ピエロの蛇眼
ルナ・ターミナルの華やかな大通りはレストランに入った時と同様に人通りが多いけど周囲を見渡してみても地球出身者はアイリーン達の5人だけのようだ。
(うち達って結構目立っているのかもしれないわね)
アイリーンは不安な気持ちを持ったままの状態がいつまでも続くのは好きではない。
(この気持ちはさっさと打ち消さないと良くないわね)
「さっき、あいつらに蛇眼を使ったでしょう」
(TVクルーの態度が豹変したのは蛇眼のせいよね、瞳の色も変わってたし)
「あれを蛇眼と言うのは少し違うと思うぞ、そうだろうピエロさん」
九論は思い当たることがあるようで指摘してみる。
「そうだよ、あの宇宙人達は石像にならなかったよ」
昴くんがカチコチになって直立不動で話している。
(蛇眼に睨まれたら石になると信じているのかな、ちょっと昴くんが怖がっちゃったじゃない可愛かも…助けてあげようかな)
「昴くん、蛇眼ってメデューサが妖力で睨み付けた相手が石になる力だったよね、昴くんは睨まれていないし九論が蛇眼じゃないって言っているから大丈夫よ、だから安心していいと思うよ」
ピエロはアイリーンと九論に挟まれて左右から耳元でこそこそ話し掛けられるものだから、こそばゆく感じてゾワゾワしていた。
『九論さんは、見抜きましたか流石ですね。私はイノマンがやっていた記憶操作の真似事が少しだけできるのですよ、説明するより実際にちょっとやってみますね』
ピエロはそう言いながら横を向いて昴くんをなだめているアイリーンに声を掛け、瞳を合わせて蛇眼を発動させた。
アイリーンが一瞬ピクッとなってソワソワしだす。
「あれ、うちは今までリンゴ飴持っていたよね、落としたのかなぁ…」
(昴くんにあげてないし足元にも落ちてないよねどうしたっけ?)
「アイリーンさん突然何を言い出すのどうかしたのですか」
新月さんは唐突に何の脈絡もないことを言いだしたアイリーンを見て笑い出しそうになる。
(歩きながら夢を見ることが出来るなんて、さすがアイリーンさんですね)
「愛鈴はリンゴ飴なんか持ってなかったよ、いきなりどうしたの」
昴くんが不思議そうに聞いてきた。
「おっかしいわね、ねえ九論うちはりんご飴持ってたよね」
(絶対に持ってたって、食べようとしたら手から消えてたのよ)
『アイリーン、テレパシーを使えピエロの奴いきなりテレパシー会話を始めやがった』
「えっ、どうするのよ」
『口に出さずに独り言をいうんだ』
『ピエロどういうつもりなの』
『流石アイリーンさんテレパシーへの順応力が早いですね。しかしあっさりと記憶操作に引っ掛かってしまったのはりんご飴へのイメージが強かったせいですかね、でもこれで分かったでしょう、私は自分が思い描いた場面を相手の脳にそのままコピーできるのですよ。『お腹がすいたよ』と言ってきた時『はい、どうぞ』と言いながら具体的に食事している場面を相手の脳にコピーすると本当に食べた気分になるのです。満腹感もありますからこれを続けて行うと相手は苦しむことなく餓死しますね』
(イノマンから完全記憶操作って聞いたことあったけど、あれはコンピューターに接続されたヘルメットを被ってするものだったわ、ピエロはそれを超能力みたいに使えるのかしら)
『それって、相手に自分の首が切断された場面をコピーしたらどうなるの』
『当然死にますね。死因は心臓発作です』
(ピエロは自由気ままな死刑執行人になれるわけ)
『それはすごく恐ろしくて危険なんじゃない、イノマンなんかより何十倍も』
『だから内緒話にしたんです』
アイリーンは自分が青ざめているんじゃないかと心配になってきた。
「どうしたんですか3人共黙り込んで、何か面白いものでも見つけましたか」
(新月さんが普通に話し掛けてきたってことはそんなに変な顔はしてなかったのよね良かったわ)
「何でもないわ、それよりピエロさんさっきの蛇眼みたいなのって良く使うの」
(本当に冗談じゃないわ、『お前は今死んだ!』の一言で死んじゃうって誰もピエロに逆らえないじゃない。怖すぎる存在だわ)
「滅多には使いませんね自分にも弊害が発生しますから」
「どんな弊害なの」
「当然、それは秘密です」
(今、うちに使って平気なんだから大したことじゃないんだわ)
「一度に何十人、何百人って人にも効果があるの」
「アイリーン、余りしつこいと嫌われるぞ」
九論がもういい加減にしろって目つきで言ってきた。
「だって、明日も我が身かって思うといろいろ知っておきたいでしょう」
「だから、そんなことはしませんって」
ピエロが両手を広げ肩まで持ち上げおどけて見せる。
「分かったわ、信用するって言ったもんね」
(仕方ないわ今日の追求はここまでね、でも続きは次の機会に忘れずに聞かないといけないわ)
「ただひとつ、この能力は過去に何人もの地球人が使った記録が残っていることを覚えておいて下さい。私一人だけの特殊能力ではないと言うことをです」
(また最後に怖いことを言ったわね)
「それってもしかしたら海を裂いて道を作ったという人のことですか」
昴くんが聞いてきた。
「想像にお任せします。調べればたくさん出てくる筈ですよ」
(そうね過去に奇跡を行った人っていっぱい居るわね)
「僕はさっきの頭の中に響く会話が全部聞こえちゃったんだけど、これって黙っていた方がいいよね」
昴くんがこそっとアイリーンに寄り添い耳打ちしてにこにこしてる。
「何だって、仕方ないわね黙っているのよ」
アイリーンも小声で言い返す。
(スーちゃんは翻訳だけでなくて色々なことができるみたいね、他には何ができるのかしら)
「みなさん私に隠しごとをしてるみたいにこそこそと話してませんかぁ」
先頭をウインドウショッピングしながら歩いていた新月さんが振り返り『のけ者扱いは面白くない』ってな顔をしている。
(あれ、この5人の中で知らないのって新月さんだけじゃないの教えても良いのかなぁ、でも新月さんはあちら側の人よね…多分だけど)
「いえ、特には何もないです」
(ああダメだ、却って不自然になってしまったよ~、うちには誤魔化すって才能がないのかなぁ)
「新月さん、誤解を招くようなことをしてすまなかった。いやアイリーンが蛇眼もどきの影響を受けてしまっただろう、ピエロも技に掛からないと言っていたのにな、結局りんご飴がキーワードになって掛かってしまったのだろうって話をしてたんだ。食いしん坊だからな」
(九論ナイスフォローありがとう)
「ふーん蛇眼もどきね、そういうことにしておきましょう。これ以上しつこく聞いても嫌われそうですし、それよりさっきのレストランに入った意味がなくなってしまいましたね、どこかに入り直しますか」
新月さんはさっきのレストランでの出来事が『巨大パフェ』と『珍入者』で終わってしまったことにフラストレーションを抱え込んでしまっていた。
「いや、おかげでニュースで取り上げてくれるようになりました。これでアイリーンは争いをしないので戦争は起きないという事実が東域宇宙に広がります。天王星のレッド隊長も戦争が回避されたことがはっきりして枕を高くして寝れるでしょう」
ピエロが何気に言った言葉にアイリーンが反応する。
「ピエロってレッド隊長と知り合いなの」
(ピエロってしたたかなのか間抜けなのか良く分からなくなってきたわね)
「アハハ、どうもいけませんねアイリーンさんの側に居ると何でも喋ってしまいたくなるのですよ、妹と接するのはこんな感じかなって時々思ったりしてます」
アイリーンは水に濡れた子犬のように体をブルッと震わせた。
「そうなのよね~、ピエロはイノマンのクローンで光一兄さんの後から培養槽を出たのよね、やっぱりうちはピエロ兄さんと呼んだほうがいいのかなぁ」
アイリーンはやられっぱなしにはしておかないできちんと仕返しする。
今度はピエロの顔がみるみる赤くなっていく。
話が脱線する前に九論が制止に入った。
「アイリーンその話しはややこしくなるから止めたほうがいい」
「それもそうね、九論がうちのことを『姉さん』なんて一言でも言ったら直ぐに冥王星へ送り返すから覚えておいてね」
「「えっ!」」
新月さんと昴くんが目を丸く見開く。
「だからややこしくなると言っただろう、言わないから安心しろこればかりは『絶対』を付けてもいい」
九論は感情が昂った時などに自分の心の奥底でバイオロイドの魂がもがいているのに気づく、そんな時は決まってアイリーンのことを妹のように思ってしまうのだけど、その事も『絶対』に言えることではないと決めている。
九論は少しだけ気まずい思いがして話題を変えた。
「そろそろ換金所隣の雑貨屋に依頼していたスターキッドへの補給品が揃った頃だと思うのだが…戻らないか」
繁華街の道のりの半分くらいは歩いていた。
ルナ・ターミナルが以前のまま変わってなければこの先に光一兄さんと歩いた公園がある。
アイリーンの心の中で行きたい気持ちと行きたくない気持ちがバランスの取れたシーソーみたいに釣り合っていたけど九論の一言でバラバラになった。
「そうね、この通りでうち達が買えるような物は何も無いみたいだし、また変なのに絡まれるのも嫌よねUターンしましょうか、みんなそれでいいよね」
誰も異議を唱えなかったのでアイリーン達は来た通りを戻り始める。
「ねえ、ピエロさん…」
アイリーンが甘えた声でピエロに話し掛けたものだから全員が不吉な予感に駆られてしまう。
当然アイリーンは悪いことをしようと考えている。
「なんでも屋の店主にさぁ、うちたちは義勇軍なんだから見繕った物資は全て寄付しますって、あの能力で言わせられないかなぁ」
そう言うアイリーンの顔がピエロに見えた。




