かぶと山のタヌキ
さっきまで翔の中に居た昴くんはもう消えてしまったようで声もしなくなった。
「じゃあ聞こえてなかったんだね昴が言ってきたんだ、宇宙人が地球を攻撃して地球人を絶滅させるって、他の人たちに話しても信じないだろうしもう時間がないから僕たちの家族だけでも助けるので迎えに来るって」
(記憶の共有は一瞬で終わったのに、言葉にするってこんなに難しかったのかなぁ)
「えっ何よ、その悪い冗談で凝り固めたヘタなマンガみたいな話しはとても信じられないわ翔ちゃんは信じるの?」
(宣子さんがご機嫌ナナメになっちゃつたヤバイな)
「昴がさっきの一瞬でいろいろな事を教えてくれたんだ、リアルな夢が消えずにいつまでも記憶に残っている感じなんでまだ少し混乱してる、それでも昴が全部現実だからって言うんだ。どうしよう」
「私には信じられないわ、でも翔ちゃんは弟の言うことを信じるのよね、だったら私は翔ちゃんと一緒にその遊びに付き合ってあげてもいいよ」
「ちょつとその言い方には複雑な気持ちがあるんだけど『ありがとう』と言っておくよ」
「それでいつ昴くんが迎えに来るの」
「まだはっきりしないんだ、宇宙人の攻撃のタイミングに合わせるからって、それで昴の奴はいま月に居るから来れないので、新月先生の仲間が迎えに来るって」
翔は話している途中で宣子さんの質問責めに合うことを避けるため早口で一気に喋ろうとしたのだけど。
「誰が月に居るって?」
まず予想通りの突っ込みを宣子さんが放つ。
(宣ちゃんが怒りのボルテージを上げないように聞かれたことに対して一つづつゆっくり答えよう)
「昴と新月先生と公園に居た女の子、鈴木愛鈴さんだよ」
「それでちゃんと最後まで全部話しなさいよ怒らないから」
(しまった心を読まれたかも、付き合い長いからな)
「宣ちゃん僕の心を読んだね、さては宣ちゃんもエスパーだったりする?」
「翔の考えていることはお見通しって言ってるでしょう、そして『も』って付けたのは昴くんは、もしかしたら愛ちゃんもエスパーなのね」
「地球人が宇宙に行って生活すると超能力に目覚めやすくなるんだって、クリプトン星人と一緒だよ、鈴木さんは目覚めたらしいけど昴のは僕たち双子の特性らしくて超能力とは別ものだって」
「双子の特性なら翔ちゃんにも出来るんだ」
「ちゃんとした先生に付いて指導してもらわないとだめだって」
「新月先生みたいな人?」
「新月先生は宇宙人なんだけど超能力が目覚めなかったから他人に教えられないらしいんだ。昴が宇宙人の転生者なんだけど記憶なんかを失って生まれたから、鈴木さんが迎えに来るまで見守る任務を受けてたんだって」
「まって、まってまって!昴くんが宇宙人の転生者だなんて聞いてないわ、あっ昴くんに付きまとっている『奇跡の新生児』ってあれね、それでなぜ鈴木さん…愛ちゃんが迎えに来るの?」
「昴は保育器の中に入っていた時に死んだんだ、鈴木さんは自分の母親に会うために病院へ来ていて、たまたま保育器の中で死に逝く昴を見てしまって自分の中に持っていた転生者の魂を移して生き返らせてから宇宙に帰った…この辺の記憶がごちゃごちゃなんだけど、それで15才になった昴を迎えに来たんだって」
「それって見方によっては相当自分勝手な話ね昴くんは翔ちゃんの家族でしょう、無理やり引き離すなんて身勝手の極まりだと思うわ、どう思うのよ」
「どう思うったってさ昴はハントザETに追われて月まで逃げて行ったんだし、僕は昴に記憶を見せられて納得してしまったから、後は宣ちゃんと父さん母さん達を連れて地球脱出してもいいかなって思ってるよ」
「親には言わないわよ、こんな子供の遊びに大人を巻き込める訳ないでしょう。それにとても説明できる自信はないわ」
宣子さんは翔が座っている横に仰向けに倒れ込んだ。
「新月先生に連れられて行った昴くんが更に愛ちゃんに連れられて月に居るって話を翔ちゃんは信じるのね、私も信じていいわよ翔ちゃんに付き合うって言ったしね」
そこまで言うと起き上がり並んで座る。
「信じてくれて本当に助かったよ、じゃあ親には内緒で行くって事でいいね、冬休み始まったばかりだし」
宣子さんは少し考え込む。
(14日も休みがあるのだから何とでもなるわよね)
「そうね泊まりになったとしても翔となら事後承諾で許してくれるわ、それにしても愛ちゃんは勝手に昴くんを連れて行っちゃってしょうがない人ね、おまけに昴くんを転生させたとか人類を絶滅させるって話しは直接会って確認するしかないわね、翔ちゃんはもう一度昴くんに連絡してみて、いつ来るのか分からない迎えを待ってたら短い冬休みが終わってしまうから早く来てもらうように言ってよ、じゃあ私は家に帰って着替えとか準備するから」
(なんか宣ちゃんのテンションが変な方向に上がってるけど余計なことは言わないでおこう、地球脱出組は月には行かないとか宇宙船に乗ったらコールドスリープするとか…)
いきなり宣子さんの声が響く。
「翔ちゃん、タヌキよ狸!」
勉強部屋の扉を開けた宣子さんが半分悲鳴みたいな声を上げながら翔に振り返る。
「狸くらい居てもおかしくないだろう、かぶと山がすぐそこなんだから、でも人前に出てくるのはおかしいね」
翔が宣子さんの横に並んで立っても狸は逃げようとしない。
結構大きな狸で少し不気味さを感じた。
目が合ったと感じた時、狸が『ニッ』って笑う。
「きゃっ!」
宣子さんが僕にしがみついてきた。
翔は狸の不気味さより宣子さんの胸の感触に鼓動が高く跳ね上がりアドレナリンが上昇する。
『お迎えです。他の人が忙しくてボクが遣わされました。どうか付いて来られますようにお願いします』
狸の口がきれいに動いて流暢な日本語を話す。
宣子さんは狸の話を最後まで聞かないまま翔の腕に身を預け現実から逃避した。
山麓の日没は早い、まだ午後4時前なのに太陽は今にも山陰に沈もうとしている。
水縄山麓の夜は平地より早く訪れ気温もぐんぐん下がってゆく。
翔は腕の中に宣子さんを抱えたまま思案に耽ってっいた。
決して恍惚感に浸っているのではない。
先程の道案内に訪れたタヌキが目を細めて物言いたげに見ている。
「翔さんわたしゃぁあなたの趣味嗜好についてどうこう言うつもりはありませんが、時間があまりないので今は我慢してもらえませんか」
山のタヌキに冷笑を浴びせられた気分になって翔は焦った。
「宣子さんが気を失ってしまったんだよ、今から行くと言っても僕が抱えて歩くのは到底無理だから…着替えも必要なことを言ってたし」
どこまで歩かされるのか不明だけど宣子さんを抱えたままなら100メートルだって歩けない自信がある。
「気を失ってくれたなら好都合です。着替えは必要ありませんよそのままコールドスリープに入りますので」
「うんそれは知っているけど僕の腕がもう痺れてきている、これから君に付いて行くのは無理だよ~」
翔は少し涙声になって訴えた。
「150年ほど前に会ったことがある金次郎さんとは比べものにならないくらい現代の子供は軟弱になったんですね」
「そんな江戸時代の人と比べなくてもいいじゃないですか、僕が支えてますからタヌキさんの背中に宣子さんを乗せられないですか」
翔はこの現実離れした狸がどれほど危険なのか分からないので丁寧な言葉を選んで使う。
「軟弱な少年よ、私のことはタヌキでなくアンフォンス・フォン・シュタインベルグ・ボッチ31世と呼んでもらえますか、それと背中に乗せるのは宣子さんと翔の2人です」
「その背中には宣子さんだけで精一杯だと思うけど」
翔が言い終わると直ぐにタヌキがマッスルポーズを取る。
「むう~ん…」
ガシャン!ガシャーン!ガシャンー
「実は私、狸型高性能変形ロボットなんです」
さっきのタヌキはどこに行ったのと思えるほど似ても似つかないニホンジカがそこにいた。
「これなら2人で乗っても十分でしょう」
翔は唖然として返す言葉を失っている。
「ほら、さっさと乗って下さい」
シカに変形したタヌキが腹這いになり催促した。
翔は宣子さんをお姫様抱っこしたままシカの背中に乗り角をしっかり掴む。
(小さい頃遊園地で乗ったメリーゴーランドがこんな感じだったよな、宣ちゃんが起きてたら喜んだかも知れないな)
「タヌキさん乗ったけど落ちないかな」
「アルファード・ワーゲン・スターレット・ボルボ31世です」
「さっきの名前とぜんぜん違ってませんか」
「この姿のときはガゼルと呼んで下さい」
「シカ…ですよね」
「シカでもガゼルと呼んで下さい」
「あんたは奏の趙高さんですか、これからもタヌキさんと呼びます」
「振り落としますよ」
「僕たちを迎えに来たのでしょう、そんなことを言ったりしたりしたら、タヌキさんのご主人様に言いつけますよ」
「何のことでしたかな、きれいサッパリ忘れてしまいました」
「さすがは二流のタヌキ、化けの皮の剥がれ方まで切れ味が悪いですね」
「さて、おふざけも大概にして出発しますよ。名残は無いですか」
「そうか、ちょっとまってて直ぐ戻るから」
宣子さんをシカに変形したタヌキの背中に残してバタバタと勉強部屋へ行って直ぐに戻って来る。
その手にはスマートフォンが2台しっかり握られていた。
(宇宙も異世界も同じ様なもんだよな)




