息をついた。
「オビス司令官の無理難題も取り越し苦労に終わりそうで良かったよ」
そう独り言を言いながら部屋の中央に置かれている応接セットのソファーに倒れ込んだ。
(今日のお仕事はこれにて終了っと、後は部下たちに任せて僕はお休みなさいだ)
テーブルの上には表面がびっしりと結露している氷で満たされたグラスに琥珀色の液体がツーフィンガー分だけ入れられた状態で載っている。
最後の演説が終わったら炭酸水を入れて飲もうと思って用意していた地球産のウィスキーだ。
アリオン艦長は外見がほとんど地球人と変わらず本人もかなりの地球人びいきなので嗜好品は地球から取り寄せた物ばかりである。
一口に宇宙人と言っても多種多様の人種が混在してるけどその半数近くが地球人とほぼ同じ体型いわゆるヒューマンタイプのほうが多い。
だからと言ってその全員が地球人びいきなわけではなくガルメニ星人なんかは地球人嫌いの代表格で知られていた。
太陽系内に出没した情報は無いけど系外では地球人擁護派や保護派の宇宙船を見付けては破壊して回っているらしい。
地球人排斥派は『今では4万人の純血種の地球人が宇宙で生活しているのだから種の絶滅の危機には程遠い、地球上の人類は全て淘汰すべきだ』と主張し自分たちの正当性を押し進めてきた。
その結果、数千年に渡って論争されてきた『地球を蝕んでいる人類への対応』を排斥派の主張通りに結論付けてしまうことになるのだけど、そこには地上で発生した宇宙人狩が大きな要因になっている。
その後数年に渡って実行方法についての話し合いが行われ、最終的に巨大なドライアイス隕石を海洋に投下させる事になった。
その影響は衝突によって起きる巨大津波で地表の人工物を洗い流し、昇華した二酸化炭素の雲と潜熱により海水面や地表が瞬く間に凍りついていき、同時に酸素欠乏症で生き残った地球人を死滅させ大気中の成分変化による極端な気象変動も起こさせる。
因みに、その時点で却下された他の方法には、地球の自転を断続的に停止させ地滑りと津波によって地表面の構造物を破壊させる方法とか、地殻のマントル移動を加速させ地表面をひっくり返すもの、全ての火山よりマグマを吹き出させ世界を焼き尽くすもの等があった。
しかしそれらの案は青い地球の再生に時間が掛かり過ぎる等の理由で落選になっている。
当初の目的が人類の間違った方向に発展した文明を白紙に戻すためだったので、多少人類が生き残っても自然の中で他の動物達と同じ姿で共存して生きていく分には問題ないだろうと多くの宇宙人は考えていた。
何にせよ、あと数十時間で今回の計画は終わり数十年後には地球観光旅行が再開され、半世紀後にはアステロイドベルトに建造された人工惑星へコールドスリープしてその時を待っている地球人が移り住む。
遥か遠い未来には地球を含む太陽系が元地球人の手に戻され統治させる計画にもなっていた。
今は計画の第一段階になっているドライアイスメテオ作戦だけが公表されていて地球観光旅行再開時期と地球出身者への太陽系返還は情報遮断されているので評議会メンバーしか知らない。
アリオン艦長はその事をオビス基地司令官より知らされたうえで実行艦隊の総指揮官に任命されていた。
(最初は嫌々引き受けたんだったよな、その時は長い5年間になるだろうと思ったけどもう終わるのかと思うと何か寂しいな)
近未来に地球を観光してるだろう自分の姿を想像しながら薄笑いを浮かべ冷えたグラスの中身を一気に飲み干して少しむせる。
(しまった、炭酸水で割るんだった…)
氷が溶けて少しは薄まったとは言うものの、ほぼストレートに近いウイスキーを一気に飲んでしまいアルコール成分が急速に頭に回ってきて睡魔に襲いかかられるのを感じた。
薄れ行く意識の中、ドライアイスメテオ計画が始まった翌年の9月になって地球防衛基地のオビス司令官に呼び出された時の事が甦ってくる。
時は過去に遡り2018年9月地球防衛基地司令官室の扉の前でアリオン艦長は罵り文句を考えていた。
『オビス、ひどくないかい』
司令官室の扉を開け1人で執務しているオビスの姿を確認すると抑えていた感情が解き放たれて、用意してたのとは別の言葉が思わず口をつく。
『やあ久しぶりだねアリオン、帰って来るなりの開口一番で君の懐かしい悪態を聞けて僕も嬉しいし何も変わっていないようなので安心したよ、でもまあ休暇を与えて故郷に呼び戻したのだから少しは感謝してもらっても良いんじゃないかと思うのだけど』
オビス司令官はペンを置いてアゴの下に手を組みながら真っ直ぐアリオン艦長を見ていた。
『休暇なら艦の中でも出来たさそれをこんな扱いをしてから強制送還と同じじゃないか』
アリオン艦長は憮然とした態度を取っている。
『君が旗艦の艦長席に座って「今日はここで休暇を楽しむ」とか言ったところで休日にカウントされないことは知ってるだろう。自分の艦では何をしても業務になってしまうから大変だとは思うよ、ルナ・ターミナルにでも遊びに行けばいいんだろうけど、君はそっちに行くよりこっちに帰って来る方を選ぶだろう』
2人は地球防衛基地の研究施設で優等性遺伝子を組み込まれた体外受精によって幹部候補生として生まれ育った幼馴染みだったし、今は部屋に2人きりなのでお互いが友達口調で喋っている。
アリオンの方が2つ年上のお姉さんなのだが、幼い頃より男子と同じに扱われてきたので女性らしく振る舞う術を知らずに育った。
努力家で知識と能力の全てにおいて他を寄せ付けないエリートなのだが『ディスクワークだけは絶対にしたくない』が口癖で未だに現場から離れようとしない。
(往復10日の旅程は休暇に入ってる、今日も休暇に入ってるはずだ、それでもあと14日休まなくてはいけないと思うと頭が痛いぞ、さすがにこの2年間1日も休日を取らなかったのは不味かったかな、管理職なんだから誰からも文句は出ないと思っていたんだけどまさかオビスにストーキングされてるとは夢にも思わなったよ、そうだ残りの休みは24時間オビスにべったりくっついて過ごしてみようか…意外と鬱陶しくなって早く帰れと言い出すかも知れないな)
『それで会って話したいと言う個人的緊急案件って何かな』
アリオンは今の考えを実行に移す前にここへ呼ばれた本題を先に聞かなければと思った。
『3ヶ月程前の話なんだが、地球人の移民先になっているケンタロスアルファ星C2で移民船が襲撃されたとの情報が入った』
『またガルメニの奴らかい、いつも証拠が無くて立件できずに噂話程度で終わってるけど、僕たちにはあまり関係ない話しだろう』
『それがどうも今回はアイリーンの一行っていうのかアイリーンの単独犯らしいんだ、情報が正しければの話なんだけど』
(情報源はアシュラなんだから間違いないけどね)
『その情報は間違ってるね、ヒーローアニメじゃあるまいしまさか信じたりしてないよね、怒るよ』
(ほら、直ぐにそう言う)
アリオンは久しぶりに聞いたアイリーンの名前に驚きながら返事した。




